第3話「スイートポテトで作るゴーレム」

 寝室に朝日が差し込んでいる。

 この部屋の主、マホがぱちりと目を開く。

「起きるか…今何時だ…」

 壁にかかっている時計を見ると朝10時。

「寝過ぎた…」

 のそりと起き上がり、リビングに歩いていくと床に敷いた布団で寝ている光子と、ソファーに寝転がりはみ出ている闇子の姿。闇子は冬間近だというのに黒いインナーにパンツ一枚といった格好で豪快に寝ている。

 闇子と光子を召喚してから1週間が経ち、美女悪魔2人とカボチャの悪魔の計3悪魔との共同生活も落ち着いてきた。落ち着いてきた反面、このように段々とがさつなところが見えてきた。掛け布団として渡したタオルケットを抱き枕代わりにして寝ている闇子に至っては緩みきった表情で寝ている。とてもじゃないが悪魔には見えないのだが、美女であることに変わりはないので起きているときと違って可愛らしさが見えている。少しむかついたので、闇子のはみ出ているお尻をぺちんと叩く。すると、その様子を見ていた棚に鎮座しているかぼちゃの目が光る。


「起きたか」

「休みの日だからってちょっと寝過ぎたけどねぇ」

「人間は睡眠が必要だからいたしかたあるまい」

「この子達は何で寝てんのよ」

「人型に化けるということは人に近くなるということだからな、十分に魔力が供給されていれば活動に問題はないのだが今は制限されてるゆえ睡眠も多少必要なのだろう。」

「食事も?」

「そちらも睡眠に近いが、厳密に言うと食事は精を得ることができない代わりだな」

「精というと、つまり」

「男の体液」

「やっぱり」

「本来であれば、人間界で適当に男をたぶらかして定期的に魔力の補充を行うのだが最低限は供給されているから食事で代用が効くというわけだな。…それに、いや、やめておこう」

 カボチャが言いかけていた言葉を止める。

「なによ、“それに”?」

「おそらく、この二人が男を襲っていると知ったらお主が怒るであろう」

「怒りはしないわよ、生きるために必要なんでしょ?けど、騒ぎを起こしてほしくないだけよ。できる限り平穏に暮らしたいの、私は」

「なるほど。そういえば、気になっていたのだがお主には下僕…というか男の影が見当たらないが、お主自身の魔力はどうやって補充しているのだ」

「は?」

「お主、まさか純潔の魔女か」

「それが何か?」

「昔はそれこそ純潔の魔女の方が多く、下僕を多数従える魔女は少なかったが、こと現代社会においては純潔の方が少ないと聞いていたが…そうか…」

「ちょっと、マホに失礼ですよ〜」

「あんた起きてたの」

 光子がマホの背中にのしかかる。

「純潔守り続けるのもそれはそれで大変なんですからねぇ。あ、と、女の子にそういうこと聞くもんじゃありません」

 “めっ!”とかぼちゃにお叱りジェスチャーを向ける。

「まぁとにかく私はそういうのはいいの」

 話を切り上げて立ち上がろうとすると、逆に腕を引っ張られてソファーに倒れ込む。闇子に抱きかかえられる形になるマホ。闇子がマホの耳元でささやく。

「だったらお姉さんたちが手解きしてあげようか?」

「私たち、男だけじゃないのよ。女の子もイケるの」

 闇子と光子が両サイドの耳に息を吹きかける。

「ちょ、あんたたち」

 不意打ちで体がビクッとするマホだったが、すぐに我に返り身をよじって抵抗をする。しかし、マホを抱えている闇子の腕はびくりともしない。足をばたばたとするも宙を蹴るだけで空しい。

「あらあら、暴れちゃって。大丈夫、怖くないから。手取り足取り教えてあげる」

 エロい声でマホにささやく。闇子の声が脳に届く度に頬が紅潮していくのが自分でもわかる。

「や、め…」

『ない』

 同時に二人がささやく。

「っ〜〜〜〜〜〜〜」

 光子がマホの上に馬乗りになる。光子と闇子に挟まれる形で、ますます身動きの取れなくなるマホ。

「じゃ、早速」

 マホの寝間着の隙間から光子の白く細い指が入り込んできて、素肌に触れる。その瞬間、マホがぴくりと反応をする。

「あら、敏感なのね」

 すすすと素肌を撫でていく光子。マホの顔を見ると、頬を紅潮させ瞳を潤ませつつもこちらをキッと睨んでいる。

「その表情————“好き”よ」

 そう、微笑みマホの首筋にそっとキスをする。

 ぴくんと体を震わせるマホ。その反応も可愛らしいといったように微笑む光子。


「…の力を……まえ……我が……命ず…」


 か細いマホの声が闇子の耳に届く。

「離れて!」

 闇子の声に反応して、起き上がるがワンテンポ遅かった。自分の力で起き上がったのではなかったのだ。その証拠に気づいたときには部屋の壁に光子がたたきつけられていた。

「ぁっ…かはっ…」

 衝撃波とともに壁にたたきつけられ、内蔵が一瞬潰されかけ呼吸が出来なくなる。ドサリと床に崩れ落ち、必死に呼吸をしようとする。

「(ノーモーション、詠唱だけで魔法発動…!?やばい…)」

 マホを抱えていた腕を離し、距離を取ろうとするもマホが上に乗っているため離脱出来ず、マホが発動した重力魔法の餌食になる闇子。

「…が…かっ…」

 ミシミシと空間が音を立て闇子がソファーに沈み込む…いや、めり込んでいく。ソファーがアルファベットの“U”の字のように曲がっていく。

 マホがソファーからすっと立ち上がり、冷たい視線と指先を闇子に向ける。軽く指先を下に折り曲げると、ドスンと音がしてさらに闇子にのしかかっている見えない圧力が増す。

 先ほど壁にたたきつけられて、床に崩れ落ちていた光子がじっとその光景を見ていると、マホがくるりとこちらを向いた。

「ひぅ」

 マホの表情に感情を感じられない、いや、どす黒い魔力に包まれて表情を読み取ることが出来ない。

 ゆっくりと、ゆっくりとこちらに、歩いてくる。

 手のひらには稲妻の走る球体が浮かんでおり、マホ自身を中心に風が舞っている。

「…魔女…だ」

 震える光子。

 そこで光子の記憶は途絶えた。



「いいかい、マホ。怒りにまかせて魔法を使ってはいけない。普段、制御できている魔力が制御できなくなるからね。制御できない状態で魔法を使うと暴発しかねない。暴発すると自分自身の魔力に火が点いてダメージを負ってしまうからね。いつでも平常心。これが大事」



「あ、起きた」

 マホがぱちりと目を開けると心配そうに闇子と光子が顔をのぞき込んでいた。

「何であんたたちそんなボロボロなわけ」

 闇子と光子がダメージを負っており、髪がぼさぼさである。

「いててて…頭痛い…」

「あぁ…無理に起き上がると…」

 光子が背中を支える。

 体を起こしたマホは部屋を見回して、自分の目を疑った。


 散らかっている。ありとあらゆる物が散らかっている。


「なんじゃこりゃ」

「あぁやっぱり覚えてないんですね」

「あんたたちまた何かやらかしたの」

「いや、発端は私たちですけど、やらかしたのはマホです」

「ジャック」

「わかった」

 闇子がジャックに声をかけると、ジャックが空間に数分前の映像を映し出す。プロジェクターのように。


「よし、わかった」

 光子に向かって魔法を発動させようとした瞬間に突然、マホが気を失い崩れ落ちて部屋が吹っ飛ぶ危険を回避したところでジャックの映像が止まっている。

「ジャック、もういいわ」

「ん」

 ジャックの目がいつものようにぼんやりとした光に戻る。

「それと、闇子と光子ごめんね。痛かったでしょ」

 マホが二人の方を見て謝る。

 きょとんとして思わず顔を見合わせる二人。

「いや、全然」

「というかこっちこそ、悪のりしすぎてごめんね」

「そうそう、こういうのに免疫ないとは思ってなかったから」

 慌てて、取り繕う二人。

「いや、免疫ないって訳じゃないというか恥ずかしかったというか…まぁとにかくああいうのはちょっと明るいときは勘弁してほしいかなと」

 再び、きょとん。

「ということは夜だったら良い、と?」

「ベッドの中なら?」

 どこからともなく生えた猫耳がぴーんと立っている二人。

「ジャック」

「なんだ」

「時間魔法で夜にして」

「む」

「こらこら、そういうことじゃなくてー」

 マホが必死に止める。



————時間は流れてお昼過ぎ。

 散らかった部屋の片付けがだいたい終わり、お昼ご飯を食べ終えた3人。

「14時かぁ…」

 時計を見るマホ。

「今から出かけるのもめんどくさいしなぁ」

「お出かけの予定があったんですか?」

 食後の紅茶を飲んでいる光子。

「いや、予定があったわけじゃないんだけどね。たまにはどっか行こうかなぁと思ってただけ」

「お外寒いよ?」

 闇子が窓の外を指さす。重量感のある灰色の雲が今にも落ちてきそうな様子で浮かんでいる。

「よし、出かけるのやめよう」

 きりっとした表情とイケメンボイスで即答するマホ。

 わぁ〜と拍手をする悪魔二人。

「とりあえず、洗い物でもして何するか考えるか」

「あ、私手伝います」

 台所に向かうマホの後ろを光子がついていく。

 闇子はそのまま壊れたソファーの上でごろんとしている。

「お主は行かぬのか?」

 ジャックが闇子に話しかける。

「私?私行ったら邪魔だもの。あそこ2人で窮屈なの」

「そうか」

 しばし無言。先に口を開いたのは闇子だった。

「マホの潜在魔力すごかったなぁ…おかげで私たちも魔力の調達をしにいかなくてすむんだろうけど」

「従属関係が仮にも結ばれているからな、我々に微量なりとも魔力が供給されておる。しかし、あの小娘にとって微量でも常識的に考えると桁が違う量だ」

「呪文詠唱だけで印を結ぶこともなく魔法発動でしょ?下級悪魔だと気づく前に燃やされちゃうわね」

「白い方が飛ばされたのは呪文じゃないぞ」

「どういうこと」

「精霊の力を一時的に借りて解放したようだったが」

「あの子、精霊も使役できるの?」

「そのようだな」

「このご時世、そんなすごい魔女になったって活躍できる場所なんてないのに。育てた親の顔が見てみたいわ」

「わしは、いい」

「ん?」

「わしは、マホの師匠とは会いたくない。やばい魔女だろうから」

「どゆこと?」

 先日のカラスを思い出して、すぅっと目の光を落としていくジャック。心を閉ざした少年のように…目のハイライトが消えていく。それっきり無言になってしまった。

「なんなのよ…」

「闇子〜〜、ちょっと来て〜」

 台所からマホの呼ぶ声がする。

「はーい」


 台所に顔を出すとエプロン姿の光子の姿。

「今から、スイートポテトを作ります」

 段ボールに入ったサツマイモを指さす。

「おばあちゃんからもらったサツマイモを消費します。そして、そのスイートポテトを実際に作るのは、闇子と光子です」

「えぇ…作り方知らないし」

「マホが教えてくれるそうですよ」

「もちろん」

「簡単?」

「まぁ簡単、ね」

「じゃあ、やる」

 闇子と光子がマホを挟んで立つ。

「あ、そうだ。これ、はい」

 闇子の分のエプロンを手渡す。

「私の?」

「そ」

「ありがとう」

 えへへーと笑う闇子。嬉しそうな笑顔につられて笑顔になるマホと光子。

「じゃ、早速。、サツマイモの皮を剥いて、一口大に切ってくださいませませ」

『はーい』

 マホの指示通り、サツマイモの皮をピーラーで剥いていく悪魔2人。

「切ったやつはお鍋に入れていってね」

 コロコロと切ったサツマイモがまな板の端にある程度たまったらお鍋に入れていく。


「サツマイモを切り終えたので、お水を入れて煮ます」

 鍋をコンロの上に乗せ火にかける。

「やっぱり不思議よねぇ、“科学”っていうんだっけ?」

 闇子が

「え?あぁ、ガスコンロ?」

「ひねるだけで火が点くなんて」

「まぁ魔法使っても良いけど火加減の調節がめんどくさいでしょ?あと持続させるのにも体力使うし」

「なるほどー」

「で、火をつけたらどれぐらい煮るの?」

 マホが引き出しから竹串を取り出す。

「この竹串がすっと刺さるぐらいまで」

「今は?」

 闇子が竹串を借りてサツマイモに突き立てる。

「お、確かに刺さらない」

「煮ると柔らかくなるの」

 へぇ、と感心する闇子。


————数分後。


 闇子が竹串をサツマイモに刺す。すっと刺さっていく。

「おっけー。じゃあ、ざるにあげて水気を軽く拭き取ります。熱いから気をつけてね」

 光子がマホの指示通り、サツマイモをザルにあげて、キッチンペーパーを持ってスタンバイしていた闇子がささっと水気を拭く。

 木べらを光子に渡す。

「そうしたら、木べらで潰すようにして裏ごししていきます。ちょっと力がいるかも」

 ふんっと少し力を入れてサツマイモを裏ごししていく。

「出来た!」

「じゃあ、今度はこれを入れて冷めないうちによく混ぜてね」

 バター、グラニュー糖、生クリーム、卵黄をボウルに入れる。

「あわわわわ」

「慌てずにゆっくりと丁寧にしっかりと混ぜて〜」

「中々難しい〜」

「私もやる〜」

 光子と闇子が交代しつつボウルの中のサツマイモを混ぜていく。

 しばらくして、サツマイモがなめらかになってくる。

「よーし、そのくらいでいいかな。」

「ねぇねぇ、マホ」

 闇子がマホに問いかける。

「なに?」

「この時点でもすごく美味しそうな匂いがしてる」

「私も思ってた」

 光子が賛同する。

「味見しても良いけど、ちょっとだけよ。これから成形してオーブンに入れるんだから」

『はーい』

 二人それぞれに小さなスプーンを渡す。

『いただきまーす』

 二人がハモりながら、すくったサツマイモを口に運ぶ。

「お」

「これは」

『あまーい!』

 笑顔の二人。それを見てマホがくすっと笑う。

「マホもほら」

 闇子がすくったサツマイモを差し出す。

「はい、あーん」

 あーん、とマホも一口。

「お、イイ感じじゃーん」

「やったね」

「ですね」

「じゃ、なめらかなうちにこのアルミカップによそっていくよ。お手本見せるね」

 マホがサツマイモをアルミカップによそい、山を作る。最後にスプーンでなめらかな山肌を作る。

「さ、じゃあ二人ともやってみて。私、オーブンの準備とかするから」

『らじゃー』

 マホが2人にその場を任せて、オーブンの準備を始める。

 闇子と光子が黙々と作業を始める。忘れつつあるが2人とも悪魔で、さらに見た目は美女である。その2人が今、真剣にスイートポテトの成形を行っている。その姿は、お菓子作りに奮闘する人間の女子と何ら変わりがない。


「できた?」

 オーブンの予熱が終わり、戻ってきたマホ。

「おい」

 クッキングシートの敷いた天板の上に並べられている綺麗なスイートポテト…の他に何故か人の形をしたスイートポテトやハート型のスイートポテト。

「途中から遊んだな」

「遊んだわけじゃないよ。ほら、これとか可愛いでしょ」

 ハート型のスイートポテトを指さす闇子。

「それはまだいいわ。じゃあ、こっちは」

 人型のスイートポテトのことだ。

「これは、ほら、なに、実験?みたいな…いたっ」

「食べ物で遊ぶんじゃない」

「ふぇぇ…ごめんなさい」

「まぁもう固まってるからこのままいくけど。じゃあ、光子に仕上げを頼もうかな」

「お任せください」

「いいなー」

「闇子は遊んだからお休み」

「ちぇー」

「じゃ、この卵黄を刷毛につけて、それぞれに塗っていって。できる限り薄く、均一にね」

 はい、と刷毛を受け取り、表面に卵黄を塗っていく。

「うまいうまい」

「私もやりたい〜」

「じゃあ、最後にその人型のとハートの塗ったら?」

「そうする〜」

 わいわいと作業を進めていく3人。



————卵黄を塗りおえたスイートポテトの乗った天板をオーブンに入れる。

「では、5〜6分、様子を見つつ焼き上がりを待ちます。焼けるまで、待機」

『はーい』

「光子、その間に紅茶でも淹れようか」

「そうしましょう」

「私、ここで見てていい?」

 闇子がオーブンの中をのぞいてる。

「いいよ?じゃあ、焦げないように見といてね」

「かしこまり〜」

 マホと光子がリビングに紅茶を淹れに行き、オーブンの前に闇子が1人。じっとオーブンの中を見つめる闇子。


「闇子、紅茶淹れたよー」

 しばらくして、マホの声がリビングからする。

「あとでー」

「冷めちゃうよー?」

「あとでー」

 じっとオーブンの中でスイートポテトが焼き上がっていくのを見つめている。


 紅茶を飲んでいるマホと光子。

「たまにあの子すごい集中力発揮しますから」

「なんか猫みたいって、そういえばさっき猫耳生えてなかった?」

「というか猫にもなれますよ?」

「それはつまり、変身魔法が使えるということ?」

「ですね。そもそも、この人の姿も変身してるわけですから」

「あぁ、本当の姿は悪魔だもんね」

「マホのお好みの男性の姿に変身できますよ?」

「いや、このままでいい」

 台所からレンジのアラームが聞こえる。

「マホ〜、止まっちゃった〜」

 闇子の声も続いて聞こえてくる。

「焼き上がったかな?」

 紅茶の入ったティーカップを置き、立ち上がる。


 台所に戻ってきたマホと光子。

 闇子がおかえり〜と光子に抱きつく。光子は光子できゃっきゃっと闇子を抱きしめる。

「そこ、狭いんだからはしゃがない」

『はーい』

「そういえば、オーブン止まっちゃったよ」

「焦げてなかった?」

「うん」

 闇子が頷く。

「じゃあ、取り出しますか」

 机の上に濡れ布巾を用意し、その上にオーブンから取り出した熱い天板を置く。

『おおーーーー』

 天板には綺麗に焼き上がったスイートポテト達。そして、台所に広がる甘い香り。

「マホ、とてもいい匂いがするよー」

「闇子がちゃんと見ててくれたおかげだね」

「いえい」

 びしっとピースをする闇子。

「ねぇ、食べられる?」

「食べられるけど、まだちょっと熱いと思うよ?」

「そう?」

 ひょいと、1つつまみ上げる闇子。

「熱くない?」

「大丈夫」

「え?ほんと?」

 闇子が普通につまみ上げたので、もう冷めた?いや、そんなはずはないだろうとマホも1つ触ってみる。

「あっつ!!!!」

 やっぱり熱かった。

「マホ、さっきも話しましたけど私たち悪魔ですから。地獄の業火に比べたらこの程度、なんてことはありませんよ」

「あぁそうよね…」

 光子が冷静に答え、ふぅふぅと指を冷ますマホ。

「おーいしーー」

 そして、勝手に食べている闇子。

「あ、ずるい。私も」

 光子も一口。

「美味しい」

「そりゃ良かった」

 指を水で冷やしているマホ。

『あ』

 何かに気づいた闇子と光子の声がハモる。

「急に変な声を出して、どうしたの」


 水道を止め、手を拭きながら振り返ると天板の上で何かが動いている。何かといっても天板の上には焼き上がったスイートポテトしかないはずなので動いているのはスイートポテトなのだが、人型に成形した物が動いている。今まさに立ち上がろうとしていた。


「なんで動いてんの」

「さぁ」

「スイートポテトに魔力でも込めたの、あんた」

 闇子が首を横に振る。

「成形したときとか特に魔力は込めてないよ。ゴーレムなんて私作れないし」

「スイートポテトのゴーレムとか聞いたことないわよ。光子がやったの?」

「私もゴーレムは作れないんです」

「じゃあ、なんで動いてんのよ」

 先ほどまで目の前でぐぐぐぐっとゆっくり起き上がろうとしていたゴーレムが、すっと立って今度は体の可動範囲を確認するかのように体操を始めている。

「ひょっとして…」

 光子が何かに気づく。

「闇子がずっとオーブンを見つめていたときに魅了の魔眼が発動したとか」

「えー」

「魅了の魔眼なんて勝手に発動するもんなの?」

「無意識でも誘惑するのが私たち悪魔ですから、集中して一点を見つめてたなら…ひょっとして」

「でもその魔眼はサツマイモも魅了すんの?」

「う」

 マホの指摘に光子が言葉に詰まる。確かに“芋”を魅了する魔眼など初耳である。しかし、目の前の“芋”でできたゴーレムが闇子に対して投げキッスをしている。

「まぁこの反応を見るに、人型という条件とか色々ありそうね。まぁ闇子に惚れてそうな動きはさっきからしているし」

「お話終わった?」

「え?」

 マホと光子がむむむっと唸っていたのをじっと黙って見ていた闇子が尋ねる。

「じゃあ、もういいねー」

 ひょいとゴーレムをつまみ上げ、そのまま口に運ぶ闇子。

「え、ちょ、え????」

 ぺろりと闇子に食べられてしまったゴーレム。

「食べちゃったよ」

 唖然とする2人。そしてきょとんと不思議そうに2人を見る闇子。

「食べちゃったよ、ってスイートポテトだったよ?」

「いや、まぁ味はね、そりゃ」

 なんかおかしなことしたかな?と首をかしげる闇子。

「とりあえず、お皿に移してあっちでゆっくりお茶しよう」

「お茶淹れ直しますね」

 


 リビングで淹れ直した紅茶を飲みながら、スイートポテトを食べている3人。

「マホ、そのハートのは食べない方が良いと思いますよ」

 ハート型のを手に取ろうとしたマホを止める光子。

「なんで?あ、魅了の魔眼か」

「えぇ、ゴーレムが出来てしまった以上、その心臓を模した形はやばいと思います」

「ちなみに魅了の魔眼にかかった場合、解除方法あるの?」

「魔眼の持ち主が飽きて捨てるまで…つまり契約を破棄するまで、持ち主に逆らえません。なので、かかった側に出来ることはありません」

「なるほど、相当やばい代物が出来上がったってことね。持ち主が食べる分には問題ないわね?」

「えぇ、本人には効果ありませんから。当然ですけど」

「だよね。じゃ、闇子これ責任を持って食べなさい」

「マホが食べても大丈夫だってー」

「念には念を、よ」

「むー」

 警戒されているのが少し不満な様子の闇子。

「じゃ、半分こする?」

「しない」

「むむー」

「みっちゃんは?」

「遠慮しておきます」

「むむむー、いーもーんだ」

 頬を膨らませてそっぽを向く闇子。

「あーあー、こんなに美味しいのになー」

 ちらっ。

「同じの食べてるから」

「あーやっぱり形が良いのかなー」

 ちらっ。

「そうかもねー」

「食べる?」

 上目遣いで聞いてくる。

「食べません」

 一瞬、可愛さに心が揺れるマホ。

「むー」

 再び頬を膨らませる闇子。その光景を見て微笑む光子。


————ピンポーン


 部屋のチャイムが鳴る。

「お、誰だろ。今行きまーす」

 立ち上がり、玄関に向かうマホ。


 玄関の扉を開けると白髪交じりのお婆さんが立っていた。

「えーと…」

「大家です。ここの」

「ああ!お目にかかったのだいぶ前だったので…こんにちはー。どうしましたか?」

「坂井さん、ご存じだと思うんだけど、ここって一人暮らし専用のアパートなんですよ」

「えぇ、知ってますけど」

「最近、お友達と住んでません?」

 ずずいっと圧の強い感じで詰め寄ってくる。

「えーと、今ちょっと旅行でこっちに来てる間泊めてるんですよ」

「住んでるわけではない、と」

「はい」

「でも、今日午前中、相当うるさかったみたいなんですよ」

「午前中…あ」

 魔法をぶっ放したことを思い出す。

「虫が部屋の中に出て、騒いじゃったんです。すみません」

「虫」

「はい」

「ふーん」

 じっと疑いのまなざしでマホを見つめる大家。あはは…と乾いた笑いが漏れるマホ。

「あんまり騒いだり、ルール守れないようなら出て行ってもらうことになりますからね」

「わかりました。すみません」

「よろしくお願いしますね」

 そう言い残し去って行く大家。階段を降りていったのを確認してから扉をそっと閉めるマホ。


「おかえりー」

「ただいま」

 はぁっ、と小さくため息をつく。

「なに、なんか怒られてみたいだけど大丈夫だった?呪う?私ちゃちゃっとやれるよ」

 闇子がふんす、と腕まくりをしてアピールする。

「呪っちゃ駄目。午前中、騒がしかったのが苦情入ったんだって」

「確かに、少し建物が揺れましたものね」

「あまり騒ぐと出て行ってもらうからって」

「大変だ」

「そうよ、大変よ。引っ越しだってタダじゃないんだし」

 紅茶をすする。

「どんまい」

 闇子がマホの肩に手を置き慰める。

「あんたたちのせいよ」

「スイートポテト食べる?」

 ハート型のを差し出す。

「食べません」

「ちぇ」

 ぷくぅと頬を再び膨らませる。

「引っ越しかぁ…」

 


 …こうして、少しずつ私の生活は変わり始めていくのであった。



次回「引っ越しそばとめんつゆのスライム」

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魔女が悪魔と晩餐を ウエつかさ(鋭画計画) @acute_project

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