理想像

いある

いっこめ 理想の姉とは。

「ねぇねぇ!!!弟君!!!!夏だよね!!!」

「どうしたんだよ急に…姉さん今日はいつにもまして元気だね…。まぁ夏だね。といっても今日は珍しく涼しいけど」

大きな月が空に浮かんでいる。夏とはいえども、九時にもなれば流石にそこはもう夜の領域だ。天空を支配するのは燃え盛る太陽ではなく静かに光を湛える月であった。

「まぁ…そうなんだけど…」

「歯切れが悪いじゃん、どしたの姉さん」

今目の前にお盆の上にお菓子と麦茶を乗せて立っているのは我が姉である。今年で成人にも関わらず、実家でお茶菓子なんか食べようとしているのは、別にニートだからとかじゃない。姉さんほどの可憐さなら養ってくれる人間なんてごまんといるだろうからなろうと思えば実現可能なのだろうが。

「いやね!弟君と…一緒に心霊番組見ようかなって!ほら、今日九時半からある奴!」

「心霊番組って言うと…あれか、去年も一緒に見たやつ」

心霊番組を夜遅くに見るのは僕たちにとってみれば花火やスイカ割をするのと変わらんじゃい夏の風物詩みたいなもんだ。毎年姉弟そろって姉さんの部屋にある二人用のソファに腰かけて見ているのだが…。

「いいけど…姉さんそろそろ彼氏作ったら?姉さん可愛いんだから引く手あまたでしょ。今のうちに見つけとかないと優良物件無くなっちゃうよ?」

「いいんですぅ!お姉ちゃんは弟君一筋だから!」

「まぁたそう言うこと言う。…僕だって男なんだから変な意味に捉えちゃうかもよ?」

この可憐でスタイルも良くてついでに言うなら勉強もできる完璧とまで言えるレベルの姉には一つ問題がある。

いや家族の中でこんなに可愛い人がいるのがまず問題なのだが…。

「いいよ…?弟君なら別に。血も繋がってないし、お姉ちゃんが責任取って結婚してあげるからさ!」

「責任取るの普通男じゃないかな!?」

「そう?じゃあ責任取って結婚して!」

「まだ何の責任も発生していないんですが…そもそも血がつながってないってことは僕が姉さんの事を一人の女性としてみてもおかしくないってことなんだよ?もうちょっと自分を…」

そこでテレビのリモコンを弄りながら姉さん。

「お姉ちゃんは弟君のこと男のことして見てるよ?」

とんでもない爆弾発言をしてくれやがった。まぁどうせ反応したら反応したで『弟君本気にしちゃってぇ!かわいいいいいい!!』とか言うのは目に見えてるので、努めて冷静にふるまう。

「はいはい…後々自分の発言思い出して恥ずかしくなっても知らないからね?」

正直な話、姉さんのような美人にそういうことを言われて悪い気はしないし、むしろうれしいまである。

だからこそ何か間違いを犯さないようにするのに必死になっているということを一切考えていない我が姉。無知とは罪である。


「二人ともー!お母さんたちは先に寝るから見終わったら電気消して寝なさいね!あと、日付が変わるくらいには寝なさいよ!」

母さんがドアの向こうから声をかけてきた。うちの親は寝る時間とかにはあまり厳しくないほうで、多少夜更かししても見逃してくれる。徹夜とかすると流石に怒られるけど、作家である姉さんの小説の下読みとかしてそうなったりとかするので親もあまり強くは言ってこない。割と作家モードの姉さんは怒ると怖いのでたぶんそのせい。

「はいはーい!分かった!ねえおかーさん!今日弟君と一緒に寝てもいい?」

「いいわよー!大体アンタ一人でだったら全然起きてこないじゃない。むしろ明日は早いんだから一緒に寝てもらった方が起こす手間も省けるし好都合だわ!」

気が付かないうちに目覚まし扱いされている僕っていったい何なんですかね。

まぁ心霊番組を見ることになった時点で覚悟はしてたけどね。姉さん怖がりなのにそういうの見たがる人だから一人じゃ寝られなくなるのよね。

「姉さん…また僕と寝るつもりなの?」

「いいじゃないか弟君!別におっぱい触ったって怒ったりしないよ!さぁおいで!」

「何言ってんの!?」

「あー…お尻かぁ…ごめん意図を察せず…」

「全然察せてないよ全然僕が好きなのはおへそとか耳とか鎖骨とか…じゃなくって!何を言いだすのさ姉さんは!」

「勢いで性癖暴露してるって相当じゃない?かなりやばくない?」

もう自分でも何を言っているかわからなくなってきた。かなり深刻らしい。

ともあれ、こんな茶番をしている間に時間は九時半になろうとしていた。時間を忘れて一緒に遊んでしまう癖もどうにかしなければならない。結構話や茶番の内容が噛み合うので歯止めが効かないのだ。

「ったくもう…ほら、始まるよ?今日はもう怒っているので電気を消して視聴するよ…」

「ちょっ、弟君!それ酷い!お姉ちゃんが怖がりなの知ってるくせに!」

「知りません!!!!!!!!!!!!」

問答無用である。男の子を誘惑しているという自覚すらない女性にはこのくらいしなければいけないと思っている。仕方ないね。



十五分後。

「きゃああああああああ!?見たいま!?ねぇ!?みた?にゅるってぇ顔があ!!!!」

「う、うん…今のはちょっとびっくりしたかも…正直慣れたと思って侮ってたよ」

首がにゅるにゅる動きながら追走してくる女性の霊に姉さんとともにビビっていた。病棟で死体安置室といったお決まりのシチュエーションではあったものの、やはり怖いものは怖い。所詮心霊番組と侮ったのが間違いだった。

姉さんとともに肩を抱き合い、無意識に体を密着させていた。吊り橋効果ってこういうことなのか(違う)。

姉さんは早くもがくがくと震えだして恐怖しているのが痛いほど伝わってくる。




更に三十分後、姉さんはすごいことになっていた。

「弟君怖いよぉ…お姉ちゃん死んじゃう…死んだら幽霊になって弟君の精液搾取してやる…あははは…」

壊れていた。完璧に壊れていた。おぞましい程に壊れていた。狂気に満ちた表情だった。何と言うか。何もない空間を見てじゅるりとよだれを垂らしている。実のに恐ろしい。もはや何かが憑りついているのかもしれない。

そして何より喋る言葉がもうおかしい。もうだめかもわからんね。

「姉さん…しっかりして…?」

「だってだってぇ…うぅ、くすん。」

「あぁもう、泣かないでよ…困るよ」

姉さん、泣くときは基本ガチである。よく僕を誘惑してきたりするが、涙を流すのだけは狙ってできない。つまりガチ泣きしている今の状況は本音がそのまま出てきたりする。よくお酒の席で口が滑ってしまうとかそういう感じだ。

姉さんの場合そのカギが涙である。

「じゃあじゃあ、お姉ちゃんのこと好き?」

「…っ、急にどうしたんだよ?酔ってるのか?」

「いいから、答えて」

いつになく真剣な目だった。何故このタイミングで真面目になったのかは心底意味不明だが。若干涙でうるうるしててくらっときちゃうくらい可愛いのであまり見つめると心臓に悪いのだが…。

「す、好きだよ…?」

「女の子として?私のこと抱ける?」

「…好きだよ」

「んー!お姉ちゃんも!!!!!!」

やけに元気だった。心配して損した。まぁ嘘ではないんだけど、この情報を漏らすことによって姉弟の関係が危うくなったりすると僕としてはまずいかなぁって思って今まで言っていなかった。

まぁ是非もないよね!こういう女の子いたらね!




「というか姉さん。よく考えたらさ。僕たちまだお風呂入ってなくない?」

「…一緒に入ろぅ…。」


是非もないよね!

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