第415走 迷子とドラゴンとお布団と(後編)
「ちょっと、ユナさん?!」
目を見開く悠希とは対照的に、俺はやっぱりか、と思った。
かれこれ四百回以上ダンジョンを走破していたこの俺だ。ライが同じところをぐるぐると回るような道筋を示していたのには気づいていた。
最初は単に勘違いをしているとか、母親の方も移動していて、行き違いになっているのかと思ったが、さすがにここまで繰り返されれば気が付く。
「あーあ、バレちゃったか」
意外なまでにあっさりと認めた少女は、突如、両の手から炎の塊を俺に投げつけてきた。
大きくしゃがんですんでのところで避けると、頭上から悠希の「ひっ」という、引きつった、息をのむ声が降ってきた。
つられて顔をあげるとそこでは、ドラゴンが口の端から炎をこぼしながら、唸っている。
「どうしてこんなことしたの?」
ドラゴンになったライにもひるまず、ユナがそう問いかける。
「間抜けな大人をだまして、たのしむため、かな?」
ライがしゃべるたびに、口の端から火の粉が零れる。
ダンジョンの中でドラゴンと遭遇したことは、今までなかった。
子どもだからだろうか、ドラゴンと聞いて思い浮かべるそれよりはずいぶんと小さいが、それでも小型車くらいある。
そんな彼女に、俺は言った。
「お前さ、まだ嘘ついてるだろ」
今度は、悠希だけでなく、俺以外の全員が目を見開いた。
「え? べつに私うそなんか」
「お前ほんとは、こんなことしたくないんじゃないのか? 誰にやらされてるんだ?」
畳み掛ける俺を、ライは鼻で笑って言う。
「ばっかじゃないの? 子どもだからって、みんながみんないい子だとでも思ってるわけ? 少女に夢みちゃうタイプのキモ男なの?」
「でもさ、気づいてほしいと思ってなかったら、
その瞬間、ライの雰囲気が変わった。
おそらく、キレた。
「うるさいうるさいうるさい! そうだよ! おにいさんの情報を手に入れろって言われて、仕方なく騙したんだよ! あとちょっとだったのに! あとちょっとで、おかあさんに会えるのに!」
「人質にでもとられてるのか?」
「そうだよ! だから、わたしががんばらなきゃいけないのに。あーもー全部台無しじゃん!」
ライが地団太を踏むたび、ダンジョンの大地が揺れた。
見た目ばかりいかめしいが、その様はまさに癇癪を起した子どもである。
「わたしがおかあさんを助けるんだ。ここまでの道中で、おにいさんが魔法も何も使えないただの人間族ってことは分かった。武器も普段持ってないし、スタミナの量もだいたいわかった。だから、あと必要なのは、
言うや否や、ライはこちらに滑空してくる。
鋭い爪のついた前脚をふりあげ、そして。
「悪いことをした子のケツひっぱたくのは大人の役割って言っても、女の子に手をあげるのは気が進まなかったんだが、ドラゴンならセーフだよな?」
ライの身体が、繰り出された俺の拳を起点にくの字に折れ曲がる。空気と共に吐き出された炎で、ワイシャツの袖が少し焦げた。
「ドラゴンを、ワンパンで……?」
一息に静まり返ったその場に、ユナのつぶやきがぽつりと落ちる。
どうやら、このダンジョン内には、いわゆる経験値の蓄積によるレベルアップのようなシステムがあるらしい。通常人々がダンジョンを利用する頻度はせいぜい月に数度のようだが、俺はこれまでに四百回以上もダンジョンを走破してきた。
だからだろう。今の俺は、ダンジョン内ではかなりの戦闘能力を持っているらしい。
そんな俺の一撃を受けて、ドラゴンの姿を維持できなくなったのか、ライが元の少女の姿で地面に倒れている。
苦悶の表情を浮かべ、身体をくの字に曲げておなかを抑えている少女をみると、さすがに罪悪感に駆られてきた。
「お前の母ちゃん、いまどこにいるんだ?」
ライが落ち着くのを待って問いかけると、
「おかあさんに、なにする気、なの?」
と、敵意剥き出しで返された。どうやら、俺のことを残忍な鬼か何かだと認識したらしい。
「いやいや、なにするって、助けたいんだろ? 母ちゃんのこと」
ライの態度に若干へこみつつもそう言うと、ライの瞳に、微かに希望の色が宿っる。
「助けて、くれるの? わたし、おにいさんたちの善意につけこんで、情報を売ろうとしたんだよ?」
なおも訝しげなライに俺は、
「言ったろ。母ちゃん探してやる、って」
とだけ言って、ライの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。
ライの母親とライに悪さをさせている一味は、ダンジョンの入り口近くにある、隠し通路の奥にいるらしい。ダンジョンの入り口に近いところを隠れ家にしたのは、ライが俺に勝負を挑んで殺されることを前提としていたからだろう。
ここまでくれば、あとは敵のアジトに乗り込むだけだ。
俺はライを肩に載せ、いつものようにダンジョン内を疾走していた。
「ライの母親ってことは、かあちゃんもドラゴンなんじゃないのか?」
ふと疑問に思ったことを訊ねる。
出発前に、相手は剣やナイフで武装しているだけの人間族だということは、既に聞いていた。だから、そんなやつら自力でどうにかできるんじゃないかと思ったのだ。
「ううん。わたしは人間とドラゴンのハーフだから、おかあさんは人間だよ」
「なるほど」
それなら武装した男ども複数人に脅されれば、簡単に身動きできなくなってしまうだろう。
「しっかし、俺の情報なんて集めて、どうするんだか」
今回の件でそこだけが理解できなくてつぶやくと、ライが驚いた様子で言った。
「知らないの? おにいさん超有名人なんだよ!」
「まじで?」
知らぬ間に、俺は有名人になってしまっていたらしい。後ろで悠希が、「さすが先輩です!」と妙なところで感心していたが、恥ずかしいので聞こえなかったふりをする。
「なんかね、めーっちゃ有名な小説の、主人公のモデルだってうわさだよ。だから、熱狂的な信者? の人におにいさんを売り渡したら、たくさん稼げるーってあの盗賊たち言ってたし」
今度はユナが、何やらゴホゴホとむせ始めた。走ってて、土埃が舞ってるからだろうか。
と、そんな会話をしながら敵のアジトへ向かう俺たちの、行く手を遮るものがあった。
「人間よ、恐怖するがいい。冥府の果てより舞い戻った我の攻撃、今度こそその身に喰らわせて、」
ザシュッ。
敵のアジトに乗り込むなら、とユナが貸してくれた短刀で、深紅の瞳をした目の前のモンスターを屠る。
「折角の我の再登場シーン、これだけ~!?」と抗議めいた声が聞こえた気がしたが、振り返っても金の粒子が僅かに残ってるばかりで、跡形もなかった。
そうこうしているうちに、目的地へとたどり着く。
注意深く観察しないと気付かない床の切れ目に爪を引っかけ、ライが隠し扉を開けたその時。
「おかあさん!」
扉の中から、ライの母親が飛び出してきた。
そのまま母娘二人で抱き合って、再会を喜ぶ。
「おかあさん、盗賊たちはどうしたの?」
なぜ母は、こうして自分と再会を喜んでいられるのだろう。そう疑問に思ったらしいライの問いかけに、ライの母親は答えた。
「それが、お母さんにもよく分からないのよ。なんか、様子を見に行ったと思ったら、魔王を瞬殺できる奴なんて相手にしてられっかって言って、出て行っちゃって」
ならいま、この付近に盗賊たちはいないのか。ようやっと胸を撫で下ろしたライは、母親にここまでの経緯を説明した。
「ほんとうに、ありがとうございました。娘のことも私のことも、助けていただいて……。もうなんとお礼を言ったらいいか」
深々と頭を下げる女性に対し、悠希が大変言いにくそうに口を開く。
「あの、先輩ならもう、帰っちゃいましたけど」
思わずぽかんとするライとその母親。
「ちなみに、ユナさんも、きたきたきた! 物語がきたあ! とか言って、言ってしまわれました」
さっきまでの感動はどこへやら、場に何とも言えない空気が満ちる。
一番何もしていない自分だけが最後まで残ってしまって、なんだかすごく申し訳ないような気持になって、悠希も
「それじゃ、お元気で」
と言うなり逃げるようにその場を去るのだった。
◇
「あーやっぱお布団最高―!」
自室の布団にくるまりながら、今日の出来事を思い返す。
ライと母親が再開して、盗賊が近くにいないと判明した辺りで、用は済んだとばかりに自宅へと走り出したのだ。
もちろん、一刻も早く、お布団にでごろごろするためである。
普段からダンジョン探索をしているとはいえ、今日はさすがに疲れた。
けれど、その疲労感は思いのほか、心地いいものに感じられて。
ああ、たまには寄り道も悪くないかもな、なんて、柄にもなく思ったりするのだった。
ダンジョンとかどうでもいいから、早く家に帰りたい 秋来一年 @akiraikazutoshi
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