第415走 迷子とドラゴンとお布団と(前編)
ダンジョンの中は、話に聞いていた通りじめじめと薄暗かった。
そんなダンジョンの地面に、ひとりぼっちで座り、膝を抱える。
さみしくて、不安で、こわくて。
そんなつもりなかったのに、次から次へと涙が溢れた。
でも、頑張らなくちゃ。そうじゃないと、おかあさんに会えないのだから。
あぁ、早くおかあさんに会いたい。
◇
学校の昇降口を出ると、校舎裏の塀にあいている、穴をくぐり抜ける。
人がひとり、ぎりぎり通り抜けられる程度のその穴を抜けると、目の前はもうダンジョンだ。
慣れた足取りでダンジョンを駆け抜け、お、今日は結構調子いいな? 自己ベスト更新できんじゃね? と思ったタイミングで、それは俺の前に現れた。
いや、現れたというか、ダンジョンの端にしゃがみ込んで、膝を抱えているというか。
ダンジョンの中腹あたりで、女の子が泣いていたのだ。
どこの世界の住人かはわからないが、日本でいうと小学一、二年生くらいだろうか。
無視して走りさろうかとも、一瞬考えた。
俺の人生にとって一番大切なのは、お布団でごろごろする時間だ。
ダンジョン内での時間経過は現実世界に反映されないといえど、一刻も早く帰宅して、お布団でぬくぬくしたいのもまた事実。
けれど。
今ここで見て見ぬ振りをしては、お布団の中で、あれこれと考えてしまう気がする。
ダンジョンの中は危険がいっぱいだ。それを身を以て知っている俺には、非力な少女がひとりぼっちでいたらどうなってしまうか、容易に想像できてしまう。
そんな風にあれこれと考えたり、罪悪感にかられたりしていては、お布団の中で至福のときを過ごすことはできない。
だから俺は、厄介ごとに自ら首を突っ込むなんて、心の底から不本意だったが、仕方なく少女に声を掛けることにした。
「おい、何かあったのか? どこか怪我でもしたか?」
少女が顔を上げるのと、ほぼ時を同じくして、後輩の悠希が俺に追いつく。最近、トレーニングと称して、部活のない日は俺にくっついて、ダンジョンへとやってくるのである。
「もしかして、お母さんとはぐれちゃいました?」
しゃがんで少女に目線を合わせながら、悠希が優しく問いかける。
すると、少女は泣きながら、こくりと頷いた。
「先輩……」
悠希が上目遣いでこちらを見る。どうしたいのかは、言わずとも分かった。
「ったく、しょうがねえから、俺たちが母ちゃん探してやるよ。だから泣き止め」
そう言って、俺は少女を背中に負ぶい、悠希とダンジョン内を歩き始めた。
「母ちゃんがどこ行ったか、手掛かりはないのか?」
ダンジョン内は広く、入り組んでいる。むやみやたらと動き回ってもしょうがないので、少女にそう問いかけた。
「なんとなく、だけど、おかあさんのいる方、感じるよ。あっちの方だと思う」
ライと名乗る少女は、ぽつりぽつりと、確かめるようにつぶやく。
どうやら、少女の世界には、そういう便利な機能があるらしい。
見るからに人間でないものが、うようよ居るダンジョンだ。特に少女の言に疑問を持つこともなく、俺たちは少女が指差す方向に歩みを進めた。
「あーっ! 歩いてる?!」
しばらくすると、背後から、そんな驚きにみちた声を掛けられた。思わず三人で振り返ると、見覚えのある女性が立っている。
俺が初めてダンジョンに迷い込んだ際、声を掛けてきた女性であった。その後も、何度か視線を感じることはあったが、こうして話し掛けられるのはあの日以来だ。
話し掛けたというよりは、思わず声に出してしまったといった様子の彼女は、俺たちからの視線を受けて顔を羞恥に染め、あたふたとする。
「ご、ごめんなさいっ! その、今まで走ってるとこしか見てこなかったからびっくりして……」
「今日はこの子の母親を探してるんです。迷子になっちゃったみたいで」
特に悪い人でもなさそうだったので、事情を説明してみた。もしかしたら、何か手がかりを得られるかもしれないし。
すると、なぜか目を輝かせて、
「あの、よければ私も、お手伝いしていいかしら?」
と返された。
そのあとに付け加えられた、「今回も物語の匂いがするのよね~」という言葉の意味は分からなかったが、人探しをするのに協力者は多い方がいいだろうと、その申し出を受け入れる。
かくして俺たちは、ユナと名乗るこの女性も加えた四人で、ダンジョン内の捜索をすることとなった。
少女に言われるがまま、ダンジョンの中を突き進む。
最初は言葉少なな少女であったが、パーティに女性が加わったからか、はたまた単に状況になれてきたのか、会話の中で時折笑みを浮かべることも出てきた。
モンスターの出現も、他のダンジョン探索者も少なく、道中は穏やかである。
けれど、肝心の少女の母親だけは、どれだけ探しても見つからなかった。
「ちょっと、休憩にしましょうか」
悠希の提案で、ダンジョン内の比較的ひらけている空間に、腰を下ろす。今まで駆け抜けてきたことしかなかったから、ダンジョン内で腰を下ろすのは不思議な感じがした。
「ねえ、私、ライちゃんに訊きたいことあるんだけど」
先ほどまで、何やら思い悩んでいたような様子だったユナが、口をひらいたのは、そんな時だった。
「ライちゃんさ、嘘ついてない?」
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