第七話 秘密の隠れ家
・・・・・・呼吸音だけが聞こえる・・・・・・希望も・・・・・・光も・・・・・・ぬくもりもない黒い水だけの世界・・・・・・寒さも・・・・・・暑さも・・・・・・痛みも・・・・・・匂いも・・・・・・何も感じない・・・・・・血のシャワーを浴びた・・・・・・それなのに濡れた感覚がなかった・・・・・・なのに・・・・・・恐くもないし・・・・・・気持ち悪くもない・・・・・・
(・・・・・・ジャン・・・・・・)
・・・・・・あれは本当にジャンだったのか・・・・・・?・・・・・・信じたくないがあの顔は・・・・・・間違いなかった・・・・・・彼は変わってしまった・・・・・・理由は分からない・・・・・・どうして・・・・・・?
(・・・・・・私は死んだの・・・・・・?)
・・・・・・それすら分からない・・・・・・ここは・・・・・・夢の世界・・・・・・?・・・・・・お母さんは・・・・・・どこ・・・・・・?・・・・・・お父さんは・・・・・・?・・・・・・どうしてどこにもいないの・・・・・・?迎えに来てくれないの・・・・・・?寂しいよ・・・・・・一緒に家に帰ろう・・・・・・?・・・・・・いつものように・・・・・・またパンを焼きたいな・・・・・・ベルギーワッフルを・・・・・・
「・・・・・・はっ!?」
誰かの声でエリーネは目を覚ましベッドから飛び起きた。落ち着かない様子でまわりを見回す。興奮したまま何度も息を吐きながら恐怖する。自分は路地裏で意識を失った事を思い出し酷く混乱した。今の展開に現実を受け止められずにいるようだ。
そこは普通の家と変わらない部屋だった。どの民家にでも置いてありそうな家具、暖かい暖炉、果物が置かれたテーブル。十分に平凡な生活を送れる程に環境がよかった。
1人の人間が目に留まった。さっきの老婆だった。椅子に座り心配そうにエリーネを見ている。間違いじゃなければどうやら彼女を看病していたようだ。さっきの襲撃者の1人だと思ったエリーネは怯えながら壁に背中を貼り付ける。
「・・・・・・あ、あなたは誰!?ここはどこ!?」
「落ち着きなさい、私は味方よ。あなたは助かったの。」
老婆は冷静な態度でエリーネの両手を握り落ち着かせる。無理やり押さえつけず、そっと相手を安心させる。
「あ・・・・・・ああ・・・・・・」
温かい手の体温が冷たく固まった手に流れ込む。敵じゃないと認識し安堵したのか騒ぐのをやめた。そして、呼吸の速さを変えないまま老婆の目を見た。瞳から涙を流しじっと見つめた。
「大丈夫よ、私は敵じゃない。」
「うわああああああ!!」
辛くて残酷な運命に心が裂けエリーネは泣き崩れる。
「・・・・・・辛い思いをしたわね・・・・・・我慢して偉かったわ・・・・・・」
老婆も涙目で優しく抱きしめる。
しばらくしてようやくエリーネは泣き止んだ。大分落ち着きを取り戻し呼吸も安定してきた。負の感情を吐き出し少しだけ明るい気持ちを取り戻す。残った涙を拭き目をつぶりながら1度だけ深呼吸をした。
今頃になって臭いで気づいたがもう身体は血塗れではなかった。着ている服も変わっている。どうやら有難い事に全身を綺麗に洗ってくれたようだ。
「よかった、少しは良くなったようね。」
その後老婆にレモンバームのお茶を淹れてもらった。蜂蜜が加えられた黄色いハーブティーを覚まして飲む。空腹だったので林檎も食べた。食事を済ませたら強い眠気に襲われ起きたばかりなのにあくびをする。再びベッドに横になる。
「ここは安全だからゆっくり休みなさい。」
「あの・・・・・・、あなたは誰ですか?・・・・・・ここはどこですか?」
おそるおそるさっきと同じ質問をする。
「私の名はアガサ・キャンベル、そしてここは私の秘密の隠れ家よ。正確には『私達』のだけどね。」
「私はエリス・ルブランシュ・ド・ペルスュイ。旧名はエリーネ・ルテルム、数年前までベルギーに住んでました。」
「なるほど、私もある理由があって去年この国を訪れたわ。詳しい話は後でしてあげるから今は無理をしないで。」
アガサと名乗った老婆はよろよろと立ち上がりエリーネに毛布をかける。再び椅子に座ると横にあった棚から毛糸を取り出し編み物を始めた。何かを隠しているように聞こえたが睡魔に負け聞き流した。
「もしかして、あなたが私を・・・・・・?」
「ええ、私が警備隊に追われていたあなたを救い出した。罪のない人々に危害を加えた行為には良心が痛んだけど。」
「・・・・・・ありがとうございました。」
無表情でお礼の言葉を送る。とても嬉しくて泣きながら感謝をしたかったが今のエリーネにその気力さえなかった。回復してない疲労とまだもうろうとした意識に身体が固まっていた。
「どういたしまして、あの場所に逃げ込んだ事が幸運だったわね。」
エリスと黒刻の騎士団 新感覚 @simen10232877
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