第六話 謎の老婆

 そこは路地裏への入り口だった。誰もそこには出入りしない、足を踏み入れる人間がいるとしたら物乞いかホームレスぐらい。子供達はもちろん表で暮らす者達は入りたがらない。それ以前に目につかない。


「いや・・・・・・!私・・・・・・ない・・・・・・!」


 死人のような顔で真っすぐ突き進む。素直に捕まって事情を話しても信じてもらえないと分かっていたからだ。状況だけ見て真実を見れないあいつらに何を言っても無駄たという事も知っていた。いっそ恋人に裏切られた証であるこの拳銃で頭を撃ち抜こうかとも考えた。でもやはり・・・・・・自殺など出来なかった。


 行き着いた先は広い旧市街のような場所だった。どちらを向いても行き止まりの壁がそびえ立っていた。だが望みがないわけではなかった。開きそうなドアが1つだけ見えた。幸運に思えたが・・・・・・


「・・・・・・あ・・・・・・こんな・・・・・・時・・・・・・に・・・・・・」


 ついに身体が動かなくなった。力が抜け全身が軽くなり氷ったように硬直した。安堵が仇となり急激な眠気に包まれる。あと一歩のところで消えかけていた意識を完全に失う。エリーネはその場に倒れ込みそのまま失神した。



 ちょうどそこへ警備隊が辿り着いた。ぞろぞろと次から次へと狭い通路から出てくる。そして誰もが容疑者を追い詰めたと思った。


 だが・・・・・・


「な・・・・・・、何だ貴様は!?」


 最初に狭い道を抜けた警官が叫んだ。まわりも驚いた目で正面を警戒する。何故なら目の前にいたのはエリーネではなかったからだ。


 その正体は1人の老婆だった。この国の人間ではない、肌の色が違う。歳は60代後半に見える。白い長袖の洋服を着ており下はロングスカートを履いていた。短い白髪を生やし黒い瞳で警備隊を睨み付ける。日本刀を左手に持ちながら倒れたエリーネの前に立ちふさがっていた。


「何故ここに東洋人がいる・・・・・・?そのサーベル、日本の侍か!?」


 老婆は1度だけ息を吸い吐いた。ゆっくり口を開く。


「立ち去りなさい、この子に罪はない・・・・・・」


 そうフランス語で言い放った。


「そのガキは広場を襲撃したテロリストだ!邪魔をするならお前を射殺する!」


 全員がライフルを構える。全ての銃口を彼女の全身に向ける。


「・・・・・・なら、仕方がない。」


 老婆は表情を変えず刀のグリップを右手で掴み銀色に輝く刀身を抜く。鞘を捨て次に構えず刃先を下に向けたままこれ以上動かなかった。警備隊は余裕そうな戦況に無防備な相手を笑った。引き金に指をかける。


「撃てー!」


 無数の銃声が鳴り響く。尖った弾薬が一直線に向かって飛んでいく。それはエリーネの真上を光の速さで通り過ぎ廃墟の壁にめり込んだ。巨大な目玉のようないい加減な穴のアートが出来上がった。皆のにやりと微笑んでいた顔は無表情へと一変した。


 確かにちゃんと狙った。引き金も引いた。弾も発射された。それなのに血しぶきは飛ばず何故か全部外した。・・・・・・そこに老婆の姿はなかった。


「・・・・・・どういう事だ!?」


「ぐはあっ・・・・・・!?」


「!?」 「!?」


 若い警官が苦しそうに声を上げ倒れた。その方向に視線を注目させる。ドスッ!と何かを叩く音がした。また数人の男が倒れる。


「一体どうなって・・・・・・!?」


 理解できないまま目の前を見た。奴はいた。その直後、首に衝撃が走り意識を失う。老人とは思えない俊敏な動き、鬼神のような目・・・・・・最早芸術とも呼べる鮮やかな剣さばきで容赦なく銃を持った大勢に斬りかかる。・・・・・・いや、よく見ると誰も斬っていない。刃の反対側を身体に叩きつけ気絶させていた。


「くそぉーっっ!!」


 中年の警官が間近で発砲しがそれも通用しなかった。瞬時に刀を大きく振り回し銃弾を弾く。鉛は壁にめり込んだ。そしてそいつもいとも簡単に気絶させられた。


 発砲音ではなく痛々しい打撃音が路地裏で響いた。しかしそれもやがて終わった。雨が降り始める・・・・・・水の音がするだけだった。失神した何十人もの警備隊の中、1人だけがその場に立っていた。老婆は表情を戻しすぐ後ろに落とした鞘を拾うと刀を納めた。


「うう・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


 彼女は刀を腰のベルトにさしエリーネを抱き抱えると扉を開け路地裏の奥へ入っていった。

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