インフレをもたらすもの


 国民的漫画の一つであるド〇ゴンボール。

 世界中に散らばった7つの玉を全て集めると、願いが1つだけ叶えられるという秘宝「ド〇ゴンボール」を巡って、主人公・孫悟空そん ごくうを中心に展開する「冒険」「バトル」「友情」などを描いた長編漫画である。

 その人気たるや世界中に広がっており「世界で最もビデオゲーム化されたコミック」としてギネス記録にも認定されている。原作終了から20年以上が経過した現在でも、アニメ、ゲーム、実写化など、その勢いが治まることはない。

 

 さて、ド〇ゴンボールには作中数多のキャラクターが登場するが、その中でもフ〇ーザと呼ばれるキャラクターの人気は非常に高い。

「宇宙の帝王」たる彼の性質は悪そのものであり、宇宙全てが自分の所有物という傲慢な考えを持つ。他者を征服、殺戮することに何の躊躇いも見せず、それは最期まで変わることはなかった――と、概要の部分だけならば、過去にも残虐なキャラはいたはずで、これだけの人気を得ることはなかったはずだ。

 フ〇ーザの魅力は各地で語られている。抜き出してみると(傲慢さ故とは言え)紳士的な口調、(アニメでの)特徴的な甲高い声、部下に対するマネジメント能力、多彩な形態を持ち、かつ、最終形態が一番シンプルという斬新さ……と多数あるが、最も確実に言える人気の理由は、「とんでもなく強かったから」だろう。


「私の戦闘力は53万です」


 上記の彼の戦闘能力についてのくだりを聞いた人物も多いだろう。

 戦闘能力を測る機械であるス〇ウターを装着し、1万、2万でうんぬん言っていたあの頃に――53万である。しかも、各種形態のうち、もっとも弱いとされる第一段階で、だ。

 ド〇ゴンボールには「インフレ」という言葉が付いて回るが、そのきっかけとなったのはフ〇ーザでほぼ間違いないだろう。


……とまあ、横道にそれてしまったが、ともかくこれより、フ〇ーザの戦闘力と同じ回数――53万回の演算を行う。

 目論見が正しければ、四割近い確率で「シェイクスピア」のうち、4文字が出力されるはずだ。

 早速、E〇CELの「開発」タブから、挿入―「ボタン」フォームをクリックして、マクロ実行用のボタンを生成する。

 ボタンをクリックしてみると、おびただしい数のカタカナが一斉にうごめきだした。少しの時間を置きながら、10000行もの黒の文字列がチカチカと変わっていくその様は、延々と続く蟻の行進を思い出させた。


 MsgBox関数(ダイアログを表示させる関数)によって、「生成完了」の文言が出力されたのは、ボタン押下から20.75秒後のことだった(ストップウォッチにて測定)。

 この結果は私にとって、かなり救いのあるものだった。人の手でやっていた際には30000行で20分程度かかっていたものが、今や530000行で20秒強だ。

 単純に計算してみる限り、17.67倍の量を、60倍の速度で解決したのだから、実行速度はおおよそ1060倍である。オートフィルで喜んでいた時代が遥か懐かしい――結局、作業時間の大半は人が関わる部位だと痛感させられる。

「OK」ボタンを押下してダイアログを消してみると、53行分の「シェイクスピア」特戦隊が生成されている。

 その中には、4文字一致の文字列はなかった。10000行ごとの内容を確認してみる限り、2文字一致のものが34件、3文字一致のものが19件である。1000行ごとでは存在していた1文字一致が消え、3文字一致の出現確率が10%(30件中3件)から35.8%(53件中19件)と約3.6倍となっている。


 もう一回押してみる。たかだか20秒のはずが、相当に長く感じられる。

 今度こそはと思ったが、今回も出てこない。

 三回目もだめ。AI列に出てくる一致した文字数を示す数字は「2」と「3」ばかりだ。

 四回目もだめ。結構珍しいこともあるものだ……四割を四回連続で外す確率は12.96%なのだ。人の目安ならば、8分の1は低い確率と呼んでもいいだろう。27兆分の1よりかはマシだろうが。

 結局、4文字一致が出てきたのは五回目の58000行目――即ち2178000回目の試行でのことだった。これをもし手でやっていたら、1452分(1日と12分)かかっていたところだった。インフレを感じずにはいられない。


 かくしてようやく、第一の形態を倒すことが出来た。しかし「シェイクスピア」にたどり着くには、5文字一致、6文字一致、7文字一致という三つの変身を乗り越えなくてはならない。

 そしてその度に、演算にかかる時間は飛躍的に増えていく。一文字増えるたびにパターン数は83倍になるのだから、当たり前のことではあるが―― 


 今だけは、自分の為したことに浸っておこう。

 心強い武器を携え、私はAH6セルに平然と置かれた『ラデ』という文字列を、ぼうっと見続けていた。

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