猿人へ至るエンジン


 前回の検証により、30000行の演算を行ったとしても、「シェイクスピア」の7文字の内、3文字を一致させるのが手一杯であることが分かった。

 予想はしていたものの、この検証を手作業で行うには、信念と狂気が足らなさすぎるようだ。

 過程を楽しむとは言ったが、その為に、時間を無駄にするわけにもいかない。「シェイクスピア」の文言を出すことが、私の最終目的ではないからだ。

 という訳で、私はPCの力を借りることにする――MACRO《マクロ》と呼ばれる魔法を使って。


 孫悟空の話をした際に、身外身しんがいしんの術について説明したのを覚えているだろうか。

 有り体に言えば、分身の術――コピペによっていくらでも演算回数を増やすことが出来る性質を「分身」になぞらえた訳だが、MACROはそれを発展させたものと思えばよい。

 どういうことか。タイプライターを打つ「猿」ではなく、その結果を取得して、レポートに書くを分身させるということだ。


 例えば――検証を行った際に、私は以下の行動を取っている。


・赤く塗られたセル(最も「シェイクスピア」に近いセル)を見つける

・行数を確認する

・セルの単語をコピーしてから、AH列にペーストする(この時、自動的に乱数が再生成される)

・「シェイクスピア」と同じ文字列の部分にを追加する


 1000行ある中から、僅かに赤くなっているセルを探すのも億劫だし、を追加する作業も、目視確認では振り間違える可能性がある。


 しかし、この作業をPCが代行したらどうか。

 どんな量があろうとも、細かい作業であろうとも、失敗する可能性はゼロになる。しかも人間が行った場合よりも数段迅速になる。

 そして、なにより――幾らでも演算ループが出来る。私は30回でお腹一杯だったが、この堅物PCは100回でも10000回でも黙って作業してくれる。

 私が寝ている間にも、電子世界にいる数多の「私」が延々と精神を削りながら、シェイクスピアと睨めっこをする訳である。

 その代価が僅かばかりの電気代しかないのだから、やらない手はない。


 さて、猿を「猿人」に進化させかねない程の力を持つMACROであるが、この力の習得には大きな障害がある――特殊な言語を用いなければ、作成出来ないのである。

 それは、Mi〇rosoft社が編み出したVBAと呼ばれるプログラミング言語。「あーしてこーしてください」と日本語で書いたところで当然通じない。それどころか、構文からして全然馴染みがないときた。どのような処理が出来て、その為にどのようなコードを書けばいいのかも分からない。

 路頭に迷っていた私の目の前に、知識の化身である「ちょろ目」が現れた。


――サア、ワタシノ主神ヲ呼ブノデス。


 私はその言葉に引き寄せられたかのように、いつも通りググルの術を試みていた。


 それから一時間が経った。

 知識の神がもたらした情報を基に、私は私自身を複製プログラムした。

 内容を簡潔に述べると、「ループのごとに「シェイクスピア」に最も近い文言とその行数、一致文字数を、それぞれAH列~AJ列に記入する」といったものである。1回目のループの場合は、AH1~AJ1に記入し、2回目以降のループの場合は、その下の行(AH2~AJ2など)に記入する為、何回ループさせようとも、結果が上書きされてしまうことはない。


 このプログラムを基に、私は10000行の乱数生成を53回繰り返し、「シェイクスピア」と比較することにした。

 合計530000行あれば、4文字一致の確率は約39.09%となる――もし、1回試して駄目でも問題はない。こちらの作業は実行ボタンを押すだけであり、それさえ気に入らなければ、ループ処理をループさせるという手もあるのだから。



……余談ではあるが、530000回という数字は、何かを思い出させるなあ。


(余談の余談)

 本文中ではあたかも「マクロを作るのは大変だ」などと記述しているが、E〇CELには「マクロの記録」と呼ばれる機能が付いている。

 わざわざコードを書かなくても、実装させたい操作をしてみせるだけで、自動的にその操作を行うためのコードを書いてくれる。こちらは「マクロの実行」機能で再現出来たかだけを確認すればよい。素晴らしい機能である。

 流石にE〇CELでゲームを作るとなったら、プログラミングするしかないだろうが……

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