狂気の発想との出会い
かくして、プログラマとしての現実を知った訳だが、それで私の中の創作意欲が消えたかと言えば、無論そうではない。
むしろ、日を経るごとに欲求は強まるばかりであった。
本当にこれでいいのか。このままじゃ、根暗で趣味も特技もない――正真正銘のダメ男になってしまう。
「性格は根暗ですけど、実はアプリ作るの趣味なんですよ」というような持ち味が、「(自称)インテリ」という自信が欲しいんだ!!
と、自分の率直な気持ちを打ち明けてみたが、読者の皆様も思っていることだろう。「じゃあ、やればいいじゃん」と。
正解である。さっさとやればいいのだ。こんなところで小説を書いていないで、やればいいのだ。ナローの星で小説を書いていた時間も、アプリ作成とやらに費やせば良かったのだ。
だが、やらなかった――いや、やれなかった。ただ一点の根本的にして致命的な課題の存在によって。
じゃあ、何作るん?
この課題の重みは計り知れない。絶望的なほどに。
とっかかりを何にするのか――おそらく全国の創作者たち共通の課題である。
ゲーム入門としてテトリスでも作るか? 対戦形式ならオセロなんかも実現しやすいな。でもさ、そんなの腐るほどある訳じゃん。模造品が出来上がるだけだ――コピペで終了してしまうなんて、虚しすぎる。
(ちなみに作者は地雷の検索範囲を周囲3マス分に広げたマ〇ンスイーパなんかを大学時代に作っていました。作成時間は約30分)
だったら、大作3Dゲームなんてどうよ。成程ね、それならオリジナリティがある。だけど、ルール作って、システムの考案して、キャラクター作って、ゲームバランスの調整して、それに音楽も必要だ――おそらく、プログラミングの前に頓挫する自信がある。仮に出来たとして、やれることが自分を慰めるだけでは泣けてくる。
ゲーム以外に裾野を広げてみればとも思ったが、このご時世に何が求められているのか、それが分からない。
――オリジナリティがあり、インテリっぽい。そして簡単に作れる。
こんな贅沢な要求を満たすものが、簡単に現れるわけもない。私は日々を悶々と過ごした。
あふれる創造欲を鎮めるために、小説という形で定期的に発散させることで、表層上の安寧こそは保っていたが、内にある、しこりがなくなることはなかった。
そして、いつもの通り、ネットサーフィンをしていたある日。
偶然、とあるサイトでそのワードを発見した。
『無限の猿定理』
なんだ、これは。いったい。
この言葉のインパクト……『シュレディンガーの猫』という言葉を見た時すら、こんなにざわつくことはなかった。
はやる気持ちを抑えながらも、説明文を読んでみる。
『例えば、猿がタイプライターの鍵盤を叩くとします。当然、文字はランダムに出力され、まともな文章にすらなりません』
ふむ。
『しかし、どうでしょう。これが一回、二回ではなく、一万回繰り返されたとしたら。「Hello」の文字くらいは出てくると思いませんか? 』
万に一つの確率か。確かにそうかもしれない。
『百万回繰り返されれば「I love you」。一億回繰り返されれば「Nice to meet you」と、回数を引き延ばしさえすれば、長い文章も偶然出来上がるかもしれない』
その理屈でいけば、確かにそうかも。
『ならば、これを無限に繰り返したのなら、どんな文章でも作り上げることが可能になる。それが仮に――シェイクスピアの「ハムレット」だったとしても』
目の前が、輝いて見えた。
――例え猿でも、無限回の改稿をすれば、シェイクスピアになれる。
これだ。これしかない。
オリジナリティがあり、インテリっぽくて、何より簡単に作れる。
何もしていないのに、胸がバクバクと鼓動した。
私は即座にE〇CELを開いて新規のブックを作ると、その後、即座に「名前を付けて保存」を選択し、ファイル名に「無限の猿定理」と付けて保存して閉じた。
デスクトップに置かれた空のE〇CELファイルを見つめながら、私は誓った。
これは絶対にモノにする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます