きっかけ

あるプログラマの堕落


 プログラマに対するイメージは、概ね以下の二つに絞られる。


 一つは地獄のような職業――プライベートなど無用、サービス残業に休日出勤、仕様変更で火の車、進捗どうですか、賽の河原に積まれたエナジードリンク、顧客が本当に必要だったもの、山のような専門用語に文法、全体的に男臭すぎる職場……「IT土方」と呼ばれて恐れられる、負のイメージ。

 もう一つは、夢のある職業――特殊な技術を用いて、人間ならば不可能だったことすら可能にする――現在の世界を変えかねない魔法のような力に、他者よりも密に関われる、正のイメージ。

 私は後者のイメージに惹かれてIT業界を志し、プログラマとなった。

 流石に後世まで残るような逸品を、とまでは思っていなかったが、それでも様々な場所に赴き、プログラミングの経験を積み、最終的には独り立ち――なんてイメージを持っていたものである。

 今になって思えば、儚い幻想だ――まさかプログラマが、こんなにプログラミングしないものだったなんて、考えてすらいなかった。 


 例えば、二台の洗濯機があったとする。値段は両方同じものとする。

 一台は「老舗企業が作った、オーソドックスな洗濯機」。特筆すべき機能こそはないが、洗濯機としての機能は十分に果たし、故障しにくい。仮にしてもきちんと即日でメンテナンスしてくれる。

 もう一台は「ベンチャー企業が作った、新機能付きの洗濯機」。なんと洗いながら、シワを伸ばしてくれるという機能が付く。

 ただし、それは頻繁に故障する。そして修理には二週間取られる――なぜなら、特殊な部品を用いており、在庫がないから。ついでに、洗濯機としての挙動すらも怪しくなることがある――なぜなら、新技術との相性が分からないし、試運転しようにも、そんなノウハウも金もないから。


 あなたはどちらを買いたいだろうか。もし前者と言うのなら――新技術の開発など夢のまた夢である。悲しいが、それが現実。

 プログラマが配属されるプロジェクトで実現する機能とは、大半が既存技術の延長、改良、修理である。

 皆が「プロジェクト」と呼んでいるものの内訳は、お客様から改修する内容と基準点を聞き出す作業が三割、既に出来上がっているシステムの内容を読み解くのに三割、仕様書をE〇CELを使って作成するのが二割――残りはテスト作業だ。


 プログラミングの工程がないって?


 そりゃ、当たり前だ。仕様書から内容を写すだけの作業に、そんなに時間はかけられない。プログラミング言語の勉強をするくらいなら、仕様書や成果物を効率よく作成する為に、E〇CELの計算式やショートカットキーを覚えた方が、十倍役に立つ。

 こんな身も蓋もない結論を抱きながら、私は「魔法の力」に携わっている。


 個人の考えなので、当然、違う意見も出るだろうが――ともかく、大学時代にこつこつ覚えたはずのプログラミングの手法は、こうして脳の片隅へと消えていったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る