第2話
よく言われるように、桜の木の根元には、何かが埋まっているのかもしれない。あまりにも妖しく美しいから。
幼い日の私がそこまでの想いを持っていたわけではないが、舞い落ちる桜の花弁が印象的だったのは間違いない。
うちの裏庭に大きな桜の木があるが、この桜はよく狂い咲いていたのを知っているだろうか。
あれはまだ私が学校に上がる前だから、今から70年以上昔だったと思うが、晩秋に、とても暖かい日があって、私は1人庭で遊んでいた。その時、狂い咲きの桜がひと枝、根元近くの幹にあってね、花弁が舞い落ちていたのが美しくて、駆け寄って地面に落ちた花弁を手で掬ったんだ。
土も一緒に掬ってしまったんだが、小指に何か当たった気がしてね。よくよく見てみると、地面から革紐が少し覗いていた。掘りおこしてみると、赤茶けた破れかけの小さな皮袋の巾着で、中には黒っぽい硬貨が数枚入っていたよ。
まあ、見るからにコインっぽいものだが、普段使い慣れているお金じゃあなかった。数字はどこにも書いていないし、片面には人の顔が彫り込まれているそれは、きっと外国の珍しいお金だと思い、私の宝物になった。
今でも、和室の箪笥の小引き出しにはいっているよ。綺麗なものではないが、珍しい物だし、話のたねになるだろう。これは君にあげよう。
それからも、私は桜の木の根元でよく遊んだが、年に3、4回ほど咲くその桜を見ると、花弁を集めずにはいられなかった。
そして、毎回ではないが、その花びらの下からは時々、変わった物が顔を出していた。例えば刺繍の入った布の切れ端、手のひらほどの小さな錆びたナイフ、動物の牙か骨を刻んだと思われるペンダント、綺麗な色の石。子供の私に取って、それは宝石に見えたし、薄汚れた布切れも、珍しくもない木切れも、その桜の根元で拾ったものは全部が宝物だった。
そうそう、最初の頃は、もっと何か埋まっているんじゃないかと、大きなスコップを持ち出して掘っていて、母に怒られたもんだ。仕事から帰った父にも、また怒られた。
掘ってみて、もう何もないと確認したのに、花の下にはまた新たなものが現れる。不思議だったがそういうものだと思った。子供だったからね。
ある時、そうだ、私が何か埋めたらどうなるんだろう。と思いつき、その当時大切にしていた怪獣のおもちゃの小さいのを埋めてみたんだ。数日経って見てみたら、最初は元どおり埋まっていたんだが、何度か試すとある日、どんなに探しても見つからなくなってしまってね。
けれどその代わりに、次に花が咲いた時、黒っぽい硬貨が見つかった。
しまった、なぜあの怪獣を埋めちゃったんだろうと、後悔する気持ちも大きかったが、代わりに手に入った硬貨が、なんだかこう、商売人になったような気がして嬉しい気持ちもあり、半々だったかな。
それから暫くは、無くしてもいいものをこっそり埋めて、花が咲いたら掘り返すのを繰り返してた。その頃私はもう中学生になっていて、硬貨がどこの国の物か、図書館で調べてみたよ。まあ、この辺の図書館だし、参考になる資料もなかなか見つけられなくてね。それから中学、高校と進む間、頑張って調べたんだが、結局どこの硬貨かはわからないままだった。
高校生になって初めて思いついたんだが、今更な感じはするが、手紙を書いてみた。
こんな夢物語な出来事に真面目に手紙を書くなんて恥ずかしくて、すごく簡単なものだったよ。
「いつも綺麗なものをありがとう。日本の硬貨を送ります。」だったかな。10円玉と100円玉と、穴が空いていて面白いと思って五円玉を入れたよ。
暫くして返事がきたときには、ほんとうに嬉しかった。何か奇妙な記号が書かれた布にくるまれた、美しい石だった。その布はきっと手紙だと思った。
それからはずっと、その奇妙な記号を解読する事に時間を費やしたんだ。もちろん大学には通ったよ。家から通えるところを厳選してね。学部は解読の為に言語学を学びたかったんだが、受験教科が合わなくて、結局工学部に入った。
せっかく工学部に入った事だし、コンピュータに聞けることもあるんじゃないかと思ったよ。あそこの大学は、昔からいいコンピュータを置いていたんだ。当時は工学部の学生だけが、割と自由に使わせてもらえてね。
結論から言うと、これは良い選択だった。私は家でできる仕事を見つけられたし、両親には心配されたが、ずっとこの家に居たいんだという希望を、最後には理解してもらった。今で言う引きこもりのようなものだから、何度も見合い話を持ってこられたし、ご近所の目は厳しいし。昔の引きこもりは大変だったんだよ。
さて、桜の木の下の文通は、大学、就職後も続き、お互いに簡単な文字や絵を使って、少しづつ単語が読めるようになった。大学のコンピュータで解析しようかと思ったが、私には荷が重かったようで、そっちはうまくいかなかった。
相手の言葉は、私は向こうの人を「桜の人」と呼んでいるんだが、桜の人の言葉はとても変わったものだった。名詞をいくつか覚えると、多分その音程で動詞を表すんだ。記号は音楽の五線譜とアルファベットが組み合わさったようなイメージで、例えばhanaという単語をドミレソと発音したら花が咲く、ソラミレと発音したら花が散る、みたいな感じだよ。
桜の人の、踊るような文字に見慣れて、少しづつその意味が分かるようになった頃、私はその手紙が一人の人の筆跡ではない事に気づいた。どうやら桜の人は、何人もでこちらからの手紙を解析しているらしく、私が桜の人の字を理解するより早く、簡単な日本語を書けるようになっていた。
私がたった一人で、時間をかけすぎているのが申し訳なくなったが、この文通を誰かに相談する気分には到底なれなかった。だって、もうすでに変人扱いだったからね。
それからはますます、解析に力を入れたよ。
本当に、本当に正直なところをいうと、桜の人は綺麗な女性をイメージしてたんだ。高校生の頃から20年以上も文通していたからね。いつか彼女と……と思って、よい見合い話があっても結婚できなかったと言うのも、ここに一人で住んでいる理由のひとつだった。
40を過ぎる頃には見合いの話も無くなって、ちょうどそのタイミングで、桜の人が複数で、しかもほぼ男性って分かって、少しショックを受けたのはここだけの話だよ。
それからもずっと、この奇妙な文通は続いて、私も桜の人の文字がかなり読めるようになった。最初はどこか遠くの国に繋がってるんじゃないかと思ったんだ。
でも、色々と聞いていると、どうもこの地球上の国じゃないような気がしてきた。だって、どう考えても魔法と思われる単語があるんだ。最初は電気だと思ったよ。でも話が繋がらなくて。いろんな単語を当てはめてみて、一番しっくりくるのが「魔法」だったんだ。時々送られてきた、綺麗な色の石は魔法石だって書かれていた。どうにかして使ってみたかったけど、こちらで使うことはできなかったよ。
それも全部、さっき言った小引き出しの中に入れているから、君が興味があれば、色々と試してみるといい。
さて、桜の木の下に埋めるものだが大きさには制限があるようだ。大体の目安だが、送れるのは長さ10cm以下くらいの物だった。
長々と書いてきたが、以上を踏まえて、君にぜひお願いしたいことがある。この手紙を見ていると言うことは、私はもう死んだのだろう。君にお願いしたいのは、私の遺灰を少しだけでいいので、この桜の木の根元に埋めて欲しいのだ。できれば狂い咲きの花が咲いているその真下が良い。
生きて桜の人の国へ行くことは叶わなかったが、せめて遺灰に乗って魂はあちらに渡って旅をしてみたいのだ。こちらの世界ではただ引きこもって過ごした私だが、心は常に遠くにあった。
お願いだ。かつて君が嬉しそうに語ってくれた異世界物語を聞いて、私がどんなに胸を高鳴らせたか、見当もつかないだろう。
この世界に残して行く、大して金にはならないだろう私の宝物たちはみな、君に預けよう。母屋はいずれ取り壊し売るだろうが、この小さな家と桜のある裏庭の土地は君に残すよう、遺言している。1人暮らしには程よい大きさの家だよ。君が住んでも良いし、手放すのもまた、君の自由だ。
私の願いはただ一つ、遺灰を桜の木の根元に。
さようなら、我が世界。
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