エピローグ
「明日香さん。あけましておめでとうございます。今年も、よろしくお願いします」
「おめでとう」
今日は、正月休みも終わり、最初の出勤日だ。
幸いにも、急な仕事で呼び出される事もなく、一週間ゆっくり休む事ができた。
「明日香さん。これ、鳥取県のお土産です。よかったら、食べてください」
と、僕は、お土産を渡した。
「あら、帰省していたの?」
「はい。たまたま、高速バスのチケットが安く取れたので」
「飛行機で帰れば、いいじゃない」
「飛行機は、ちょっと高いし(怖いし)……」
仕事で、明日香さんと一緒に乗った事があるけれど、金額を聞いて驚いてしまった。仕事で、明日香さんの支払いだったからよかったものの、自分では絶対に払えない。交通費だけで、何万円も出したくはないのだ。
「妹さんや、ご両親は元気?」
「ええ、元気過ぎるくらい元気ですよ。妹は、今度、東京に連れていけって、うるさいですよ」
明日香さんは、事件の調査で鳥取県に行った時に、僕の三つ下の妹の
その時、探偵事務所のドアが開いた。
「あけましておめでとう。やあ、お二人お揃いだな」
やって来たのは、鞘師警部だった。
「鞘師警部。あけましておめでとうございます」
と、明日香さんと僕は、同時に言った。
「私も、いるよ。偶然、鞘師さんと一緒になったの」
と、明日菜ちゃんが、鞘師警部の後ろから、顔を覗かせた。
「明日菜ちゃん。あけましておめでとう」
「明宏さん。あけましておめでとう。お年玉ちょうだい」
「えっ?」
いきなり、そんな事を言われても――
「冗談よ。明宏さんが貧乏なのは、知っているから」
「そ、そう……」
確かに、金持ちではないけど、普通に生活はできている。
「あっ、何それ?」
明日菜ちゃんが、僕の鳥取土産に気付いて箱を開けた。
「山陰名物の饅頭だよ。帰省した時に、買ってきたんだ」
「食べようよ」
と、明日菜ちゃんは、嬉しそうだ。
「今、お茶を入れるわね」
と、明日香さんが言った。
「うーん、美味しい!」
と、明日菜ちゃんは、ご満悦だ。明日香さんの為に買ってきたのだが、まあいいか。
「鞘師警部も、食べてください」
「ああ、明宏君。ありがとう」
「鞘師警部。今日は、お正月の挨拶に来られたわけじゃ、ないですよね?」
と、明日香さんが聞いた。
「ああ。もちろん、それもあるが、波崎成美さんの件を、伝えておいた方がいいだろうと思ってね」
「そうですか。成美さんは、正直に話されていますか?」
「そうだな。だいたいのところは、正直に話してくれている。動機は、父親の敵討ちで間違いない。だが、共犯者の事になると、曖昧でね」
「北村さん達の事を、庇っているんでしょうか?」
と、僕は聞いた。
「まあ、そういう事だな」
と、鞘師警部は頷いた。
「だが、本人の証言と、北村君達の証言とで、詳細が分かってきた。どうやら、協力した者は六人のようだ」
「六人ですか。しかし、鞘師警部。共犯ではなく、協力と表現したのは、何か理由があるんでしょうか?」
と、明日香さんが聞いた。
「さすが、明日香ちゃん。察しが、いいな。六人の中には、何も知らされないで、『ただ、黙って映画を見ていてくれ。誰かに何か聞かれても、分からないと答えてくれ』と、言われていた者が二人いるんだ。この二人は、波崎さんの席の後ろと、その隣に座っていた。共犯者が波崎さんと席を入れ替わるさいに、一般の人に見られたら不自然だと考えた北村君が、独自に友人を連れてきたそうだ。この二人については、共犯には当たらないだろうというのが、真田課長の考えだ。私も、同意見だ」
「それでは、他の四人は?」
「他の四人は、北村君と女性二人は波崎さんと同じ施設にいた同い年の三人で、もう一人の男性は北村君の友人で、波崎さんのファンだそうだ――いや、岬春奈さんのファンと言うべきかな。犯行については、明日香ちゃんの推理通りだな。波崎さんの隣に北村君が座り、その隣に北村君の友人が座った。そして女性二人は、一番前の席の左端に並んで座っていた。そして、一番左に座っていた女性が波崎さんの席に移動して、波崎さんは映画館を抜け出し公園に向かった。そして和久井を殺害した後、和久井の遺体を車の中に乗せて映画館に戻ったんだ。そして、元々座っていた席に戻った。波崎さんの席に座っていた女性も、最初の席に戻った。そして、深夜に和久井のアパートに行って、和久井の遺体を吊るしたという事だ」
「鞘師警部、和久井の遺体を吊るしたのは、成美さんが一人でやったんでしょうか?」
と、僕は聞いた。
「本人は一人でやったと言っているが、さすがに一人では無理だろう。北村君は、自分がやったと言っている」
「吊るしたのは、北村君一人っていう事ですか?」
「お互い、自分一人でやったとは言っているが、おそらく一緒にやったんじゃないだろうか? まあ、何はともあれ、これからの捜査で分かってくるだろう」
その時、鞘師警部の携帯電話が鳴った。
「はい、鞘師です――分かりました。すぐに、戻ります」
鞘師警部は、電話を切った。
「明日香ちゃん。私は、署の方に戻らなければいけなくなった。これで、失礼するよ」
と、鞘師警部は、帰っていった。
「何か、事件でしょうかね?」
と、僕は言った。
「さあ? そうかもね」
と、明日香さんが言った。
「鞘師警部も、新年早々大変ですね。僕達は、あんまり事件に追われたくないですね」
探偵が暇なら、世間も平和という事だ。
「でも、明宏さん。事件が起こらないと、クビになっちゃうかもね」
と、明日菜ちゃんが言った。
「えっ? そ、それは、いくらなんでも……。ねえ、明日香さん?」
「そうね。ちょっと、考えてみるわ」
と、明日香さんは笑った。
探偵、桜井明日香5 わたなべ @watanabe1028
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