第18話
「私だけです! 全部、私が一人でやったんです! さっき、アスナちゃんのお姉さんが言った通りの方法で、私が全部一人でやったんです!」
と、波崎成美さんは、涙ながらに訴えた。
「いいえ、成美さん。それは、あり得ません。さっき明宏君が言ったように、隣の席の人に怪しまれるから、一人でやるのは無理なんです。実際に、同時に複数枚のチケットが買われている事からも、共犯者がいたのは間違いありません」
と、明日香さんは言い切った。
「少なくとも、同時に6枚買われていた。波崎成美さんと明日菜ちゃんの分を引いても、少なくとも四人は共犯者がいるはずだ」
と、鞘師警部が言った。
「それは……。わ、私の友達が、この映画を観たがっていたので、ついでに取ったんです!」
「ついでにですか?」
と、僕は聞き返した。
いくらなんでも、それは無理があるのではないだろうか。殺人の、ついでになんて。
「成美さん。実は、今日、鞘師警部と一緒に、あなたがいた児童養護施設に行ってきたんです」
と、明日香さんが言った。
「明日香さん。入れてもらえたんですか?」
と、僕は驚いて聞いた。
「ええ。警察官同伴だったから、しぶしぶだけど入れてくれたわ」
木村さんは、かなり怒っていたからなぁ。
「そこで、成美さんが仲が良かった人の、連絡先を聞いてきたの。その内の一人の女性と、電話で話をする事ができたわ。私の推理を聞かせると、彼女は泣いていたわ。成美一人に、罪を背負わせるわけにはいけないって」
「違って言ってるじゃない! 私が一人で――」
なおも、自分一人でやったと言い張る成美さんだったが、そこへ一人の男性が割って入った。
「成美! もう、よせ!」
「
と、成美さんは驚いている。
「もう、いいよ。俺達を、庇わなくても」
「私は、庇ってなんか……」
「探偵さん、刑事さん。俺は、成美が児童養護施設で一緒だった、北村です。探偵さんの推理通り、俺達も共犯です。他の仲間達も一緒に来て、下で待っています」
僕達は、全員で一階に下りた。
そこには、数人の男女が涙を流しながら待っていた。
「みんな……、どうして……」
「当たり前でしょう。捕まる時は全員一緒にって、約束をしたじゃない」
と、一人の女の子が言った。
「みんな……。ごめんなさい……、ごめんなさい……」
成美さんは、いつまでも泣いていた――
「明日香ちゃん。ここじゃあなんだから、場所を変えよう」
と、鞘師警部が言った。
僕達は、駐車場の隅に停められた、鞘師警部の車に乗っていた。
鞘師警部が運転席に、助手席に波崎成美さん。そして後部座席に、明日香さんと僕、そして明日菜ちゃんも座っていた。
北村さん達には、鞘師警部と一緒に来ていた、部下の刑事がついている。
「ある日、私が施設から帰る時に、和久井亮二を偶然見掛けたんです。あの頃よりも老けてはいましたけど、間違いなく和久井亮二でした」
と、波崎成美さんは語り始めた。
「私は、気付いた時には、和久井に話し掛けていました。和久井は、最初は私の事が誰だか分からなかったようです。それは、仕方がないと思います。あの頃は、私はまだ小学生でしたから」
「なんて、話し掛けたんですか?」
と、僕は聞いた。
「私の父の事を、覚えていますか? と――」
「和久井は、なんと?」
「和久井は戸惑っていましたが、波崎の名前を聞いて分かったようです。私は、一言謝ってほしいと言いました。しかし、和久井は拒否しました。自分が、殺したわけじゃない。あいつが、勝手に自殺をしたんだと。こっちの方こそ、いい迷惑だと――」
「酷い、奴だな」
と、鞘師警部が言った。
「私は、悔しくて悔しくて……。でも、何も言い返す事ができませんでした」
「それから、どうされたんですか?」
と、明日香さんが聞いた。
「その時、和久井がデジカメを持っている事に気が付きました。それを見た時に、思いました。この人は、今までと何も変わっていないんだ。また何か悪い事を、やっているんだと――」
「成美さん。あなたは、和久井の後をつけたんですね?」
「はい。そうしたら和久井は、施設の方に向かって行ったんです。しばらく施設の玄関が見えるところで、隠れていました。そこへ、本多弁護士が出てきました。本多弁護士は、とても驚いていました。そのまま二人は、タクシーに乗って、どこかへ行ってしまったんです」
「なるほど、それで日向探偵に、和久井の事を調べてほしいと依頼をしたんですね」
「はい。日向さんは、色々と調べてくれました。和久井が、本多弁護士を脅していた事。その理由が、本多弁護士の不倫である事も。正直、ショックでした。まさか、本多弁護士が不倫をしていたなんて。だから私、決めたんです。和久井を殺して、本多弁護士に罪を擦り付けようって」
「成美さん。あなたは、和久井と同時に、不倫をしていた本多弁護士の事も、許せなくなったんですね?」
「はい。施設では、自分の奥さんや、お子さんの話も聞かせてくれていたのに、不倫をしていたなんて――そして日向さんの調査で、あの日、和久井と本多弁護士が公園で、午後8時に会う事が分かりました。多分、本多弁護士は、お金で解決しようとしていたんだと思います。私は、岸本弁護士のふりをして、和久井に電話を掛けて、7時30分に時間を変更させました。後は、先ほど聞かせていただいた推理の通りです」
全てを話し終えた波崎成美さんの表情は、少しだけ穏やかに見えた。
「そうですか。分かりました。この後、署の方にご同行いただいて、もう少し詳しく聞かせてください」
と、鞘師警部が言った。
「はい。分かりました――」
と、成美さんは頷いた。
「春奈さん……」
明日菜ちゃんは、成美さんを見つめながら、涙を流していた。
「アスナちゃん、ごめんね。もう、カフェにも映画にも一緒に行けないわ」
「私、楽しかったよ。春奈さんと一緒に遊んだり、仕事ができて。だから、待ってるから。春奈さんが、罪を償って帰ってくるのを――」
そう言って明日菜ちゃんは、成美さんをシート越しに抱き締めた。
「アスナちゃん……。ありがとう……」
成美さんも、涙を流していた。
「雪が、降ってきたわね――」
と、明日香さんが呟いた。
僕は、窓から空を見上げた。
白い雪が、静かに舞っていた――
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