人
もろえ
人
所用があり、朝の通勤時間帯の電車で、東京へ向かうことになった。
電車に乗り込んだ僕は、優先席が一席のみ空いているのが目につき、そこへ座ることにした。
僕の乗った駅から東京にある下車駅までは、一時間と四十分はかかる。
電車に乗ってから三十分程経った頃、ふと気がつくと僕の前に二人の年配の女性が立っていた。
そのうちの一人の年配の女性が僕に
「優先席譲ってくださる?」
と言い、更に
「この人足が悪いの。」
と、もう一人の方の年配の女性を座らせたい様子だった。
僕は東京までまだ、長い道程であるため席を譲りたくなかったので眠っているふりをすることに決めた。
僕の隣の二席も優先席で、すぐ隣に座る若い女性も僕と同じように寝ているふりをしているようだった。
するとそれを見かねたのか、僕の二席隣に座っていたベビーカーに赤ちゃんを乗せた女性が席を譲ろうと、立ち上がったようだ。
その様子を見て、僕に最初に席を譲るように言ってきた年配の女性が
「いい。いい。譲らなくて。」
と、さすがに赤ちゃんを連れた女性に席を譲らせるわけにはいかないと思ったのか、立ち上がった女性を制止させ座らせた。
どうやら彼女にとって、譲られるべき席というのは僕か僕の隣の女性の座っている席(あわよくば、その二席)だったのだろう。
僕も隣の女性も眠っているふり(女性は本当に眠っていたかもしれない)を継続しており、その間二人の年配の女性は、席を譲ってもらうことを諦めたのか花見や旅行の話をしていた。
その様子に僕は油断をしたのか、十分程経った頃にふと目を開けてしまい、そしてその年配の女性と目を合わせてしまった。
すると年配の女性は間髪を入れずに、僕に再び
「譲ってくださる?この人足が痛いの。松葉杖使ってるのよ。」
と言った。僕は目を開け、更に目を合わせてしまっており、寝たふりをすることもできず、無視もできない(人として)ので、
「僕も足が痛くて、優先席に座ってるんですよ。」
と言った。
よく見れば、話しかけてきた女性ではない方の、足が痛いという女性は、松葉杖など持っておらず、普通の杖の柄の部分を腕に引っ掛けぶらぶらと浮かせているだった。
「あーだめだ。だめだ。ほんとは優先席なんだから!」
と年配の女性は言い、『これだから若い人は、、、。』と言わんばかりに僕の顔の前で、臭いため息を無礼に大きく吐いた。
僕は年配の女性の「譲られて当然」という考えと、その態度に腹を立て
「だめだっていうのはなんですか、僕も足が痛くて座ってるんですから。」
と言い返すと、女性は
「はいはい。わかりました!」
と僕と言い争う気も見せず、かといって僕の足が痛いという言葉(勿論痛くもなんともないが)を信じた様子もなく、投げやりにそう言った。
そしてその女性は電車を降りるまで、息子の嫁をいびるかのように
「最近は、優先の駐車場だって停められちゃって。知らんぷりしてれば分からないものね。」
とか、僕の方をちらちらと見ながら、
「大丈夫?立ったままで。」
と足の悪いという女性への気遣いを僕に見せつけてきた。
その足の悪い女性は決まりの悪そうな表情を浮かべていたことが、僕の苛立ちを少し鎮めたが、また喋っていた方の女性が続けて言った。
「このことラジオにでも投稿しようかしら。電車で優先席に座れないって。ふふふ。」
そう言ったところでちょうど電車は大宮駅に到着し、二人の年配の女性はそそくさと軽やかな足取りで電車を降りて行った。
僕は更にその超満員の電車に四十分程揺られた後、新宿駅に降り立った。
人 もろえ @futabayama
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