大学生の俺がアパートで起きたら呪われてた

青峰輝楽

 顔が、かゆい。


 二日酔いの頭が覚醒の途中で感じた不愉快は、いつもの頭痛とは違っていた。やけに息苦しく、なんか頭が重く、暑苦しくて、そして汗ばんだせいか顔がかゆい。……顔に何かが被せられている。

 畜生、あいつら、俺が先に寝落ちたからって、なんか悪戯しやがったな。折角、前日の大量お宝ゲットで、一人住まいの俺のアパートで大盛り上がりの祝宴を開いたってのに、目覚めの気分が台無しだ。

 俺は顔に手をやり、寝そべったまま、苛立ちながら『何か』をどけようとした。


……。

…………。

………………。


「うぉぉぉい!! なんじゃこれはぁぁぁ!!」


 日曜の昼前、俺の部屋の中心で俺は叫んだ。うるせぇいい加減にしろ!! と隣人が薄い壁を蹴る。そういや昨夜は夜通し騒いでいたので、何回も壁をドンドン蹴って文句言ってたっけ。あれがほんとの壁ドン……なんて一瞬下らない事を思ったが、そんな場合ではない。


「んもぅ……なんなのよナオ……」

「うるせぇなぁ……うぇぇ、気分悪ぃ……」

「頭に響く……ここ、ダンジョンじゃないんだから……」


 雑魚寝していた仲間たちがぶつくさ言いながらもぞもぞしている。だが、『何か』のせいで視界が非常に狭く、顔を下向けないと床が見えない。そして顔を下に向けると、『何か』の下端の金色の尖った飾りが喉に当たってぐえっとなる。


「ちくしょぉぉぉ!! 誰だよ、寝てる間に俺を呪いやがったのはぁ!!」


 俺が酔って寝ている間に、誰かが俺に呪いの仮面を被せていた。昨日、ダンジョンでゲットしたお宝の中にあったヤツだ。


―――


 20XX年、世界に異変が生じた。

 謎の彗星の接近と共に、世界中に異世界に通じる穴が出現したのだ。なんかひと昔前ありふれたSFみたいな話だと多くの人が思っただろう。一時期、世界中では大混乱が生じ、真剣に物理学的にこの現象を解明しようとする学者グループ、穴を探索しようと命懸けの派遣に赴く軍隊、この世の終わりだと騒ぐ宗教、そしてオカルトマニアや危機感のないオタクたちらが、未知への恐怖または期待を持って大騒ぎしたのだ。

 だが結局、原因は判らず仕舞いだった。そして、穴の中が異世界、と言っても、穴を抜けて別世界に行ける訳でもない事も判明した。穴の中には多数のこの世界の生物でないものたちが彷徨っており、倒すと金を落とした。時には財宝を。奴らを倒すには軍隊の兵器なんて効き目はない。効くのは剣と魔法……。穴に一度でも入ると、自動的に『ジョブ』と『ステータス』が付与され、『魔法使い』『僧侶』などのジョブを得られた者は魔法が使えるようになるのだ。

 最終的に、世界中の政府は認定せざるを得なかった。

 『穴』とはダンジョン、立ち入らない限りは危険はなく、立ち入れば危険は付き纏うが様々な財宝、魔法と言う名の超能力を得られ、闘いに勝つ度に『ステータス』が上がり、強くなればジョブチェンジも出来る……現実世界にRPG風異世界のダンジョンが出現したのだ、と。

 そして、お偉いさんたちは抜け目がなかった。ダンジョンは国有とされ、立ち入るには入場料を払わねばならない。国立の『勇者育成大学』も設立された。『勇者』のジョブは、全てのジョブをマスターした者しか得られない。だが、『勇者』になれば『勇者』が率いるパーティは、ダンジョンの最奥にいるダンジョンマスターに挑戦する事が出来、勝てばそのダンジョンは消滅する代わりに、国に莫大な益が上がる。そして『勇者』は、人々の超絶な尊敬と、一生遊んで暮らせる勇者年金を手に入れられるのだ。


―――


 だけど、この話は、勇者の話ではない。

 俺たちは平凡なパーティだ。

 ダンジョンが世界に出現してから十数年が過ぎ、ダンジョンなんかに関わらず地道に生きる人も多い中、一獲千金を狙ってダンジョンに挑戦する人もまた普通に存在する世界になった。俺たちは普通の大学の『百道ダンジョン探索サークル』のメンバーで、真剣に勇者を目指している訳でもなく、普通の暮らしの中で日帰りダンジョン探索を行う集団だ。勿論、「勇者になれたらいいなー」なんて思ってない訳ではないけれど、自分に振られたステータスは平凡だし、まあ、冒険してお宝がゲット出来たら楽しい、という感覚だ。今では、ダンジョンから持ち帰った戦利品を換金してくれるショップは街中にいくらもある。

 大学は、俺たちのサークル活動に『合宿禁止』を課している。早朝にダンジョンに入り、その日のうちに切り上げる事が、大学と親の許可を貰う条件だ。真剣に勇者を目指す人たちは、装備を整えて何週間もダンジョンに潜っているが、俺たちのは、学生のお遊び、って訳だ。まあ、入場する際には「死んでも文句言いません」って一筆書かされるけど、日帰りで到達出来る範囲には、命に係わる攻撃をしてくるモンスターはいない。


 昨日、俺たち――俺、部長で戦士の田村直人と副部長で武闘家の坂井正弘、俺の彼女で僧侶な河合ここな、坂井の彼女で魔法使いの三上彩名の四人パーティは、福岡タワーの傍の百道ダンジョンに挑み、非常にラッキーな事に、ごく浅層のB3Fでレアモンスターと出会って、逃げ足の速いそれを俺の一撃必殺で倒し、かなりのお宝を得たのだった。

 そして、俺のアパートで祝勝祝いの飲み会を開き、明け方まで騒いで潰れて雑魚寝して……起きたら、お宝の中にあった『おどろおどろしい黄金仮面』(注釈:装備すると攻撃力が1000上がるが、一歩歩く毎にHPが1減る)が俺の顔に装着されていた、と言う訳だ。


「ええー、やだ、キモっ!! どうしたのよナオ」


 ……これが、呪われた俺を見た恋人のここなの第一声だった。まあ、確かにキモいだろう。仮面のデザインは、変顔のオッサンみたいだったのは覚えている。だが、死の呪いがかかった仮面を被せられた彼氏に対して放つ言葉だろうか? ……いやいや、ここなは可愛いし、ちょっと天然なところはあるが悪気はないんだろう。俺は自分にそう言い聞かせる。


「悪戯にしても程があるだろ。誰だよ、こんなもん被せやがって。責任持ってさっさと外してくれ!!」


 と俺はまだ寝ぼけ顔の三人に向かって叫ぶ。


「お、俺は知らんぞ、そんな事する訳ない」

「あたしだって」

「あたしだって」


 と、一瞬で容疑者全員が否認した。玄関の鍵はかかってるし、この三人の誰かである事に間違いない状況なのに。


「酔っぱらって覚えてないだけだろ! 早く思い出せ!」

「お、俺は知らんぞ、そんな事する訳ない」

「あたしだって」

「あたしだって」


 こ、こいつら……。

 しかし、犯人捜しより、今大事なのは呪いを解く方である。さっさと外せとは言ったものの、そもそもこいつらは解呪のスキルを持っていない。病院の『解毒・解呪科』にかかるしかない。

 俺は素早く計算する。俺の現在の最大HPは670。寝起きなので最大まで回復している筈だが、それでもつまり670歩歩けば俺は死ぬ。一番近い総合病院には電車で行く事になるが、駅までは近いので何とか行けても、電車下りて病院行くまでに死ぬんじゃないか? 起きてから既に三歩くらい動いた気もする。

 ……もしかして、俺の人生詰んだんじゃないか?


 三人もようやく事態の深刻さが呑みこめて来たようで、神妙な顔で俺を見ながら、部屋の隅でコソコソ話し合っている。まさか三人グルじゃないだろうな? 話はよく聞こえないが、何しろ迂闊に歩いて近づけばその分死が近づく仕様なので、どうにも出来ずに口惜しい。


 やがてここなが寄って来て、気の毒そうな顔で俺を見る。


「さっきはキモいなんて言ってごめんね? ナオ、死んじゃやだよ」

「お、おう……だったら何とかしてくれよ。おまえ僧侶だろうが。誰か解呪スキル持った知り合いいないのか?」

「いないよ。解呪スキルなんて相当高レベルじゃないと覚えられないもん。大学生がそんなん簡単に使えたら病院なんて誰も行かないよ」

「じゃ、どうすんだよ!」

「ここな、頑張るよ。何年かかっても、ナオの為にレベルを上げて解呪スキルをゲットしてくるから」

「年単位かよ! その間俺はどうすりゃいいんだよ!」


 と、ここで親友の武闘家が進み出る。


「なんだよまっさん」

「今みんなで相談したんだけどさ」


 まっさんはマッスルだが頭も切れる奴だ。現実的な解決法を提示してくれると俺は期待を抱く。


「そこにトイレあるだろ。数歩で行けるだろ」

「……ああ」

「俺たちは友人として、気の毒なおまえの為にやれる事はやろうと決めた。だが流石にシモの世話は無理だ」

「俺だって嫌だよ!!」


 何を言いだすのだ、この男は。

 しかしまっさんは割と真剣なようだった。


「だから、おまえそこのトイレで暮らせ。食い物は俺たちが運んでやるし、テレビとPCがあれば退屈して死ぬこたぁないだろ。マンガも差し入れしてやる。何年か待てばここなが解呪を使えるようになると言っている」

「使えねぇぇぇ!!!」

「きっと使えるようになるから、あたし頑張るから!!」

「そこじゃねぇよ、おまえらの案が使えねーっつってんの!!」


 何が悲しくて人生の中の重要な二十代をトイレに引き籠って暮らさねばならんのだ。


「そんなん耐えられるか! 第一、大学は! 中退かよ!」

「おまえは命より単位を選ぶのか? 真剣に考えろ、ナオ」

「真剣に考えてるよ! けどもっとましな案はないのかよ?! こういう前例あるだろ? ググってくれ!」


 それで、俺は部屋の真ん中に座ったまま、奴らが俺のPCを使うのを眺めた。


「うわっ……キモ」

「彩名! 勝手に履歴見んじゃねえ!」


 奴らが途中で飽きて動画見始めたりするのを罵倒しつつも、動けない俺は我慢して待つしかなかった。

 一時間が過ぎ、やっと三人は画面を閉じて俺に向かい直った。


「どうだ?」

「うむ、前例はヒットしなかった。だってなあ、ダンジョン出る時の検査場で、呪われた装備って解るからな。ダンジョンの中で呪われた奴はそこで解呪して貰えるし、自分ちでダンジョン出た翌日に呪われてる奴なんて世界中でおまえくらいしかいないみたい」

「だぁぁーーっ!! だからそれはおまえらの誰かのせいだろうが!!」


 俺は腹を立てて叫んだが、俺の言葉に、三人は何故か冷たい視線を送って来る。


「おまえなあ、俺たちがこうやって一生懸命助けになろうとしてるのに、文句ばっかりでおまけに犯人扱いして、いったいなんな訳?」

「えっ」

「おまえだって酔ってただろ。先月、酔っぱらって女子の前でパンツ脱いで、それを翌日覚えてなかったろ?」

「うっ。それは謝ったじゃないか!」

「そういう問題じゃない。つまり、おまえは酔って調子こいて自分でその仮面を被ったのかも知れんだろ、って事だ!!」


 くっ……確かに、前科があるので、絶対ないと言い切る根拠がない。だが、いくらなんでもそんな馬鹿な真似を自分でする訳がない。楽しく酔っぱらった勢いで自殺する奴がいるか? って事だ。


「まっさん、俺じゃねえ。だが、そうだな、少なくとも三人のうち二人は無実なのに俺の為に頑張って考えてくれてるというのに、すまん……」

「分かったならいい。だからやっぱりおまえはトイレで……」

「それは嫌だぁぁ!!」


 その時、彩名が言った。


「ねえ、こういうのはどうかな? まっさんがナオをおんぶして病院へ連れてくの。自分の足で歩かなければ、HP減らないんじゃない?」

「おお、ナイス彩名!」


 まっさんが大袈裟に自分の彼女を褒めたが、ナイス……なんだろうか。マッチョな男におぶわれて、奇天烈な仮面をつけて外へ……。命は助かっても、社会的に死ぬ気がしなくもない。俺はここでどうにか仮面を外したいのに!

 だが、他に代案は思いつかない。我慢してたけど、仮面の中で顔が蒸れて猛烈にかゆいし、そもそもよく考えたら、食い物を運んでくれると言っても、このままじゃ飯も食えない。喉も乾いて来た。そう言えばこいつら、PC扱いながら、迎え酒飲んでたな!

 喉の渇きを訴えると、ここながそこら中に散らかったコンビニ袋の中からストローを見つけ出し、目の部分の穴から何とかそれを突っ込んで、ウーロン茶を飲ませてくれた。しかし滅茶苦茶吸いにくいし、ストローが口に到達するまでに何度もこすれて鼻の頭の皮が剥けた。

 このままじゃ何日ももたない。俺は切実感に負けて、彩名の案を受け入れる事にした。まっさんが犯人でないなら迷惑をかけて申し訳ないとも思う。


―――


 見られてる! めっちゃ見られてる!!

 マッチョな男に背負われた黄金仮面の男。くっそ、JKが写メ撮ってる!


「うっわー、早……。ツイッターに上げられて、めっちゃ拡散されてる……」

「やだー、ナオは顔見えないけど、まっさん可哀相」


 後ろを付いて来る女子二人にイラッと来るが、確かにまっさんには申し訳ない。


「すまん、まっさん。この恩は忘れない」

「気にすんな! 俺はこの状況を割と楽しんでるぜ!」


 いや、楽しむなよ! と心の中で突っ込むも、口にするのは我慢する。


 しかし……。


「すまん、まっさん。ちょっと止まってくれ」


 駅の手前で、俺はか細い声で訴えた。


「なんだよ?」

「き、気分が……。ここな、俺のHP見てくれ」

「うん。……あー!」

「どうした」

「やばいよナオ。まっさんが歩いた分、HP減ってる! あと残り20しかないよ!」


 やっぱりな。進むごとに体力減ってきてる気がしたのは気の所為じゃなかった。移動した分は自分の足でとかは関係なく、HPは削られるようだ。今気づいて良かった。電車に乗ってからだったら死んでた……。


 つうか、自分の足以外での移動がOKなら、タクシー呼べば良かったんじゃないか!


 とりあえず、もう動く事は出来ないので、HP回復の為、俺は駅前広場で一夜を過ごす事になった。

 『駅前の呪われ黄金仮面』の画像がネットに拡散されたのは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大学生の俺がアパートで起きたら呪われてた 青峰輝楽 @kira2016

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ