第6話 逆襲

 翌日の昼下がり、サウエリは大木の下で、ツァングから到着した補佐たちと烏翠の件について話し合った。みなは口をそろえて「烏翠側の条件は断固として呑めぬ」と言い、ただし老練な者が多い補佐たちは感情的になるでもなく、サウレリに判断を一任してきた。


 ――それはそれで、難しいな。


 弦朗君から、何とかして他に譲歩を引き出せないだろうか。だが、どうやって引き出す?彼とて手札は皆無なのだ。


 邑長の家に戻る途中のサウレリは、自分の名を呼びながら走ってきた者に気がついた。盗賊の捕縛の折、袋を担いでいた少年である。彼は邑長の孫で、自分が不在の間、弦朗君の見張りを頼んでいた。


「邑の男たちが、あの使者に『謝罪』と称して酒を呑ませています。おそらくは酔い潰して良からぬことを…」

「またか!」

 サウレリは舌打ちして、ちょうど視界に入ったどこぞの馬に飛び乗り、邑長の家に急いだ。

「弦朗君――!」

 奥の間に駆け込み、ばさっと音と立てて帳をめくると、サウレリの予想を超える光景がそこに広がっていた。


 すなわち、強い酒の匂いが充満するその場には、ラゴ族の男たちが数人倒れていた。彼等は思い思いの姿勢でだらしなく寝そべり、うち二人は大鼾をかいている。その周囲には、盃や椀、酒瓶が散乱していた。囲むように寝ている男たちの中心では、弦朗君が姿勢正しく座り、盃を口に近づけたままサウレリを見上げている。彼もそうとう飲んだであろうに、全く乱れず、顔色も変じていない。


「この者達の好意により馳走になったが、――噂にきくラゴ族といえども、酒にはあまり強くないのだな」

「なっ……」

 サウレリは言葉を失った。彼等が飲んでいたのは甜菜の酒で、ラゴ族の酒のなかでも最も強い類のものである。それを――。

「何か酒に仕込んだか?」

 腰の剣の柄に手をかけたまま、自分を鋭く見据えるサウエリに、弦朗君は両の口角を上げた。

「薬を隠し持っていたとでも…?私の身体は、ここに連れて来るときすっかり改めただろう?」

「ああ、だが…」

 サウレリは黙り込んだ。これ以上言うと、自分達の単純さ加減を冷笑される…そんな気がしたからだった。その代わり、どっかりと弦朗君の前に腰を下ろし、まだ立ったままの酒瓶を振って中身を確かめ、なみなみと椀についだ。


「さあ、俺の酒を受けてくれ。今度は俺と飲み比べといこう」

 弦朗君はふっと息をつくと穏やかな眼をして、差し出された椀を眺めた。

「敵討ちの果し合いというわけか。だが、不公平とは思わないか?私はすでにかなり飲んでいるというのに」


 そこでサウレリは椀の酒を一気に飲み、底を下に向けて見せた。

「これでも、不公平というわけか?」

「ああ、私はそれより飲んでいる」

 サウレリはむっとして、また椀に酒を満たしてあおった。

「これでもか?」

「まだまだ」

 相手の言い方にからかいの色を感じたので、サウレリは怒りを見せる。

「ふざけているのか?敵の陣中にあるというのに、命が惜しくないようだな」

「使者かつ人質となったその時から、命はなきものと心得ている」

 さらりと答えて、弦朗君は椀を受け取った。縁に唇をつけ、相手を勝負に誘うかのごとく上目遣いで微笑む。


「それはそれとして……戦いは打ち物をとってのみにあらず。果し合いを挑まれれば、男として受けねばなるまいな?」


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