第4話 烏翠の使者

 客人を邑長の家の広間に案内すると、サウレリは弦朗君の持ち物を再度検めたうえで返し、薬師を呼んで彼の傷を手当てさせた。


 次に、対面の席を整え、自ら北面して弦朗君を南面に据えた。烏翠を主、ラゴを従とするなら当然の作法であるが、険悪な間柄になっている今は腹立たしいことこの上ない。それでもサウレリは内心の憤懣を表情には出さずにいたが、部屋の隅に控えたオドアグは、嫌悪感を隠そうともしない。


 いっぽう弦朗君はオドアグの眼差しに気づいていただろうに、平静な表情を崩さなかった。鎖帷子を脱いで身なりも整え、腰の帯こそ縄で代用していたが、肩掛けの若草色も鮮やかに剣を携えて、サウレリの挨拶を淡々と受けると、屏風を背後にした敷物に腰を下ろした。サウレリがその前に座るや否や、邑長の妻と娘達が、水瓶と椀二つ、それに軽食を盛った鉢を二人の脇に置いた。


 使者が軽食はおろか水に眼もくれないのを見て、サウレリは苦笑を浮かべた。

「貴人が飲食には慎重であることは知ってはいるが、今はそのような時ではないだろう。腹はともかく、喉は乾いているはず。毒を警戒しているのであれば――」

 サウレリは水を椀に注いで一気に飲み干すと、再びその椀を満たして弦朗君に突き付けた。

「我等は毒を盛るなど、まだるっこしいやり方は好まない。命を奪うのであれば、小刀の一本でもあれば事足りるからな。飲め」

 相手は素直に椀を受け取った。

「すまない」

 彼も一息に飲み干したが、やはりその挙措には優雅さがあり、平素武張った言動をしているサウレリも感心するものがあった。


「――それで、ラゴとの和平を望むのであれば、何らかの条件を携えてきているはず。それを聞こうか」

 使者はふっと笑った。

「それが、私の手札は何もないんだ」

「何だと…?」

 サウレリは言葉を失った。

「烏翠の要求を無条件で飲み、入境するすべての品に三割の税を納めること。呑めなければ…」

「ちょっと待て、それでは最初にお主たちが突き付けてきた条件と何も変わらんではないか。我等が何のために血を流してきたのか…」

「呑めぬか、烏翠の条件を」

「当たり前だ!従来の倍額など……そんなに税を取られては、ラゴは一族ぐるみ干乾しとなり、禿鷲に突かれる運命しか残されておらん。お前達烏翠は、使者を寄越したと思ったら馬鹿にして…」

 弦朗君はまた口元を緩めた。

「何がおかしい」

「そうだろうと思って。まあ、そもそもは兵が使者の私に同行していたのではなく、私が兵に同行していたからな。烏翠は――というより、瑞慶宮は私に使者を命じこそすれ、役目を果たしおおせるなどとは最初から期待していない。話し合うための使者を立てたが、ラゴ族が肯んじ得なかったので討伐した――そういう大義名分に仕立て上げたいだけなのだ。私がさっき言った以上の手札を持たぬのは、そのためだ」

「では…」

 言いさして、サウレリは黙り込んだ。


 ――最初からこちらが呑めぬ条件しか持ち合わせていなければ、死体となって送り返されてもおかしくない使者だ。なぜ烏翠はそんな役割を、よりによって直系王族に担わせるのだろうか?それとも、こやつは外見に似ず、交渉で辣腕を振るうような才能を持っているとでも?


「使者の言い分はわかった、諾否の返答を致すゆえ、少々時間が欲しい」

 弦朗君は頷いた。

「承知した。ただ、烏翠は私の行方がわからぬゆえに、それを口実に返答の前に討伐の兵を起こすこともあり得る。時間の猶予はあまりない」

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