pp.13
オウカも去って、早数日。
訓練と勉強の繰り返しでようやく生活にも慣れてきたが相変わらず統括区から外に出る事は出来ていない。
屋敷に居た頃に比べれば交流も多いし、飽きはしないが外が気になる事も事実だった。
ダールの許可が得られない限り第五に移動する事もない。
仕方のない事だし、勉強は楽しいが何か、何かがしたい。
「……困ったな」
夕食を食べ終わると同時にそんな事を呟いてしまう。
「よ、いつもより難しい顔してるな」
仕事が終わったのかビリーが声をかけてくれた。
彼なら今の疑問もなにかわかるかもしれない。
「ビリー、相談してもいいだろうか?」
「いいぞ、役に立てるかはわからんが」
「助かる」
訓練や勉強以外も何かしてみたいが何も思いつかないと、とりあえず相談してみみる。
朝なら料理の手伝いも出来るが、あれも調理自体していない。
「エクスって、訓練と勉強以外って普段何してるんだ?」
「部屋で持ってきた資料見るくらいだな、トレーニングは効果が薄いらしくて部屋ではしていない」
「息抜きとか、何か趣味はないのか?」
ビリーは俺の意識が覚醒押してから一年も経っていない事は知らない。
趣味という言葉は知っていても俺にとってそれが何になるのかはわからない。
「そういうのは、よくわからない」
「今してみたいっていうのは?」
「マキナに戦闘訓練してみたいって一度話したんだがまだ早いって言われて……、それ意外となると……」
アルシアにお礼をする事くらいか?
たしか、何か手伝うと言った覚えがある。
「アルシアに、何かしてあげたい」
「あぁ、あのポンコツ」
「その言い方はどうなんだ」
「技能や魔術の才能は凄いが、どこか抜けてて危ない、緊張感がない、胸だけは立派」
「大分失礼じゃないかそれ……」
「前線だとそんな感じだ、後方支援なら完璧だぞ、落ち込んでない日は」
「そ、そうか」
実力通りの動きが出来ないから、ポンコツなんて呼ばれているのか……。
「世話になってる身としては、酷く言われるのは嫌な感じがする」
「それもそうだな、すまん」
「あ、いや……、えっと、そうだ。アルシアの好きな事とかわからないか?」
「そういう話はした事がないからな、知ってそうな奴は……」
ビリーと一緒に周りを見てみると、シャロンと目が合った、どうやら今から夕食らしい。
「お、丁度いいとこってやつだな」
「なんだ、私の話でもしていたのか?」
「いや、エクスがアルシアの事知りたいって話になってだな」
「アルシア? 何故だ?」
「世話になってるから何かしたいんだ、約束もしたが何をすれば喜ぶのかわからなくて」
「それをそのまま喋るだけで喜ぶぞアイツ」
シャロンはそう言って興味なさげに端末を弄りだした、面白くない、喋ってはいないがそんな風に言っているような感じがしていた。
「シャロン、俺は、何かしたのか?」
「お前は何も悪くはない、正直何処かいいのかわからんってだけだ、あの無駄乳」
「仕事仲間だろう?」
「まぁな、だが本来なら前に出るべきなんだ、特務としての役割がある」
「えっと?」
「特務は混沌度が高い相手を優先して殴る部署なんだ、命を失う方がマシだと思える事象に立ち向かわなければいけないというのに、アイツはそれから逃げ続けているんだよ」
「それでも特務に残る理由って?」
「一緒に戦いたいって気持ちはあるんだ、だが度胸がない、だから後方にいる」
ビリーは何か思う所があるのか、ずっと黙っていた。
何か好きな事を聞こうしたら全く違う話が出てきたが、元気づける事が出来れば、何かマシにはなるのかもしれなかった。
アルシアは勿論、シャロンにも、何か出来ればいいんだが……。
--
翌日、俺はアルシアに朝食堂に来れないかと連絡をしていた。
先生曰く、ご飯は元気の源だ。
ビリーに頼み込んでアルシアにご飯を作ってあげたいと頼んでみたら了承を得る事が出来たのだ。
「おはよ~ございます~」
「おう、寝坊しないなんて珍しいじゃないか」
「エクス君の連絡がありましたからね~」
「普段からそのやる気を少しは出せよ……」
アルシアが来たようだ。
俺は屋敷で作っていたようにサンドイッチやサラダを作っていく。
小さめのナイフで野菜を切っていると胸元に入れていた端末に通知が届き、少しだけ驚いた瞬間だった。
「あっ」
「どうし……あぁ、大丈夫かそれ?」
「少し切っただけ、直ぐに洗うよ」
「あ、洗ったら私に見せてください!」
思ったよりも綺麗に切れていたようで以外と血が出てきていた。
傷口を洗い流し、アルシアに治療してもらう事に。
第三世界の治癒魔術。一体どんな感じなのかと思った瞬間には既に塞がっていた。
「あれ、治ったのか?」
「どうです? 凄いでしょう!」
「……実力はあるんだよなぁ」
呆れながらビリーは跳ねた血を拭き取り、洗っていく。
「作った料理には跳ねてないか?」
「大丈夫、だと思う」
「そうか」
俺は作った料理を並べ、ビリーの仕込みの手伝いを始めていた。
「朝食を食べるなんていつ以来でしょうか」
「遠慮せず食べてくれ、俺が出来るのはこれくらいしかなくて……」
「ここに来て初めて優しくされた気がします……、ありがとうね、エクス君」
「そんな大げさな、今後はいつでも作れるから食べたい時は言ってくれ」
「毎日頼めば健康になりそうですね」
そんな他愛のない話をしていると、エクスはサンドイッチにほんの少しだけ赤くなっている部分を見つけた。
跳ねていたのかと気づいた頃には遅く、アルシアは満足そうに頬張ってしまった。
「……」
「どうかしました?」
「いや、ごめんなさい」
「えっと?」
「さっき切ったの、少し跳ねてたみたいで」
「あぁ! 大丈夫です、私はそういうの全然気にしないので!」
何事もなかったようにアルシアは食べ終え、仕事に向かっていった。
なんとなく、足取りは軽くなっていたようにも見える。
「……、少しは力になれたのだろうか」
「見ただろあの顔、満足してるよ」
最近は見かける度に暗い顔をしていたアルシアだったが、確かに笑顔だった。
ホッとしたような気分になり、何故か俺も満足しているような、そんな感覚に頬が緩んでいた。
「そういや端末の通知は見たのか?」
「見てなかった」
通知はダールからだった。
今日は訓練や勉強ではなく、新しく実験をすると。
「……」
「また難しい顔してるな、無茶な事でも?」
「多分、詳細はわからないけど」
食堂の入り口を見てみればダールが手を振っていた。
気合が入っているような素振りを見せる辺り、今日は何か危険な事が起こると、そんな予感しかなかった。
/anfang 汐月 キツネ @kitsunekitsune
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