第216話 おもかげ
目的地である廃坑跡には、ものの十五分ほどで到着した。
カーターと再会したあの河原に、あの時と何一つ変わらないまま、その穴は口を開けている。
エンジンを止めると、熱で膨張していた各部からキン、キン、と音がする。
ビンセントは、この不思議な音が好きだった。
「うん?」
なぜかトランクからゴトゴトと音がする。
「ちょっ、やめなさいよ!」
「だって……!」
開けてみると、そこには荷物の間に身体をねじ込むようにしてイザベラとマーガレットが入っていた。
「……危ないじゃないですか」
二人は、ばつが悪そうに頭を掻いた。
「しかたないなー。おとなしくするんだぞー」
「はーい!」
サラは呆れた様子だったが、結局はこの二人も同行する事を許可した。
◇ ◇ ◇
「なるほど、僕が呼ばれたのはこの為なんだね」
キャロラインの光魔法で照らしながら一行は進んでいく。
迷路のような坑内だが、ネモトが持つ地図に従って最奥を目指す事になる。
「ん?」
足下で、カラン、と金属製の何かを蹴る音がする。
拾い上げてみると、缶詰の空き缶だった。
サラが覗き込むと、目を丸くする。
「おー! これ、わたしたちの残したやつだなー! ゴミはきちんとゴミ箱に入れなきゃなー!」
「自分でその事に気付くとは、さすが王女様ですね」
ビンセントがサラくらいの年齢の頃、それがきちんと出来ていたかどうかは自信が無い。
やはり、サラこそがこの国に君臨するべきなのだ。
「にししー、すごいだろー」
「限りある資源、大切にしましょう」
あの日。この場所には、確かに自分たちがいた。
先の見えない暗闇で、不安や恐怖と戦いながら。
何度も死にかけた。
何度も絶望に打ちひしがれた。
それでも、前へ進むのをやめなかったからこそ、今がある。
もちろん、一人では無理だっただろう。
「最短距離を歩けば、それほど長い坑ではありませんね。前に来たときも気になっていたんですが、何を掘っていたのでしょう?」
ビンセントの疑問に答えたのは、意外にもヤスコだった。
「魔石よ。転移・召喚魔法を発動させるために、絶対に必要な触媒。エイプルでもどこでも、歴史の転換点において必ず地球人は召喚されていたし、地球でも歴史に名を残す偉人はこの世界出身の人が少なくないの。……ずっと昔から、この世界と地球は繋がっていたのよ」
「なるほど……」
何となく、そんな気はしていた。
ネモトが補足してくれる。
「兵器技術の急速すぎる発達に不安を覚えたジョージは、鉱山の閉鎖を決めた。サラ王女が生まれて間もなくだったな。……お、ここかな」
目の前には、鉄製の扉が猛烈な違和感を放って鎮座していた。
むき出しの岩盤に、直接扉が付いているのだ。
ドアノブ辺りに赤いランプがほのかに光り、ボタンが並んでいる。
「――この暗証番号は譲二しか知らないが、サラ殿下、何か聞いていませんか?」
「んー……たぶん……父様が好きな数字は……128349」
番号についてヤスコが補足してくれる。
「私たちの言葉では『ヒトニヤサシク』の語呂合わせね。彼らしいわ」
ピン、と音を立てて錠が外れる音がして、赤いランプが緑に変わる。
扉を開くと、目の前には石造りの通路が続いていた。
「ここが……」
しかし、サラはかぶりを振った。
「ここ、お城の脱出通路だなー。奥で二股にわかれていて、片方はお城へ、もう片方は森の屋敷に続いてるはずだー。これ見ろー」
サラはこちら側、すなわち坑道側の頭上を指さす。
頭上ほどの高さに、電源と思しきケーブルが城内から伸びるように設置されていた。
「これを追っていけば、目的の場所へ……?」
足下に注意しながら、ケーブルを追っていく。
すると、別の扉へとすぐにたどり着いた。
「同じ番号で開くといいけどなー」
サラがボタンを操作すると、問題なくロックが解除される。
ドアノブに手を掛け、サラは動きを止めた。
「……どうしたんですか?」
サラは俯いたままで、絞り出すようにして言った。
「…………ブルースー。あのさー……一緒に……開けてくれないかー?」
見れば、サラの脚は小刻みに震えていた。
「わかりました」
サラの肩に手を載せ、二人でドアノブを引っ張る。
「こ……これは……」
目の前に広がるのは、天井の高い空間だった。
形はほぼ正方形で、大きさは十メートル四方といったところだろうか。
壁は素掘りで岩がむき出しだが、天井からは電灯がぶら下がり、室内を照らしている。
部屋に入ると、自動的に照明が付く仕掛けらしい。
まず目に入ったのは、正面の壁に山と積まれた木箱。
中央には、何かの儀式に使うような、直径二メートルほどの魔方陣が描かれていた。
魔法使いが魔法を行使するときに空中に呼び出すものではなく、塗料で物理的に描かれている。
「もしかして……召喚魔方陣……?」
左手の壁には、見慣れない機械が載った机がある。
大きさは書類を挟むバインダーほど。
青いセルロイドに似た材質で、見慣れない文字でロゴらしき文字が書かれていた。
その機械は、これまた見慣れない大型の機械と、何本かの電線のようなもので繋がれている。
その機械は大電力を消費するらしく、小さなものだが専用の配電盤が設置されているほどだ。
「ここが、転移・召喚魔法を行うための部屋だよ。私たちも、この世界で最初に訪れたのはここだった。もう、何十年になるかな……」
ネモトは、被っている帽子のつばを下げて顔を隠す。
タニグチも同様だった。
ヤスコは、ハンカチで涙を拭っている。
きっと、何か思うところがあるのだろう。
「これ、魔石だ。ということは、奥に積まれているのも全部……?」
キャロラインはすぐ側にあった、蓋の開いた木箱を覗き込んでいた。
魔石はリーチェで塹壕を構築しているときに見たことがあったが、これはどうやら精錬したものらしく、板チョコのように規則的な長方形だった。
「つまり、すぐにでも地球へ行ける、って事ですか?」
しかし、キャロラインは力なくかぶりを振る。
「ロッドフォード家が代々守ってきた転移魔法だけど、父さんから教わったのはジェフリーのほうなんだ。……僕には使えない。ほんの少しだけ、魔力容量が足りなくて」
ジェフリーは入院している。
さすがに連れ出すことは出来ないだろう。
回復魔法を使う手もあるが、言うことを聞くとは限らない。
「それじゃあ……」
「そこで『遺言』ですよ。机に載って居るのは、おそらく譲二の『ノートパソコン』です。繋がれているこの装置のことも、何かヒントが隠されていそうですよ。見当は付きますけど」
タニグチはつかつかと机に掛け、機械の蓋を開く。
蓋には黒いガラスに似た板がはまっており、下側にはタイプライターのようなキーボードが並んでいた。
キーボードのボタンの一つを押すと、カリカリという音とともにガラス板が光り、何か文字のようなものが浮かび上がる。
やがて、見た事も無い鮮やかな絵が浮かび上がった。
「やだ、譲二ったら……!」
ヤスコが頬を染めて目を背ける。
それは、目を強調された美少女が扇情的なポーズを取っている絵だった。
「おっ、譲二もあのエロゲー、好きだったんですねぇ。私もやりましたよ。懐かしいなぁ……おっと、今はそれどころじゃないか。……ええと、『サラへ、その1.avi』これですね」
タニグチは『ノートパソコン』から繋がった、握りこぶしほどの装置を動かした。
連動するように、絵の中の矢印が動く。
一見単純に見えるが、現在の科学技術では不可能である事だけはよく分かる。
いくつかある絵文字に矢印が重なると、タニグチはカチカチ、とボタンを押した。
ガラス板が一瞬黒くなると、男の顔が浮かび上がる。
「と、父様ーっ!」
サラが叫び、ガラス板に食いついた。
「――父様っ、父様ーっ! 動いてるっ、喋ってるーっ!?」
どうやら映画のようなものらしいが、映画と違って音が出る上に色付きだ。
超小型の映写機が内蔵されているらしかった。
ガラス板に映っているのは、肖像画や銅像でしか見た事が無いジョージ王その人。
ほんの少しだけ白髪の交じった黒髪と、真っ黒な瞳はサラと同じ。
顔つきもどことなく似ていた。
『よし、これでいいぞ。さぁ、おいで』
『これで、本当に写ってるの?』
ジョージ王は少し横にずれると、若い女性が顔を出した。
とても美しい、目鼻立ちの通った、透き通るような肌の女性だ。
女性はジョージ王の手を借りながら、ゆっくりと隣に腰を下ろす。
彼女の腹部は大きく膨れていた。妊娠している、それも臨月らしい。
『大丈夫、バッチリだ。さ、話してごらん』
『……コホン。こ、こんにちは。こんばんわ、かしら? それともおはよう? その……マリアです』
「か……母様ー?」
女性はどうやらジョージ王の妻、マリア王女らしい。
マリア王女の顔は国民には公表されておらず、サラも写真でしか知らないという。
『ハハハ、あいさつはいいから』
『わ、わかってるわよ! ええと……もうすぐ産まれてくるあなたは、女の子かしら? 男の子かしら?』
「女の子だよーっ!」
『産まれてみるまでわからないけど、ジョージ……お父さんの故郷では分かるんですって! でも、こっちでは分からないから、いちおう両方の名前を考えたの。女の子なら、サラ。男の子なら、ブルースって名前にするつもりよ』
「えっ!?」
もちろん、ただの偶然の一致に過ぎない。
この映像はサラが産まれる直前に撮られたものだとすれば、とっくの昔にビンセントは産まれている。
ブルースという名前は、比較的ありふれた名前だ。
しかし、ガラス板に写るマリア王女に親近感が強く沸いてしまうのは、やむを得ない事だろう。
『あなたは、そうね、生きていればきっと、色々な事が起こると思うの。でも、何があっても大丈夫。何とかなる! きっと……ううん、必ず誰かがあなたの味方をしてくれるから。だから、心配しないでね。また会いましょ!』
誰しもが虜になるような笑顔だった。
マリア王女は手を振ると、ガラス板は再び黒くなった。
この後、生まれつき重病を患って産まれてきたサラに、マリア王女は何度も続けて回復魔法を使い続け、命を落とす事になる。
あえてこんな映像を残したという事は、もしかしたらその事を予期していたのかもしれなかった。
「かあ……さま……かあさまーっ!」
サラはビンセントのシャツを掴むと、大声でわんわんと泣き出した。
そっと頭を撫でてやる。
生まれて初めて聞いたであろう母の声と動いている姿は、サラを如何なる気持ちにさせたのだろうか。
「……素敵な……お母さんですね」
母親が健在のビンセントには、分かるはずも無い。
ただ、黙って頭を撫でてやる事しか出来なかった。
イザベラをはじめ女性陣も、どうやら貰い泣きをしたようで、抱き合って泣いている。
ネモトは、こちらに背を向けて俯いていた。
「…………」
どれほどの時間が流れたのかわからない。
五分のようでも、一時間のようでもあった。時計を見る気にはなれない。
やがてサラはビンセントから離れ、タニグチに向き直る。
「まだ……あるんだろー? さっきのがその一、ってことはさー。……同じような絵文字があるからなー」
「ええ、もちろん。……ご覧になりますか? 少し休んでからのほうが」
「はやくしろよー!」
サラは腕を振り回し、タニグチをポコポコと叩く。
「わかりました、わかりましたって! んもう、焦らなくてもいいでしょうに……ん? これは……」
「なんだよー」
タニグチは唇を噛みしめ、目を伏せた。
「ファイルの日付が、四年前。……暗殺の前日です」
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