第213話 ジョージ王の遺言
「フヒヒッ」
考えることは色々あったが、エクスペンダブル号の声で我に返る。
日の傾き掛けた頃、畑の中に目的地が見えてきた。
イザベラがホッとしたように声を漏らす。
「すっかり元通りね」
「まぁ、俺たちが壊したようなものですけど」
あの激闘が嘘のように、フルメントム教会は静かに佇んでいる。
たった三人で戦車部隊を撃破したあの時の戦術は、サラが考案したもの。
現在では参謀本部でも、貴重な戦訓として研究対象になっているそうだ。
あの時からカーターが使っていた対魔ライフルは、無事に瓦礫から発掘され馬車に積まれている。
しかし、これが火を噴くことは当分の間無いだろう。
できれば永久に来ないで欲しいものだ。
カーターは遠い目をしてしみじみと語る。
「思い出すなァ……オレの鍛え上げた筋肉が、次々と戦車をちぎっては投げ、ちぎっては投げ……」
「それを捏造と言うんだ。本気にする人が居たらどうする」
「なんだよ相棒、細かいことは気にするなって! 懐かしの我が家だ、お前らも今夜はゆっくりしろよ、ハッハッハ!」
今夜はここに泊まる事になる。
ビンセントは手綱を引き、修理の完了したフルメントムの教会裏手で馬車を止めた。
すぐにでもエミリーに会いたい、というカーターを送るのがまず第一の目的だ。
ほかにももう一つ。サラは今からワクワクしているようだ。
「父様の遺言って、なんだろうなー?」
「良いものだといいですね」
ウィンドミルとチェンバレン中佐の粋な計らいで、一行は王都を後にした。
ブケートに住む中佐の婚約者、ヤスコ・ニシナが語った、廃坑に眠る『ジョージ王の遺言』。
それを確認できるのは、現在を置いて他にない。
一連の事件の事後処理で忙しくなる上、さらに戦後処理まで加わる。
摂政であるケラー首相がカスタネから到着次第、本格的に忙しくなるはずだ。
子供とは言え、王女であるサラの役目は増えるだろう。時間はほとんど取れなくなる。
周囲の麦畑は、すっかり刈り入れが終わっていた。
空は快晴で雲一つ無いが、日向でももうそれほど暑くはない。
夜には相当冷え込むはずだ。
もたもたしていれば、冷たく長い冬が訪れる。
そうなれば、半年以上先まで廃坑を探索する事はできない。
キャロラインが首を傾げる。
「でも、僕が必要な理由は何だろう?」
「さぁ……見当もつきません。おそらく、地球にまつわる何かでは……」
「……だろうね」
キャロラインは目を伏せた。
ジェフリーは入院しているが、生命に別条はない。
しかし、再び姉弟で暮らせる目途は立ちそうになかった。
王家に対する反逆である。
死刑になることはないが、お家取り潰しでもおかしくはない。
かける言葉が見当たらなかった。
「――荷物、降ろさなきゃ」
「手伝いますよ」
王都からの旅は滞りなく進んだ。
本来はタクシーを使う予定だったが、エクスペンダブル号が涙を流しながら悲しげな声で、連れて行けとでも言いたげに騒いだのだ。
連れて行ってやろうとは、サラの寛大な処置である。
メンバーは他にカーターとマーガレット。
そして、手枷足枷で拘束されたこの男だ。
「荷物って何ですか、荷物って! 人をモノみたいに! そもそもねぇ、こんなの付けなくたって逃げませんよ! 第一、いきなりこんなハードなプレイとか、レベル高いですって!」
「タニグチさん……少しは犯罪者らしくしてください」
「ビンセントさん、あなただって女の子を拘束しておっぱい触ったりしたいでしょ? でも、私みたいなおじさんのきんたまは触りたくないでしょ? 枷を付けたのがイザベラさんだから我慢してきたんだ!」
無論、この男が必要なのも理由がある。
ジョージ王は一切魔法を使えなかった。
『遺言』あるいは『遺産』は、地球の技術で作られた何らかの機械である可能性が高い。
タニグチの知識が必要だった。
「そうですか。でも、俺ちんこ未使用なんで、プレイとかわかりません」
「私もだよッ!!」
「…………」
思わず視線が合ってしまう。
遺憾ではあるが、通じ合う何かがあった。
友情にも似た、親近感かもしれない。
「外して?」
「ダメです」
「ちぇっ!」
タニグチを無視してエクスペンダブル号の馬具を外し、木陰に繋いでやる。
「フヒヒッ!」
「俺の毛づくろいはいらないって」
「ブヒィ……」
危うく髪の毛をむしられそうになるので注意が必要だった。
「僕、こういう所初めてだな。どうせなら、正面から行くよ」
「わたくしも。王都の教会とは結構違うのかしら? キャロライン、一緒に行きましょ」
マーガレットやキャロラインは表に周るようだ。
他のメンバーはそのまま、教会の事務所がある裏口の扉を開く。
◇ ◇ ◇
「はい、あ~ん」
「あ、あ~ん」
入ってすぐの応接室には、三人掛けソファがある。
その上でドリーが差し出した箸は、優しくヨーク少尉の口へ料理を運んだ。
「美味しい? ビクター」
「う、うん……でも、やっぱりボクは……」
ドリーの反対に座っていたレイラは、ヨーク少尉の口を人差し指で押さえる。
「ジャスミンが何よ! いいじゃない、アタシにしておきなさいよ!」
「で、でも……ど、どうしよう……」
「レイラとドリーばっかりずるーい! メイもー!」
メイはヨーク少尉の膝の上に勢いよく飛び乗った。
「こ、困ったな。ボクにはジャスミンが……」
「あら、アタシたちは構わないわよ? ねぇ……ビクター」
レイラはスカートの裾をつつ、と引き上げ、太ももが露になる。
肉感的で形の良い脚だ。
しかし、そこで来客に気付いたのか、レイラは居住まいを正した。
「…………なんだ、これ」
フルメントムの教会では、ヨーク少尉が三人を厳しく監視している。
カーターは確かにそう言っていたし、実際に逃亡はしていない。
任務は忠実に果たされていた。らしい。
ヨーク少尉はバツが悪そうにいそいそと立ち上がり、敬礼する。
「サラ王女殿下。ボールドウィン大佐。お待ちしておりました。異常はありません」
しかしカーターはヨークなどお構いなしに、奥の事務室へと駆け込んだ。
「エミリィィィィィィィッ!!」
「にいさぁぁぁぁぁぁんッ!!」
二人はまるで十年ぶりの再会のように、きつく抱きしめあう。
「無事でよかったッ! もう何も言うことは無えッ!!」
「兄さんこそ! よくぞご無事でッ!!」
机の上に大量に置かれたファイルが崩れて散らばるのも気にすることなく、二人はいつまでも抱き合って泣いていた。
その内の一冊を拾い上げたサラは、パラパラと目を通す。
エリックの作成した内政資料である。
「ふーん。全部が全部とはいわないけど、けっこう使えるかもなー」
「エミリーさんは王家の血を引くとか。手伝ってもらったらどうですか?」
「それがよさそうだなー」
サラもニコニコとまんざらでもないようだ。
「――でも、縁故採用って微妙じゃないかー?」
「また難しい言葉を……」
「良がったあああああぁあぁぁあッ!!」
しかし、ビンセントの言葉はイザベラの号泣によってかき消されてしまう。
エミリーは目を丸くしていた。
当然だ。
エミリーと知り合った頃、イザベラは高慢な近衛騎士の仮面を被っていたのだから。
今はとても素直だが、これが本来のイザベラである。
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