第206話 明日のパン

「行っけええええぇえぇえッ!!」


 勢いに乗る群衆は、装備で圧倒的に勝る突撃隊を相手に善戦していた。

 完全武装の突撃隊に対し、群衆側はゲバ棒や鋤や鍬などの農具、スコップやツルハシなどの工具が主力武器だ。

 ごく一部の兵役経験者が銃を持っているが、彼らの数は少ない。

 まともに戦える成人男性は、ほとんどが兵士として前線に送られているので当然と言えた。


 群衆の中で声を上げた、いかにもインテリといった男はこう分析する。


「突撃隊は実戦経験にも乏しく、じゅうぶんな訓練を積むための時間も無かったはずです」


 確かに、そんな雰囲気はある。

 どうやら隊員は、王都の学生、生徒をかき集めた部隊らしい。

 未熟な者を突撃隊員と祭り上げても、結局は寄せ集めである事に変わりは無い。


 それでも群衆側の勢いは止む事は無い。

 突撃隊による群衆への射撃は、散発的なものだった。

 理由は他にもある。


「お、親父!? なぜここに!」


「うるせぇ! 粋がってんじゃねぇ、帰るぞバカヤロー!!」


 そんな光景があちこちで起こっていた。

 群衆の一人と突撃隊員は、どうやら親子らしい。

 耳を掴まれ、退場していく。


 しょせんは『革命ごっこ』。彼らにとっては、青春の思い出作りでしかない。

 ファッションで革命を口にしていても、彼らも結局は同類だ。

『俺も昔はワルだった……』などと遠い目で語る、幼稚なまま年齢だけを重ねた男は少なくない。


 民衆にとって、最も重要なもの。

 それは、明日のパンだ。

 為政者が誰であろうと、税金の納め先が変わるだけに過ぎない。

 明日のパンどころか、明日の命すら掛かっている状況では、必死にもなるだろう。

 群衆側は本気だったのだ。


「さぁて、お仕置きを続けるか! 使い方はオッケーか!?」


 イザベラに話しかけた男。彼は、演説の時に一番最初に声を上げた。

 彼こそが固く閉ざされた扉を、いとも簡単に破壊したモンケーン――巨大な鉄球を振り回すクレーン車のオペレーターだ。

 イザベラは彼に笑顔で手を振る。


「バッチリ!」


「よーし!」


 突撃隊を蹴散らしながら、クレーン車は進んでいく。


「配置が済んだら、すぐに逃げて!」


「たりめーよ! おままごとに付き合っちゃ居られねぇ、こちとら人生が掛かってるんだ!」


 そんな中、突撃隊の中に知った顔を見つける。

 ローズとマイラだ。

 二人で逃げようとしているようだ。


「待ちなさい!」


 イザベラは身をかがめると、全速力で追いかけた。

 視界の隅には、重傷を負ったカーターと、彼を介抱するマーガレット。

 カーターにこれほどの傷を負わせたのは、さすがに許すわけにはいかない。


 二人は、玉座の間へ続く扉に手をかける。

 あの扉は頑丈な特殊鋼で造られ、ちょっとやそっとでは破れない。

 あの中に入られては、手が出ないだろう。


 しかし、少しばかり距離が遠すぎた。


「くっ……!」


 思わず唇を噛む。

 あと五十メートル。イザベラの脚力をもってしても、間に合いそうに無い。

 火属性魔法を放つが、ローズの糸に絡め取られてしまう。


「!?」


 聞き覚えのある巨大な銃声が響いた。

 ガラガラと音を立てて、二人の行く手を塞ぐように雨よけの庇が落下する。

 ローズたちは扉には入れず、立ち往生していた。


「!!」


 見れば、カーターが対魔ライフルを構えていた。

 銃口からは煙が上がっている。

 カーターの前で膝を付き、巨大な銃身を肩に担いで支えているのはマーガレットだった。


「酷い銃声ですわ、耳鳴りがしますもの」


 二人はイザベラを見ると、親指を立てた。


 しかし、カーターのの顔は蒼白で脂汗が浮かんでいる。

 笑顔ではあるが、いつものように歯が光る事は無い。

 マーガレットも支えるのが間に合わず、カーターは顔から地面に倒れ込んだ。


「……無茶、しちゃって。…………後は任せて!」


 イザベラは目を丸くしているローズたちに追いすがる。

 もう少しで手が届く。あと十歩、五歩……しかし。


「なっ!?」


 一瞬で扉が吹き飛び、破片がイザベラの頬をかすめた。

 群衆と突撃隊員がおののいて散っていき、できたスペースに音を立てて扉は落下した。


「えっ……?」


 イザベラは思わず立ち止まった。

 暗い廊下から人影が現れるのが見えたのだ。


 一歩。また一歩。

 やがて、顔が見えた。


「……ジェフリー!!」


 嫉妬からエリックの爆殺をもくろみ、王城に『原子爆弾』を仕掛けさせた張本人だ。

 思わずイザベラは身構えるが、何やら様子がおかしい。


「あ…………う…………」


「え……?」


 ジェフリーは喘ぐようにして声を漏らすと、顔面から地面に倒れ込んだ。

 地面を引っ掻く仕草を見せた後、動かなくなる。

 その背後、通路の奥から強大な魔力を感じた。

 この魔力は、イザベラの慣れ親しんだものだった。


「まさか、ジェフリーをやったのは……!」


 近衛騎士団の研修の時に知った事だが、あの扉は頑丈な特殊鋼で出来ている。

 エイプルのタイプⅠ戦車の三十七ミリ戦車砲をも防ぐはずだ。

 そんなものを壊せる魔法使いなど、一人しかいない。


 ジェフリーの背後から顔を出したのは、思った通りの人物だった。


「やれやれだ。お前ら、いったい今何時だと思っている?」


「遅かったじゃない、もうすぐ夜明けよ。あなたがお寝坊さんなの。…………エリック!」


 テログループ『マイオリス』の首領にして、『神聖エイプル』の自称国王。

 イザベラたちが目指す相手だった。


「俺は夜型でね」


 ローズとマイラがエリックに駆け寄り、左右から抱きつく。


「必ず来てくれるって、信じてたわ! ……エリック!」


「エリック様!」


 ローズとマイラは、他人の目をはばかる事無く、競い合うようにしてエリックに口付けする。

 甚だ不快ではあった。

 しかし、気になる事がある。


「ジェフリーは……あなたが?」


「ああ。俺を殺そうとしたんでな」


 エリックは、眉一つ動かさずに言ってのけた。

 イザベラは堅く唇をかみしめる。


「仲間じゃ……なかったの!?」


「仲間? ……違うな。コイツは、俺を殺すために仲間のフリをしていただけだ。そのために王都を道連れにしようなど、馬鹿げた話だ。無関係の市民にしてみれば、迷惑この上ない」


 エリックは、手に持った文庫本ほどの機械を放り投げると、指をパチン、と鳴らした。

 金属製の機械は、まるで紙のように燃え上がる。


「それが何だか、知っているの?」


「この世界唯一の……『原子爆弾』の起爆装置だろう? 悪いが、本体は解体させてもらった」


「…………そう。礼は言わないわ。危ないものね、それ」


 予定とは違ったが、どうやらこれで王都の消滅は避けられたらしい。


「ほほう。……危ない? たった一発で街を吹き飛ばす? やはり、その程度の認識か」


「違うの?」


 エリックはかぶりを振る。


「何も違わないさ。お前の言うとおりだ。……だがな、これをこの世界の技術で作れたという事は、他の誰かにも作れる。何を言っているか、わかるか?」


「……材料はどうするのよ。プルトニウムは、地球でしか作れないわ」


「誰かが設備から作るさ。この世界は、そうやって発展してきたんだからな。これと同等の物が現れたとき、この最終兵器の保有数が国際社会でのその国の地位を決める。今のエイプルに、そんな力は無い」


「……詳しいじゃない」


「そりゃ、そうさ。誰よりもな」


 エリックは額を押さえ、溜息をついたように見える。

 しかし、イザベラにはその胸中を図るすべは無かった。


「この技術が全世界に拡散したとき、世界は終末戦争の様相を呈するだろう。地球と違って、この世界の人間は核の恐怖を知らない。躊躇無く使うだろうよ。……ジェフリーのようにな」


 一歩。また一歩。

 エリックはイザベラに近づいてくる。


「まるで、見てきたみたいに言うのね」


「ベッドの中でなら、詳しく話を聞かせてやるぜ?」


「ベッドよりも棺桶がお似合いね」


 エリックは整った服装をしている。

 金ボタンが光る紫のジャケットに、赤いマント。頭上には、王冠。……国王の衣装だ。

 イザベラの胸に、沸々と様々な感情がわき上がってくる。

 あの服は、ジョージ王が着ていた物だ。

 形見として、サラが時折眺めていたのを知っている。

 あの服を眺めるサラの姿は、亡き父を想う一人の女の子に過ぎなかった。

 エリックのような者が着ていて良い物では無い。


「その服を脱ぎなさい、エリック!」


 エリックは、とても爽やかな笑みを浮かべた。

 人によってはたまらない笑顔かもしれない。

 しかし、イザベラはエリックのこの笑顔が嫌いだった。

 もっとこう、ペシミスティックな……死んだような瞳で、自嘲的に笑うのが好みである。

 以前は違ったかもしれない。しかし、今はそうだ。


「……ほう? 俺と夜伽をしようってのかい。でも、もうすぐ朝だぜ?」


「ちんこ挿れる事ばかり考えて。たまには逆に挿れられたら?」


 イザベラはカーターに視線を移す。

 意識不明の重体だが、胸が上下しているのでまだ生きている。

 数名の市民が即席の担架をこしらえ、乗せようとしている所だった。


「勝手に人をホモ扱いするものじゃない。ボールドウィンはノンケだぜ」


「えっ? 違うの?」


「…………」


 一瞬、奇妙な沈黙が流れた。


 一見ふざけた会話のように見えるが、実際には時間稼ぎだ。

 右手に精神を集中し、全身から魔力を集める。

 最初の一撃に全てを賭けるのだ。ほかに手はない。


「……まあ、いいわ。いずれにせよ、私はあなたの女になる気なんて、さらさら無いの。お嫁に行くもの」


「ほう……誰だい、その幸せな男は?」


 イザベラは右手をかざし、魔方陣を呼び出すと数十発の火球を呼び出した。

 魔力を限界まで高める事により、炎の色は赤から青へ、白に変わっていく。

 一瞬服を焼いてしまうかもしれない、と想ったが、そんな事を気にして戦える相手ではない。


「知っても無駄だ、死ねッ!」


 爆風が辺り一面に広がり、群衆も突撃隊も必死の形相で、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


 まるで重機関銃のような音を立てて火球は着弾し、辺り一面が眩い光に包まれた。

 しかし、これは陽動に過ぎない。

 上空に打ち上げた、渾身の一発から気を逸らすためだ。


「食らえっ!」


 死角の上方から打ち落とすようにして、エリックの頭上に叩きつける。

 これで倒せれば良し。しかし、それはあまりにも楽観的すぎるだろう。

 これすらも陽動だ。

 そもそもエリック相手に魔法で戦うというのが、無謀すぎる。


 イザベラは走った。


 魔法で勝ち目のない相手には、科学の力で勝つ。

 この国の貴族はジョージ王を持てはやしつつも、科学というものを結局便利なオモチャ、平民でも使える魔法の代替品程度にしか想っていなかった。


 そのオモチャで国は傾いた。

 そのオモチャでジョージ王は死んだ。

 それでも、この国は変わらなかった。


 外国で、前線で。

 魔法の時代は終わりを告げ、科学の時代が訪れていた。


 魔法がとっくの昔に過去のものになっているという現実に、この国の貴族は気付くのが遅かった。

 いや、気付いていながら目を逸らしていたのだ。

 それが、この国の凋落の原因だった。


「おじさん、いい場所に付けてくれたわね!」


 目指す場所にたどり着く。本当の本命。

 イザベラはクレーンの座席に飛び込むと、レバーを思い切り倒した。

 巨大な鉄球が、振り子のようにエリックに向かっていく。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る