第三章 夜明けの大地
第203話 無敵の男 その一
「くっ……!」
手榴弾をいくつも放り投げ、その隙に狭い通路へと誘い込んだものの、基本的には防戦一方である。
小銃を撃つ手を休める訳には行かない。
カーターが防御魔法に全力を投入している以上、攻撃はマーガレットの担当である。
「持久戦やってりゃ応援が来るって訳じゃねぇ。どうにかして本丸を目指さねぇと……」
「わかってますわ、そのくらい!」
こう言っている間にも、少しずつ後退していく。
目指す方向とは真逆である。
庭園を挟んだ向かい側の通路に入らなければならないのだ。
このまま行くと、行き止まり。
袋のネズミである。
いや、最初から仕組まれた罠だった。
ローズたちは最初からマーガレットたちが来ることを掴んでいたのだ。
無数の銃弾と攻撃魔法が障壁にぶち当たり、前もろくに見えない。
あまりにも数が違いすぎる。
とはいえ、自称『無敵の』カーターは、さすがに強力な魔法使いであった。
今のところ一発も身体には当たっていない。
それでも、彼らの目的はマーガレットやカーターの殺害ではないらしい。
おそらくは生け捕りを狙っている。
その気になれば、完全に包囲殲滅が可能な戦力差である。
なにしろ、こっちはたった二人だ。
攻撃は脚に集中しており、急所を極力避けるように狙っているようであった。
「なめられたものですわ……!」
「マーガレット。いい加減諦めたら? 武器を捨てて」
ローズがプラチナブロンドの髪を払う仕草は、いつもと同じ。
銃撃戦の最中にあって、まるでお茶会でも開いているかのような優雅さである。
「お黙りなさい!」
マーガレットは牽制にもならない氷魔法を叩きつけるが、ローズに絡め取られてしまう。
ローズの得意技は、魔法で呼び出した糸を自在に操るものだ。
氷塊をいくらぶつけても、蜘蛛の巣状に張られた糸の結界で受け止められてしまう。
恐るべき事に、銃弾すらも受け止めるのだ。
例えて言えば、カーターの魔法が鉄板の防御であれば、ローズの魔法は土嚢の防御である。
しかし、マーガレットの知っているローズの能力では、決してこんな芸当はできない。
恐らく、付与魔法によって一時的に能力の底上げがなされているようだった。
そんなことをやってのけるのは、エリックしかいない。
「ローズ様の言うとおりです! なぜ分からないのですか、マーガレットお嬢様!」
マイラの火の玉が飛んでくるが、それは防御魔法で受け止められる。
障壁が波打つようにして歪み、かき消えた。耐性が限界を超えたのだ。
カーターの額に玉汗が浮かぶ。
「やるじゃねぇか、ネェちゃん」
最も使用者数が多い、シンプルな火属性魔法ではある。
しかし、威力が桁外れだ。
火属性の天才と呼ばれたイザベラの火力をも上回るだろう。
マイラもまた、魔法を強化されているらしかった。
ローズは右手を挙げると、射撃が止む。
こちらに数歩踏み出すと、気だるげに溜息をついた。
まるで可哀想なものを見るような目で、こちらを見つめてくる。
「さっきはあんな事言っていたけど。あなただって、思っているはずよ。人生やり直したいって」
ローズの言葉が妙に耳に纏わり付く。
「う、うるさい!」
「エリックが叶えてくれるわ。全てが思うがまま。望むまま。新しい世界で、新しい人生。楽しみじゃない? わたしは楽しみ」
囁くような。絡みつくような。妙に色気のこもった声。
「世迷い言を!」
「寝る前に、ベッドの中で色々と空想したりしないかしら? それが、現実になるのよ」
思わず耳を塞ぎたくなる。
『マーガレット。俺とお前の婚約は無かったことにする』
なぜかエリックの言葉が蘇る。
カスタネの保養所での出来事は、とっくに過去になっていたはずなのに、だ。
ドアを開けると、眠そうな半裸のルシア。
あの時、身体は勝手にルシアを打っていた。勝手に叫んでいた。
何を思い、何を言ったのか。
マーガレット自身にすらわからない。
「耳を貸すなッ! あれはただの揺さぶりだッ! そんな都合良く行くわけがないだろッ!!」
マーガレットはハッとして現実に立ち返る。
さすがのカーターも、疲労の色を隠し切れていないようだ。
「……わかっていますわ!」
そう、世迷い言だ。
異世界転生は、かなり特殊な条件が揃わなければできないという。
ロッドフォードの一族が得意とする転移・召喚魔法が不可欠な上に、今生きている世界での死が条件となる。
おそらく、ローズはその事を知らない。
知っていて望んでいるとしたら、それは狂気の沙汰だ。
しかし、いずれにせよこのままではジリ貧だ。
――視野を、広く。
トニーの言葉が蘇る。
こちらは二人。向こうは大勢。
「これで、どうですの!」
マーガレットは小銃を構えると、照明に向けて引き金を引いた。
ガラスの破片が砕け散り、少しだけ暗くなる。
続いて一発。さらに一発。
次々と照明は消え、辺りは暗くなっていく。
「よーし、ナイスだぜ!」
カーターは対魔ライフルを構えると、天井に向けて一発撃つ。
レンガのブロックがいくつも落下し、ローズたちの上に降り注いだ。
「……ちっ!」
突撃隊の隊員たちが何人かうめき声を上げるが、ローズとマイラは微動だにしない。
糸の結界で防いだようだった。
そのままローズの右手で魔方陣が光ると、ものすごい勢いで糸が伸びてくるのが見える。
そう、見えるのだ。
開け放たれた廊下の窓から、弱い光が入ってくる。
もうすぐ、夜が明ける。
「そんなん効くか!」
カーターは防御魔法を再び展開する。
「さあ。……どうかしら?」
伸びた糸は途中で勢いを強めたかと思うと、展開している障壁の中心の中心、魔方陣の中央に突き刺さる。
障壁越しに一瞬景色が歪むと、弾けるようにして防御魔法がかき消えた。
「なにっ!? オレの防御魔法を!?」
ローズは僅かに首をかしげ、カーターに流し目を送ってきた。
「防御魔法は何度か使うと、次に使うまでにはインターバルが必要……だったわね?」
「よく知っているな! 普段は二回が限度ってところだ。だが、今のオレ様はもう少しイケそうだぜ?」
学長の秘薬のお陰である。
「脚を狙って」
突撃隊員の一人が小銃の引き金を引くと、銃声が轟くとともにカーターが膝を付いた。
「カーター!!」
銃弾は右脚の外側をかすり、カーゴパンツに見る間に血が広がっていく。
カーターは脂汗を流し、苦悶の表情を浮かべていた。
マーガレットはカーターに肩を貸そうとするが、一歩踏み出したところで床が爆ぜた。
「次は当てさせますよ、お嬢様」
マイラの口が三日月のように吊り上がる。
それはまるで、捉えたネズミをいたぶるネコのような視線だった。
「くっ……!」
マーガレットはカーターの目を見る。
その目は、まだ闘志が消えてはいない。
カーターはマーガレットの手首を掴むと、残る手で魔方陣を呼び出した。
右手には、廊下の窓。
「必殺!『シールド・
全身に強烈な加速度が一瞬にして加わり、全身の骨格を軋ませる。
防御魔法が展開する際の衝撃を壁にぶつけ、反作用で二人は空を飛んだ。
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