第195話 最後の騎士

「ヒィッ、ヒィッ……! ウッ! ……ふぅ」


「が、頑張って!」


 背中に重傷者二人を背負いながら、イザベラが駆るエクスペンダブル号は深夜の森を駆け抜ける。

 ベテランゆえか、さすがにスタミナは若い馬に勝てないらしい。


 倒木を飛び越え、藪を蹴散らし、ひたすら走る。

 蹄によって巻き上げられた泥が顔面にかかるが、そんなものはお構いなしだ。

 立ち止まる暇など無い。


「う……後ろ……」


「ええっ!?」


 カイルの声に振り返ると、サイドカーのヘッドライトが目に入る。

 舟に取り付けられた機関銃が火を噴き、銃弾が頬をかすめた。


「だ、大丈夫です……コイツで」


「お願い!」


 カイルが口で手榴弾のピンを抜き、後ろに転がす。

 タイミングを見計らってイザベラが魔法で火の玉を放つと、サイドカーの真下で手榴弾は爆発した。

 悲鳴が響き渡った後、ガソリンタンクに引火したのか、さらにもう一度爆発が起こる。


「さ……さすがです」


「当然よ! これでも王立学院の首席だったんだから!」


 卒業式の期日は、とっくに過ぎている。

 マイオリスの拠点が王立学院のキャンパスにあった影響で、無期限延期になっているのだ。


「――――!!」


 森を抜ける寸前、小柄な男が立ち木に寄りかかっていた。

 男は不敵な笑みを浮かべる。よく知っている顔だった。


「やあ、イザベラ」


「ジェフリー!!」


 やはりタニグチを呼び出し、襲撃したのはジェフリーだったのだ。


「もう、彼らを助ける意味なんて無い。わからないかな? たとえ助かっても、王都そのものが消えてしまうんだ。周りの町と一緒にね」


「うるさい!」


 イザベラは右手をかざし、魔方陣を呼び出そうとする。

 ここでジェフリーを捕らえられれば、当然爆発も起こらない。

 しかし。


「ブヒッ!」


「!?」


 エクスペンダブル号は飛び跳ねるようにして向きを変え、大きな岩の陰へと飛び込んだ。

 岩越しに強力な閃光が走る。

 あのまま行けば、人馬共に目をやられていただろう。


「あ、ありがとう、エクスペンタブル……」


「フヒッ!」


 岩陰から出ると、ジェフリーの姿はどこにもない。


「……目潰し魔法とは、厄介ね!」


 ◇ ◇ ◇


 森を抜け、王都の市街へ。

 ガス灯の灯りが揺れ動く王都は、深夜という事もあって人通りは少ない。

 とはいっても全く人が居ないという訳ではなく、通行人が何事かと好奇の視線を向けてくる。


「フフィ、アヒィ……」


 エクスペンダブル号は苦しそうだ。

 石畳の舗装は土と違い、馬の脚に悪影響を及ぼす。


「ごめんなさい、もう少しだから……!」


 スティーブの待つ宿屋までは、あと僅か。

 最短距離を通ろうと思ったのが間違いだったのだろうか。


 角を曲がると、行く手を遮るバリケードが目に入る。

 土嚢を積み、その上にテーブルやベンチなどを乱雑に重ねた即席の物だ。

 こちらに銃口を向けているのは、突撃隊の制服を着た兵士たち。

 数は二十人ほどといったところだろうか。

 指揮官が手を振り下ろすのが見える。


「――くっ、ここまで来て!」


 発火炎が光り、銃弾が空気を切り裂く音が耳のすぐ横で響いた。

 イザベラは手綱を引き、路地裏に馬を向ける。

 その時、バリケードで爆発が起こった。


「イザベラ様! こっちです!」


 小銃を抱えた中年の男が手招きする。義勇軍の兵士だ。

 招かれるまま路地へと駆け込むと、同じように武器を担いだ男たちが待っていた。

 服装はてんでバラバラで、統一された突撃隊とは対照的である。


「あ、ありがとう!」


「さあ、お急ぎください! スティーブ様がお待ちです! ここは我々が!」


 男たちの中の一人が、壁から身を乗り出して擲弾筒をさらに撃ち込む。

 敵の反撃で、こちらの壁にいくつも大穴が穿たれた。


 銃撃の音、ガラスの割れる音、爆発音。戦いの音が絶え間なく響く。

 深夜の王都は、一瞬にして戦場と化した。


 ◇ ◇ ◇


 スティーブの待つ宿屋にようやっと到着した頃には、混乱は王都の全域に広がっているようだった。


「なるほど、この男が」


「もう、『原子爆弾』は完成したって……!」


「ふむ……」


 カイルと並んで、タニグチが医師の手当てを受けている。

 幸い、二人とも助かるらしい。

 それを見下ろしながら、スティーブは顎に手をやった。何かを考えているようだ。


「――イザベラ。お前はこのまま王都を脱出しろ」


「嫌よ!」


「聞け!」


「みんな必死に戦っているのに! 何でみんな、私を逃がそうとするの!?」


 スティーブはイザベラの両肩に手を置いた。

 がっしりとした両手に力が入る。


「いいから聞け。それは、みんなお前の事を好きだからだ。お前にも覚えがあるのではないか?」


「そ、それは……」


 イザベラは黙った。

『サラ・アレクシア』出航の時を思い出すと、そう言いたくなるのもよく分かる。

 あの時、ビンセントも同じように苦しかったのだろう。


「卑怯かもしれない。貴族らしくないかもしれない。だが、私は兄として、妹のお前を失いたくはない。ワガママかもしれんが、聞いてはくれんか」


「お兄様……」


 スティーブの表情は穏やかだった。

 屋敷の庭で遊んだ子供の頃と、まるっきり同じ笑顔。

 嬉しかった。スティーブは、今も昔も変わらずイザベラの兄だったのだ。

 イザベラはスティーブの手に、自分の手を重ねる。


「――私も、妹としてお兄様を失いたくはないの。戦いをやめて、と言ったら……やめてくれる?」


「そ、それは……!」


 スティーブは俯いて口ごもった。


「同じよ。義勇兵のみんなも……いえ、敵も味方も、貴族も平民も、みんなそう。だから、終わらせなきゃいけないの」


「どうしても……行くのか」


「うん」


 その時、外で自転車のブレーキ音が高らかに響いた。

 バタバタという足音が響くと、ノックも無く乱暴にドアが開く。


「イザベラさんっ!! ハァ、ハァ……よかったっ! ま、間に合ったっ!!」


「レベッカちゃん!? なぜここに!? 危ないじゃない!」


 王都は突撃隊が闊歩し、一部では銃撃戦が始まっている。

 いや、それどろかジェフリーの胸先三寸しだいで消滅の危機だ。


 レベッカは、紙袋を抱え全身で息をしていた。

 息を整える暇もなく、紙袋を差し出す。


「わ、私だって! ハァ、ハァ……できることをやるの! イザベラさん、これを着て!」


「これは……?」


 紙袋を開くと、出てきたのはきらびやかな真紅のジャケット。

 肩には金モールが付き、ダブルに並んだボタンも金メッキされている。

 形は以前着ていた近衛騎士団の制服と同じ、色違いだ。


「魔法攻撃から守ってくれるわ! 実験で確かめたもの!」


「すごいじゃない! レベッカちゃんが作ったの!?」


 息の上がったレベッカに代わり、スティーブは自慢げに説明する。


「先ほど完成したと、知らせが入ったばかりの試作品だ。間に合わんと思ったが、運が良かった。レベッカのアイデアを取り入れて、キヌクイムシの粘液を塗り込んだ合成繊維で作られている。見ろ」


 スティーブはレベッカから余りの布を受け取ると、魔方陣を呼び出して炎で焙って見せた。

 端切れの布は、まるで石綿のように何の変化も見せない。


「――エリック・フィッツジェラルドと戦うのであれば、これ以上のものはあるまい?」


「……うえぇ」


「着て……? お願い!」


 レベッカはイザベラの腕に抱き着き、潤んだ瞳で見上げてくる。

 この目には弱い。


「わ、わかったわ」


 嫌で嫌で仕方がないが、効果自体は折り紙付きだ。

 製作と到着がもう少し早ければ、マーガレットとカーターにも着せることができただろう。そう思うと悔やまれる。


 イザベラは、奥のトイレで服を着替えた。

 遺憾ではあるが、肌触りは悪くない。サイズも、誂えたようにピッタリだった。

 以前の服を持ち帰り、そこから採寸したのかもしれない。


 部屋に戻ると、レベッカは小さな拍手で出迎えた。

 

「カッコイイ! さすがイザベラさんは何を着ても似合うのね!」


「似合うぞ。それでこそエイプルの騎士だ。健闘を祈る!」


 スティーブは満足げに頷いた。

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