第194話 突入と脱出
驚くことに、引き綱を自ら解いたエクスペンダブル号は目の前に来ていた。
ご丁寧に二人を縛り付けるため用意したのか、ロープの束まで咥えている。
マーガレットは感嘆するしかなかった。
「気が利きますわね。さすが名馬、といったところですわ」
「フフ~ン!」
動物のくせにドヤ顔が気に喰わないが、今はどうでも良い。
マーガレットも手を貸しながら、騎乗したイザベラの背中にタニグチとカイルを縛り付けようとする。
「待って。どうせならカイルを受けにして、タニグチを攻めにしましょ」
「は?」
カーターはイザベラの言う事を理解できない様子だった。
「並ぶ順番ですわ。常識でしてよ」
「常識って何だ! 常識って!」
文句を言いつつもカーターは射撃を続けるが、少しずつ後退。やがて壁の裏まで下がってきた。
「二人とも、準備はよろしくて?」
マーガレットは肩掛けのバッグを開く。
中身は、手榴弾と小銃擲弾。
カーターは手榴弾を両手いっぱいに抱えながら頷く。
「ふっふっふ……オレはガキの頃から、花火ってやつが大好きでなぁ!」
「あら、奇遇ですわ。わたくしも花火、好きですの」
「じゃあ、イクぜッ!」
カーターはブチブチと手榴弾のピンを抜くと、人の居そうな辺りにいくつも放り投げる。
彼らは一瞬の動揺の後、慌てふためいて逃げ出すが、その背中では続けざまに爆発が起こった。
「ヒャッヒャッヒャッ! TAMAYA~!」
TAMAYAとは、いつの頃からか流行りだした花火の時の掛け声だ。
マーガレットも負けじと小銃擲弾を撃ち出す。
「イザベラ、今ですわ!」
「うん、後で!」
「ヒョ~!」
イザベラたちを乗せたエクスペンダブル号は、奇声を上げながら突撃していく。
ご老体とはいえ、まだまだ現役とでも言いたげであった。
「おらよっ!」
カーターの遠投能力は凄まじく、まるで人間グレネードランチャーだ。
「負けませんわ!」
マーガレットも右手をかざして魔方陣を呼び出した。
無数の氷粒を散弾のように打ち出すと、いくつものうめき声があたりに響く。
追い打ちをかけるように小銃擲弾を撃ちこんだ。
エクスペンダブル号の蹄の音は、もう聞こえない。どうやら戦線を離脱したようだ。
「やるじゃねぇか!」
「当然でしてよ! さ、こちらも行きますわ!」
「おうよ! ぬぅん!」
カーターの防御魔法の陰に隠れ、先ほどの応接室に移動する。
突撃隊の兵士が何人か壁の穴から入り込んできているが、カーターにとっては物の数ではない。
障壁を維持したまま、雄叫びを上げて走り出す。
「オ゛レ゛のモノを咥え……いや喰らえやア゛ア゛アアアッ!!」
前方に展開された障壁は、まるでブルドーザーのバケットのように、兵士たちを一塊にして部屋の外へ押し出す。
「忘れ物ですわ!」
マーガレットが投げた手榴弾が放物線を描き、障壁越しに爆発した。
「えげつねぇな! マーガレットッ! まるで小便した後、パンツの中でちょろっ、と出てくるアレだな!?」
「お黙りなさい! 早く!」
今はバカ話に構っている暇はない。
マーガレットはそのまま暖炉のマントルピースに飛び込んだ。
ここが隠し通路の入口である。
カーターが対魔ライフルを手に続くのを待って、隠し扉を閉める。
二人で適当な瓦礫を拾い、ドアを押さえつけた。
「おまけに針金で、こうだ!」
カーターが針金で手榴弾のピンを縛り、取っ手に縛り付ける。
扉が開くとピンが抜け、ばね仕掛けのハンマーが雷管を叩き、爆発する仕掛けだ。
これでしばらくは時間が稼げる上、破られれば爆発音ですぐに気付く事ができる。
ククピタの戦いで、ビンセントが同じものを作っていたのを思い出した。
「やりますわね!」
「たりめーだッ! さぁ、長居は無用! イクぞ!」
明かりの消えて久しい隠し通路を、懐中電灯の灯りを頼りに進む。
ここを抜ければ、王城の地下に到達するはずだ。
ジョージ王が現れる前からあった通路らしく、壁や天井は昔ながらの石造りで苔むしていた。
電線の類は剥き出しのまま、アンカーボルトで直接取り付けられている。
「――しかしアレだな! タニグチのヤツを呼び出して襲ったの、誰なんだ?」
「さぁ……マイオリスの誰かであることは、間違いないですわ。確証は無いけどおそらくは……」
「ジェフリー……か?」
マーガレットは頷く。
「材料は地球でしか作れない、って言っていたでしょう? しかも、一発分しか無いそうですわ。タニグチが『原子爆弾』を完成させたのなら……もう彼に用は無いはずですわ」
「ジェフリーってのは、どんなヤツなんだ?」
「そうですわね、一言で言えば……『真面目な人』ですわね」
カーターは、ジェフリーと直接話した事はほとんど、あるいは全く無いという。
「真面目な人がこんな事件起こすかぁ?」
「……彼の理想に、みんなが追いつけなかったんでしょう、って。これはドリスの受け売りですわ。わたくしも、一年以上会っていなかったんですもの」
「ふーん? つまり優しいヤツが、人からも同じように優しくされないから絶望した、ってか」
「えっ」
マーガレットは思わず足を止めた。
確かに、そうかもしれない。そしてそれは、マーガレット自身にも返ってくることだった。
誰もが与えた愛と同じだけの愛を受けられるのであれば、争いなど起こらない。
しかし、それは理想論が過ぎた。
「みんな必死で生きているのになぁ! そうそう何もかも上手くイク訳無ぇだろ!」
「…………」
カーターは気付かずに歩いている。
少し早足になり、元のようにカーターと並んで歩き出した。
……やたらに喉が渇いていた。
「と、ところでカーター。さっきのマッチ、あれ何ですの?」
無意識に話題を逸らしてしまった事を、軽く後悔する。
「おう、あれはな……」
戦死した部下の子供が売っていたマッチを、売り上げに協力すべく買い占めたのだという。
「へえ、あなたにしては立派ですわ。その子も健気ですのね」
「たりめーだ! 立派で、真面目な子だ! 困ったことがあったら連絡しろ、って、連絡先のメモも渡してきたぜ!」
「…………」
マーガレットは頭を抱えた。
この男は、何もわかっていない。
「どうした? 生理痛か?」
もちろん違う。しかし、いちいち反論するのも疲れる。
論点がずれているので、要点だけを言う事にする。
「バカですの? そんなまじめな子が! いきなり知らない男から連絡先渡されて、ホイホイと付いてくると思っていますの!? そのメモ、今頃ゴミ箱に入っていますわ! この、不審者!」
「なにっ! そういうもんか!?」
「そういうものですわ! おバカ!」
カーターはしばらく黙った。
考え事をしているらしいが、暗くて見えない。
「後でヨーク少尉とチェンバレン中佐、連れて行くぜ。これなら良いだろ?」
「そうした方が良いですわ。……後で、があれば」
マーガレットは自分自身にも言い聞かせた。
確かに『そういうもの』なのだ。
「あるさ。必ずな!」
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