第185話 再会
屋根に赤い回転灯が付いた自動車――パトロールカーに乗せられ、ビンセントはエイプル大使館の入居する建物に連れて行かれる事になった。
窓の外を流れていくのは、一つ一つが個性豊かで、絢爛豪華な白亜の宮殿だ。
各国の大使館や領事館、あるいは国家元首の別荘などが入っているという。
「すごい……」
まるで上級貴族の屋敷のようだが、エイプルのそれとは若干雰囲気が違っており、興味は尽きない。
「無駄遣いもいい所だな。連中の贅沢につぎ込まれる金や食料をスラムに回せば、もっと治安が良くなるんだが」
ハンドルを握る警官が酷く不機嫌なのがミラー越しに見える。
貧富の差が激しいのは、万国共通の問題だ。
しかし、これは資本主義社会の宿命であり、一朝一夕にどうにかなる問題ではない。
どうにかしなければならない。しかし、有効な手立ては見つからない。
偉大なるジョージ王ですら、この問題は解決できなかった。
つまり、地球でも同様の状態を解決できていない、という事が考えられる。
異世界は決して楽園ではない。
「…………」
数分後、沈黙に耐えかねたのか警官は口を開いた。
「片田舎のエイプルには、パトカーはあるまい?」
小ばかにされたが、事実なので認めざるを得ない。
「衛兵は徒歩か馬で見回っていますね。オルス城では、警らは自転車で行っていると聞きましたが」
「用途によって使い分けている。基本的には馬と自転車が主だが、お前のような犯罪者を連行するのに不便だからな」
「だから、誤解です」
警官はミラー越しに突き刺さるような視線を向けてきた。確かに舌打ちの音が聞こえる。
「だったら正式な裁判を受けるか? この国の司法は時間が掛かるので有名だ。無罪を勝ち取るのに、最低半年は拘束されるだろうな」
「それは……困ります」
さすがにそこまで待ってはいられない。
泥を被ってでも、一刻も早くエイプル大使館に行きたかった。
「エミー・マキオンも、重要参考人として事情聴取を受けている。少なくとも、十日は出られないだろう。特別何かした訳ではないし、通常なら当日か、せいぜい翌日には解放なのだが」
警官はミラー越しに睨みつけてきた。
「――我々にできる時間稼ぎは、せいぜいその位が限度、ということだ」
「外交的配慮による超法規的措置、ですか」
「そうだ」
オルス帝国にも、ずいぶんと迷惑を掛けてしまっているようだ。
「すみません、ご迷惑ばかりかけてしまって」
「なら、もっと大人しくしやがれ」
返す言葉も無い。
「――それと形式上、お前は犯罪容疑者としてエイプル王国に引き渡され、そこで裁きを受けるという形になる。そしてエイプル大使館というのが、ここだ」
パトカーが停まったのは、帝都のあちこちに建っている雑居ビルとそうそう変わりない、三階建てのビルだ。
表面はいくつかヒビが入り、雨漏りの跡のような白い汚れがあちこちに垂れていた。
豪華な宮殿が立ち並ぶ一角において、その見すぼらしさが周囲から浮いている。
駐車スペースには、トムソンの軽トラックが停められていた。彼らもこちらに招かれているらしい。
黒塗りの高級車が並ぶ中で、そちらもやはり浮いている。
「なんか……普通ですね」
控えめな表現である。
「普通なものか。エイプルから持ち帰った資料を基に、オルスで初めて作られた『鉄骨鉄筋コンクリート建築』のビルだ。重要文化財だぞ、重要文化財!」
「はぁ」
そうは言っても、ボロい……否、歴史を感じさせるビルである。
初期の建築のためか、技術的に困難があったのだろう。
鉄筋コンクリート建築の発明者はジョージ王とされている。
コンクリート自体はそれ以前から存在していたが、鉄筋を入れることで建築の自由度が大幅に増したのだ。
石組やレンガ組みよりも圧倒的にコストが安く、工期も短縮できるため、現在では多くの建築に使われる技法である。
帝都に立ち並ぶ摩天楼は、全て鉄筋コンクリート建築だ。
「デザインも当時はこれが最先端だったんだよ。斬新すぎて不人気だったと聞くがな」
「へぇ……」
そういった歴史的経緯があるのであればやむを得ない。
そう納得しようと思っていた矢先、警官の余計な一言が心をえぐる。
「ま、実際ボロいビルだよ。俺の仕事はここまでだ。じゃあな」
パトカーに乗ると、警官は走り去った。
理由ははっきりとは言えないが、妙に悔しい思いだった。
◇ ◇ ◇
出入り口の扉を開くと、ちょうど出て行こうとするトムソン一家と鉢合わせである。
トムソンとジョセフは、違和感しかない黒のスーツ。
恐ろしいほど似合っていなかった。
一方、シャーロットはまるで貴族のお嬢様のようなドレス姿だ。
クリーム色を基調とした上品なデザインは、日焼けした色黒の肌と合わさってエキゾチックな魅力を醸し出している。
「ご無事でしたか。その恰好は……?」
トムソンはこれ見よがしに力こぶを見せつける。
袖から糸がほつれる音がした。
「おうよ! 報奨金も貰ったし、これからそこの超・超高級レストランでメシ喰ってくるぜ!」
トムソンの指差す先には、シックな屋敷に上品な看板が掛けられたレストラン。
富裕層向けの高級店のようだ。ケバケバしいネオンなど、当然ない。
周辺の客層を考えれば、派手な宣伝などは必要ないのだろう。
駐車場に停められている自動車も高級車ばかりだ。
シャーロットは溜息をつきながらも、何やら嬉しそうだ。
「んもう、お父さんったら。借り物なのよ、その服。……私たち、今夜はここでお世話になるの。後でね」
シャーロットとトムソンはビンセントに手を振ると、楽しそうに歩き出した。
ジョセフは一言も話さず、ポケットに手を入れたまま後に続く。
「ジョセフ」
「…………アんだよ」
ジョセフは背を向けたまま、顔だけをこちらに向けた。
「ありがとうな。あの時、お前がボスを突き飛ばしてくれなかったら、俺の頭はペチャンコだったよ」
一瞬、ジョセフは目を丸くするが、すぐに目を逸らし、地面に唾を吐いた。
「ケッ! エイプル野郎に礼を言われる筋合いは無ぇ! あれは俺たちの問題だぜ!」
ジョセフの顔は見えないが、こちらを向いているシャーロットの表情から察するに、決して悪い反応はないようだ。
面倒くさい男である。
「――そうそう、キャロラインの姐さんなら出かけたぜ。どこに行ったかは知らねぇ」
「わかった。ごゆっくり」
気を取り直して、扉を開く。
◇ ◇ ◇
真っ黒な髪、真っ黒な瞳、いつも眠そうな三白眼。同年代の女子と比べても、小柄な体躯。
ビルの一室でビンセントを待っていたのは、随分と久しぶりに顔を見る少女である。
いや、そうではない。
時間的には丸一日と少ししか経っていないはずだ。
今回はさすがにお姫様らしく、フリルたくさんの白を基調にしたドレスに身を包んでいる。
「なーんで、おまえはそんなに牢屋が好きなんだー?」
サラは相当にお怒りの様子である。
仁王立ちで腕組みをし、頬をフグのようにぷう、と膨らませている。
「もちろん、好きではありません」
サラは背伸びすると、人差し指でビンセントの頬をグリグリしてきた。
「じゃあ入るなよー。いやよいやよも好きのうち、にしか見えないからなー」
「
平謝りするしかない。
「けっこう大変だったんだからなー。わたしの力なんて、国の外にでたら無いも同じなんだぞー」
「色々ありまして。ご心配をおかけしました」
やがてサラは一瞬目を丸くすると、跳び込むようにビンセントに抱き着いた。
「おまえは……もうー。こんど……ムチャやったら、……一生牢屋だからなー? ……反省しろ、うぐっ……」
サラは明らかに泣きそうである。
「す、すいません。反省してます」
腹のあたりに、涙と鼻水で大きな染みができていく。
サラは小さな握り拳で、ポカポカとビンセントの胸を叩きはじめた。
子供の力とはいえ、多少は痛い。
「びいいい~~~~~~いいいいっ!!」
「こうして、生きていま……」
「びいいい~~~~~~~~いいいいいいいいいいいいっっ!!!!」
「サラさんも、ご無事で何よりで……」
サラはビンセントの上着を手繰り寄せると、思い切り息を吸い込み…………鼻をかんだ。
「ズバ、ズビビビーッ!! ブジャーッ!!」
「あわわ……」
何はともあれ、偉大なる王女殿下との再会であった。
サラは切り替えが早い子なので、割とすぐ泣き止む。
ビンセントには、サラに言っておかなければいけない事があった。
「――ありがとうございました、サラさん」
サラは飛びのくようにして離れた。
先ほどとは打って変わって、まるで汚物を見るような視線を向けてくる。
「おまえ、鼻水も好きなのかー? マニアックすぎるだろー。熟女パンツマニアが、かわいく見えるぞー?」
「警察の事です!」
冗談だと思うが、もし仮に、サラに熟女パンツマニアの知り合いがいるのであれば、未成年の前では自重してくれ、と言いたかった。
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