第180話 奇妙な関係

 経験上、チンピラというものは決して単独行動を行わない。

 必ず群れで行動する。

 一対一で話せばじつは良い人だった、などという話をよく聞くが、そういう人はなぜか集団になると途端に攻撃的になるものだ。


 そしてこのジョセフは、一人であるにも関わらず十二分に攻撃的である。

 その点では一見、肝が据わっているようにも思えた。

 とはいえビンセントは敵国の軍人であり、通常なら関わる相手ではない。

 頑張って威嚇を繰り返しているあたり、案外小心者かもしれなかった。


 ジョセフは確かにパイロットではあるものの、やっと一人で飛べるようになった新人だという。

 空軍力の無い対エイプル戦は、迎撃機の心配が無いため新人研修のような扱いらしい。


「…………」


 じつに舐められたものだ。

 しかし、実際に舐めてかかったジョセフは、撃墜の憂き目を見ている。

 戦場では何が起こるかわからない、ということだ。


 生きて帰ったジョセフは、スパイ疑惑をかけられた。

 証拠不十分で処分は無かったものの、司令部から半強制的に休暇の取得を『要請』されたらしい。

 休暇が明け次第、部隊を移動になるという。


「次にもし戦場で会ったら、アンタを真っ先にブッ殺してやるぜ!」


 ジョセフは握り拳をビンセントに向け、親指を下に向けた。

 相変わらず、まるでにらめっこのような変な顔をしている。

 威嚇のつもりだろうが、実際のところ全く効果が無い。

 基本的にジョセフは童顔で、実際の年齢よりも若く見えた。実年齢も年下である。


「怖いねぇ。ふふ……」


 ビンセントはそう言いつつも、思わず口端が緩んだ。

 敵同士であれば、遠慮は要らない。

 それよりも、もっと酷くて心をえぐる罵詈雑言を、味方の上官から言われ続けてきたのだ。

 ある種の清々しささえも感じられた。


「――しかし、一介の歩兵に空軍パイロットがそんな事を言っていちゃ、恥ずかしいんじゃないか?」


「ああ? あんだとコラ! もう一回言ってみろ!!」


 ジョセフがビンセントの胸ぐらをつかむが、シャーロットの悲し気な視線に気付くと、舌打ちしながら手を離した。


「――ちっ……妹に免じて、今日は勘弁してやる」


「感謝するよ、シャーロットに」


 妙な気分である。

 敵でありながら、出来の悪い上官よりもジョセフを近く感じた。


 しかし、この関係も長くは続かない。

 明日にも、いや次の瞬間にも戦争が終わるかもしれない。

 そうなれば、もう敵同士ではなくなる。


「ケッ! 言ってろボケ」


 その時、この奇妙な友情がどこへ向かうのか、想像も付かなかった。


 ◇ ◇ ◇


 穏やかな時間はそうそう続くものではないらしい。

 スラムがあるという方向から轟くのは、何台ものオートバイの爆音。

 普通の運転ではない、やたらに大きな空ぶかしをリズミカルに繰り返している。


「ずいぶん騒がしいね。消音器が壊れちゃったのかな?」


 キャロラインが首をかしげる。

 しかし、なぜかジョセフの顔が少しだけ青くなった。


「……みんな、そこの路地へ入れ」


「どうかしたのか?」


 ビンセントの問いには答えない。


「いいから入れッ!」


 その間にもオートバイの集団は近づいてくる。数は十台ほど。

 オートバイは思い思いの改造が施されている。

 前が見えなそうなほど高く掲げられたヘッドライトや、エビのようなテールカウルが付いた物、フロントフォークを二メートル近くも延長した物など様々だ。


 最後尾にはオープンの、軍用車に似た不整地車両がいる。

 後部座席はどうやって取り付けたのか、やたらに背もたれの高い立派なソファがそびえ立っていた。


 乗っているのは全員が全員、先ほどまでのジョセフのような奇抜な格好をしている。

 ゴツい肩パッドの付いた革ジャン、毛皮のブーツはともかくとして、トゲトゲの付いたベストや、革ズボンを裸の上半身にサスペンダーで吊るすなど、まるで仮装行列だ。


「ヒャッハーッ!!」


「どけどけどけえーッ!! 轢き殺されてぇかーッ!!」


「ヒャーハッハッハッハーッ!!」


 ヘアスタイルも独特だ。

 人間としてはありえないカラフルな髪を逆立てた者、頭の何倍もの大きさのアフロヘアにしている者、顔面まで刺青が及んでいる者などなど。

 全員に共通しているのは、眉毛を全て剃り落としている事くらいだろう。


「……なんだありゃ」


 耳をつんざく空ぶかしと蛇行運転を繰り返しているぶんにはともかくとして、彼らの一人が火炎瓶を道端に放り投げた。

 二メートルほどの範囲が炎に包まれる。

 歩道に乗り上げた一人が、手に持った鉄パイプで次々とショーウィンドウのガラスを壊し始めた。

 あちこちで悲鳴が上がり、通行人が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「あれ、いいのか?」


「良いわけないだろ! 絶対に顔を出すなよ!」


 ジョセフが叫び、ビンセントたちは路地に身を潜める。

 彼らはジョセフに気付いたのか、目の前でオートバイを停めると口々に叫んだ。


「ヨォ、ジョセフ! どうしたんだよ、その頭!」


「ギャハハハ、ツルッツルじゃねぇか!」


「似合わねぇ! アーッハッハッハ!!」


 男たちは腹を抱えて笑い出した。ビンセントには何が面白いのか、よくわからない。

 ジョセフは自分の頭を撫でた。


「ちょっとな。イメチェンってヤツ」


「フーン? それより最近顔出してねぇじゃねぇか! どうしたんだよ?」


「あ、ああ……」


「乗れよ、今日からここらも、俺らの縄張りだぜ!『ドラコ』の奴らは血祭りよォ! さすがボスだな!」


「あー、そのな……」


 どうやらこの仮装集団はジョセフの知り合いらしい。

 路地の奥、ゴミ箱の影ではシャーロットが膝を抱えて震えている。


 キャロラインがビンセントの上着の裾を後ろから引っ張った。

 最後尾の車を指差す。

 座っているのは、同じように奇抜な格好をしたサングラスの大男と、その膝の上で甘えるしぐさの女だ。

 服装も男どもと似た感じだ。

 ピエロのような化粧、紫色に染めて箒のように逆立てた髪、革製の露出の多いノースリーブに、これまた革のミニスカート、網タイツにピンヒールといった具合だ。

 ピアスは顔だけで十個はある。見るからに痛そうだ。


 女はワインをグラスに注ぐと、空いた瓶をショーウィンドウに投げつけた。

 ガラスが砕け散り、不幸にも近くにいた通行人が頭を抱えて逃げていく。

 女はそれを見て、楽しそうに笑いながらグラスを口にした。


「見て、あれ! エミー・マキオンだ」


「誰でしたっけ?」


「マイオリスの最高幹部の一人だよ! カスタネの夜会で会っただろう?」


「そうでしたっけ?」


 カスタネの夜会は貴族の学生の集まりなので、こういった退廃的な連中は来ていなかったはずだ。

 そもそも当時、ビンセントは一介の警備員であり、会話などはしていない。

 覚えていないのも当然である。


「間違いないよ。すごいイメチェンだ! ……エリックの事は飽きたのかな?」


 どうやら、なぜかエイプルに居るはずのエリックの情婦がオルスに来ているらしい。

 そして、何をどうやったのか、この怪集団と親密になっているらしかった。

 さすがに予測の範疇を超えている。


 ビンセントの理解が及ぶよりも先に、トムソンが一歩前へ出た。


「悪いが、ジョセフはこれから用事があるんだ」


「おい、親父! 何を……」


 ジョセフが青い顔でトムソンの肩を掴む。しかし、トムソンはその手を振り払った。


「黙ってろい! お前がこいつらと縁を切ってりゃ、俺たちは肩身の狭い思いをしなくて済んだんだよ! お前が言えねぇなら俺が言ってやる、っつってんだ!」


 男の顔色が変わり、真っ赤になって額に血管を浮かべた。


「オイ、オッサン! まるで俺らとつるんでるのが恥みたいな言いぐさじゃネェか! あぁ!?」


「恥でなければ何なんだ! ジョセフはな、これからは真面目な軍人になるんだ! アンタらと遊んでる暇は無ェ!!」


「アんだと、このクソジジイ!!」


「ぐあっ!」


 男の持っていた鉄パイプがトムソンに振り下ろされた。

 腕で防いだようだが、膝を付き、顔は苦悶に歪んでいる。

 ジョセフが青い顔で駆け寄った。


「お、親父! 大丈夫か! ……おい、何しやがる!」


 ジョセフと男が言い合いを続ける中、キャロラインはビンセントを一瞥した。


「やれる?」


「バイク十台までなら、撃破可能です」


 自動拳銃を取り出す。装弾数は弾倉に九発、薬室に一発、計十発。

 近距離なので、問題なく燃料タンクを撃ち抜けるだろう。その気になれば、頭も。


 彼らが銃を持っている様子はない。

 釘バットや鉄パイプなどの、原始的な武器をこれ見よがしに掲げている。

 問題はマキオンの魔法だ。どんな手品を使うかわからない。

 他に魔法使いが居た場合も同様である。


「話し合いで分かり合えれば、それが一番いいんだけど……」


 キャロラインは寂しそうな笑顔を見せた。ビンセントとしては心配である。


「言葉、通じますかね? 連中、人間かどうかも怪しいですよ。……類人猿かも」


「それはちょっと言い過ぎかな。もし話し合いが決裂したら、僕がエミーを何とかする。万が一の時は頼んだよ」


「大丈夫ですか?」


 キャロラインの魔法は戦闘向けではない。

 銃砲と組み合わせれば無敵に近い強さを誇るが、単独ではほとんど破壊力がないはずだ。

 せいぜい目潰しが良い所である。


「……大丈夫。でも君はギリギリまで、ここで待っていてくれ」


 何かしらの勝算があるらしかった。ここは信じるしかない。

 キャロラインは、路地を出ると同時に声を上げた。


「――君たち、ちょっとやり過ぎじゃないのかな! 家に帰って家事の勉強でもしたらどうだい!!」


「キャロライン!? なんであなたがこんな所に!!」


 車に乗っている女――エミー・マキオンが声を上げる。


「……事情を説明したら、引いてくれるかい? いくらでも説明するから、話し合いたいな」


 マキオンは一瞬黙ったが、やがて思わず身震いするような、醜悪な笑みを浮かべた。


「……いいえ、必要ないわ。もうじゅうぶんだもの。二度と会う事はないと思っていたけど、ここで決着を付けましょう!」


 マキオンは車から飛び降り、キャロラインと睨みあう。

 二人の間には、何かしらの因縁があるらしい。


「…………」


 車に残った男は、サングラスで表情が分からないが、どうやら二人を見つめているようだった。

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