第172話 地球人の娘

「なるほどねェ。で、誤算ってのは何だよ」


 ロイは続けた。


「地球人も我々も、知能レベルはほとんど同じだったのだ。原理さえわかれば、彼らにできて我々にできない事など何一つなかったよ。それが誤算だった」


「意外だな? ジョージ王、イコールすげぇ天才、ってのが常識だぜ。普通の人ってか」


 逆説的に、このカーター・ボールドウィンも天才である、という理論も成り立つかもしれない。

 カーターは気を良くしてロイの話に耳を傾けた。


「当然だよ。なにせ、人類の祖先は遥か古代、地球から来たのだから。エイプルで一番の伝説の英雄といえば? 彼も例外ではない」


 子供でも知っている。素直にカーターは答えた。


「ふむ……カトー様も魔神ヤマダも地球人、ってか?」


 だとすれば、ジョージ王とマリア王女との間にサラが生まれたことにも説明がつく。

 種族が違えば子供はできない。当然である。


「その通り。地球人など、特別でも何でもない。これが明らかになった時……」


「……憎悪に変わった、か」


 ロイは溜息をついた。

 本当に呆れている顔だった。おそらく、カーターも同じような顔をしていたことだろう。


「その通り。マイオリスは、エイプルから地球人とその影響下の文化、文明を排除するための組織。あるいは運動。または思想なのだ。ただの懐古趣味団体、ルクレシオンは隠れ蓑に過ぎないが、根底の思想は同じだ。わかるかね?」


「何を言っているのかわからねぇな? もう少しわかりやすく言え」


 それにしても、ずいぶんと口の回る男である。

 喉の筋肉だけを見れば、カーターを凌駕するかもしれなかった。


「なぁに、単純な話だ。他人から価値観を押し付けられるのは、誰だって嫌なものだろう。貴族も平民も、軍人も民間人もない。感情論だ。とにかく地球人と、その産物が嫌いなんだよ。サラ王女は地球人の娘だ。彼らにしてみれば、わかりやすい悪の旗印ということさ」


「テメェらだって、科学の産物使っているのにな?」


 ロイは自嘲的に笑う。それは、肯定の意思に他ならなかった。


「その通りだよ。クレイシクにも同様の組織があり、その構成員がジョージ王を射殺した。彼らは『マイオリス・クレイシク』を名乗っているが、ほぼすべての国に同様の組織、あるいは運動がある」


「バカジャネーノ?」


 ロイは頷いた。


「君の言う通りだ。もう、この世界は文化的には地球とほとんど同じなのだよ。軍事どころか内政、人々の生活、食文化に至るまでな。もはや、排除は不可能だ」


「たりめーよ! ボディビルだって、三十年前は無かったんだろ!? 地球の文化だな?」


 カーターが『サイド・チェスト』を決めると、ロイは額の汗を拭った。

 なぜか苦笑いして目を逸らす。

 ロイが何を考えているのか、カーターには理解できなかった。


『すごい筋肉だな?』


 ロイは確かにそう言った。さっきの言葉は、嘘だったのだろうか。


「う、うむ、ボディビルに限らんがな。オルス帝国や連合国の指導者たちも、今頃になってようやっとわかったのだ。この大陸戦争が、全く無意味な戦いだとな。エイプルのクーデターは各国にとって、ちょうど良い機会だった」


「ちょうど良いとはなんだ、ちょうど良いとは」


「双方、あまりの犠牲の大きさに引くに引けなくなっていたのだ。お互い、何かきっかけを欲しがっていた」


 何となくわかる。

 損失が拡大し過ぎて手を引けない、という状況は、生きていれば誰にでも多かれ少なかれあることだろう。


「……ふん、それで?」


「新聞報道ではオルス帝国が宣戦布告したことになっているが、実際には違う。私が記事を書き換えさせたからな」


「やめてくれや、そういうの。みんなマジで困る」


「私の立場上、やむを得なかったのだ」


 一般市民の生活は、新聞報道を基準にしているのだ。

 これは個人レベルだけではなく、企業活動も同様である。

 企業が影響を受ければ、当然そこで働く従業員にも影響が出るのだ。


「…………」


 カーターが思い出したのは、旅に出る前にフルメントムで読んだ記事だ。

 サラが留学扱いになっていたこと。

 列車砲『ビッグ・ジョージ』の王城砲撃がガス爆発になっていたこと。

 イザベラが激怒して新聞を破ってしまったと聞いていたので、印象に残っていた。

 この分では、エミリーとエリックの結婚の話も疑わしいものである。


「エミリー・ホイットマンか? 記事ではそれっぽいロマンス話をでっち上げているようだな」


「死ねや!」


 怒りのあまりパンツを脱ぎそうになるが、ロイはそれを押しとどめた。


「落ち着きたまえ。それは私の意思ではない。サザーランドがやったことだ。私から総理の椅子を奪ってな」


「なんだと!?」


「だから今、君に情報を与えているのだよ。なにせ、帝国が戦っているのは『エイプル王国』ではなく『神聖エイプル』なのだから」


「つまり、あんたがケンカ売られたんじゃねーか!」


「そうだ。そうとも知らずにサザーランドがフィッツジェラルドを担ぎ上げ、私をここに押し込めた。事情を知ったヤツは、即座に逃亡したようだがな」


「…………」


 これが、ロイが投獄されている理由だったのだ。

 目くそ鼻くそではあるが、確かにサザーランドに比べれば、ロイの方が百倍マシな首相である。

 ロイは突き刺すような視線を向けてきた。


「サラ王女がオルス帝国に入った時点で、大陸戦争は終わる。しかし、それはすなわち……」


 カーターは頭の後ろで手を組むと、ゴロリと横になった。


「エイプル内戦のスタートか。さしずめエリックはバカ共の尻拭いを押し付けられたって所だな。……マヌケが」



 ◆ ◆ ◆


「つまり、我々が『神聖エイプル』ではなく、『エイプル王国』の所属だと連合国にわかれば……」


「安全にオルス帝国に行ける……ということですか」


 ビンセントの問いにウィンドミルは頷く。


「クレイシクをはじめ連合国にも、オルス帝国にもマイオリスと同様の組織があります。彼らでさえなければ」


 ビンセントは思わず天井を見た。

 ちょろちょろとした浸水は続いている。


「…………」


「しかし、いずれにせよ知らせる方法がありません。結局、脅威を排除ないしは回避して、このまま進むしかないのです」


「ウィンドミルー」


 黙って話を聞いていたサラが声を上げた。


「何ですかな、殿下。……そうそう、こちらを献上いたします」


「おー、さすがだなー。えらいぞー」


 ウィンドミルはポケットからキャラメルを取り出すと、サラに差し出す。

 サラは包み紙を開いて口に放り込んだ。


「お気に召していただけたようで、何よりです」


「くちゃくちゃ……話はもどるけどなー、無線機って、知ってるー?」


「知っていますけど……浮上しなければ、使えないと聞いております。……冒険ですよ」


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