第171話 ボールドウィン侯爵の最後
「ウィックシ!」
自分のクシャミでカーターは目を覚ました。
脂肪をギリギリまでそぎ落とした肉体は、寒さに極端に弱いのだ。
「…………」
まず目に入ったのは、鉄格子。
牢屋の中である。粗末なベッドの上でカーターは寝ていた。
「……やれやれ、このオレ様が負けるとはな」
鉄格子に触れてみると、魔力が吸い取られる。
魔法を無力化する物質が使われているらしかった。
なお、科学的な解明はされていない。
カーターは胡坐をかいて腕を組む。
何がいけなかったのか。
一つは徹夜でのポージング。
一つはフルメントムから王都までのマラソンによる消耗。
一つは朝の食事を採らなかったこと。
「うむ、当然の結果だ!」
加えてムーサから王都までの自転車旅も理由の一つではあっただろうが、カーターの脳裏からはすっかり抜け落ちていた。
「あのヤロウ、オレ様の『ホワイトバレット・フロム・ゴールデンボール』をかわしやがって!」
『ホワイトバレット・フロム・ゴールデンボール』とは、エミリーの好きな色であるホワイトと、手榴弾を意味するゴールデンボールを合わせた超必殺技の名前である。
ドピュッ! と出る防御魔法を弾丸、つまりバレットに見立てたのだ。
「技の名前が長すぎるのも問題だな! 『ホワイトバレット・フロム・ゴールデンボール』、略して『ホル』だな!」
カーターは自らの天才的な思いつきに、深く何度も頷いた。
精神が密接に関係する魔法では、技の名前を叫ぶことで威力や精度が上昇するとされる。
格闘技で声を出すのと同じだ。
「賑やかですな」
「誰だ、アンタ?」
向かいの牢屋に入っていたその男は、カーターを見ると目を細めた。
「懐かしいな。君がボールドウィン卿の息子か。大きくなったものだ」
悪い気はしないが、そこは『デカイ!』と言うべきだ。
「いや、だから誰だよ」
「ジェシー・ロイ。かつて、総理の椅子にあった者だよ」
男は溜息をつくように名乗った。
壮年の男だが、落ちくぼんだ目とこけた頬は、まるで老人のそれである。
やっと思い出す。新聞に載っていた写真では、もう少し若かったような気がするが、牢屋に入れられているくらいだ。
老け込みもするだろう。
「おう、あの謀反者か! 裏切者の末路はそんなものだぜ!」
ロイは溜息をつくと、頭を掻いた。
「返す言葉もないな」
「そらそうよ」
「ところで、君は知っているのか? なぜボールドウィン家がお家取り潰しの憂き目にあったかを」
「知らんな! 興味も無ぇ! 黙ってろや!」
「嘘だな」
「ウソじゃねぇ! その臭ぇクチいっぱいに木工用ボンドを詰められたくなかったら、黙ってな!」
「フフフ、怖いな。……まあいい。ところで――」
ロイは不敵な笑みを浮かべた。
「すごい筋肉だな?」
カーターは立ち上がった。
ロイに背を向け、広背筋を強調する。
視線だけをロイに向けた。反応を見るためだ。
「ケッ! そこまで話したいなら、聞いてやってもいいぜ! 早く話せ!」
「やれやれだ……」
ロイは、とても面倒くさそうに語り始めた。
◆ ◆ ◆
艦長はパイプを吸うと、天井に向けて煙を吐き出した。
「こちらの世界にも似たような逸話がある。かつて楽園に住んでいた人類は、知恵の実を食べたことで楽園を追われた……という話だ。人類に知恵の実を食べるよう誘惑した蛇を、悪魔の使いとみなす教えも地球にはある――」
艦長は目を伏せる。
「この世界の人間にとって、地球人こそが蛇なのだよ」
「…………」
確かに、そういった側面もあるかもしれない。
ビンセントは生まれていなかったが、父や母の昔話では、のどかで牧歌的な世界だったという。
地球人はこの世界に、近代兵器が跋扈する大量殺戮を完成させてしまったのだ。
「譲二が来た頃、この世界は地球で言う中世レベルだった。ヤツの気持ちもわかるさ。遥かに進んだ技術をひけらかして、チヤホヤされたかったんだよ。……俺だってそうだ。何をやっても褒められるから、どんどん色々な事をやってみたくなる――」
艦長はジョージ王を知っているらしい。
僅かずつだが、また浸水が始まっている。
しかし、今動くわけにはいかない。
「そんな浅はかな考えを、見抜いていたのかな……先代のボールドウィン侯爵は、譲二の即位に反対した」
「えっ!?」
思わず声が出てしまう。
キャロラインが柔らかそうな唇の前で、人差し指を立てた。
「しっ、静かに」
「す、すいません」
ビンセントに笑みを向けると、艦長は続けた。
「なあに、少し喋ったくらいで探知できるソナーなど無い。気にするな。とにかく、そのため先王の怒りに触れ、ボールドウィン家は取り潰されたのさ」
「なるほど……サラさんはこの事は?」
「……今、知ったよー」
確かに、侯爵家を取り潰せるような権力者は王家以外に無い。
おそらく、カーターも知らないはずだ。
誰が聞いても教えてくれなかったからだ。
カーターの性格上、知っていれば素直に答えていたただろう。
「ボールドウィン侯爵は、地球人が権力を握ることを恐れた。正確には、権力を握った地球人が、他国に利用される事を恐れたのだ」
「…………」
「しかし、手遅れだった。諸外国は俺たち地球人を囲い込もうとしていた……いや、『資源』として奪い合いを始めていたのさ。俺たちは石油やガスと同じ扱いだった。これが、『大陸戦争』の本質だ」
思わず生唾を飲む。
「人間を資源だなんて……いや、そんなものか」
「そんなものだよ。どこの世界でもな。ビンセント、お前が一番わかっているのだろう?」
「…………」
いくらでも替えの利く、使い捨ての消耗品。それが人間だ。
戦場においてその事実が揺らぐことはない。
しかし、それは個人の生き方をどうこうする物でもないだろう。
「脅迫されて嫌々協力している者も居る。あるいは、この世界の人を見下して、地球人相手には使えないような恐ろしい武器を作ったバカも居る。毒ガス、細菌兵器……」
キャロラインが顔を上げた。
「艦長は、タニグチを知っていますか?」
「……ああ。何度か話したことがある」
「原子爆弾は、彼が作っています」
「情けないことだな。せっかく異世界に来たのに、地球をまんま再現するとは……発想が貧困すぎる――」
艦長が深く溜息をつくのが、煙によってよくわかる。
「だが、この世界の人々にとって、誤算があったのも確かだ」
黙って話を聞いていたウィンドミルが帽子を取った。
疲れた顔はそのままだが、以前よりも生き生きとしている。
奥さんが子供を連れて実家に帰ったという話を聞いたが、もしかしたら戻ってきたのだろうか。
「後は、私から続けましょう。艦長はお休みください」
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