第169話 繰り返される歴史

「そう、もう少し脇を締めて。絞るように引き金を引いてください」


「こう、ですの?」


 言われた通り引き金を引くと、爆音とともに衝撃波が顔を包んだ。

 肩に予想以上の衝撃が伝わる。

 不用意に撃てば脱臼の恐れがあるだろう。

 弾は命中し、ガラス瓶は砕け散った。


「お見事」


「おじ様の教え方が上手いんですの」


「マーガレットさんの実力ですよ。イザベラさんは五発中、三発外していますからな」


「おほほ、気合だけではどうにもならなくてよ」


 町外れの平原で、空き瓶を的にマーガレットは射撃と銃の扱いを習っているのだ。

 傍らでは、荷物を担いでいたエクスペンダブル号が我関せずと草を食んでいる。

 銃声が何度鳴っても、全くうろたえた素振りを見せない。

 さすがベテランの軍馬である。


 少し離れたところでは、イザベラとモニカがランチボックスを広げ、サンドイッチをつまんでいた。

 トニーの授業はイザベラと交代で受けている。

 周囲に響く銃声さえなければ、さながらピクニックといったところだ。


「弾込めはボルトを開いて戻すだけですから、簡単なものですよ」


「いちいち面倒ですわ。五発撃ったら詰めなおすのも」


 トニーは遠い目をした。


「ワシの頃は、一発ごとに先っぽから火薬と弾丸を詰めておりました。何より、命中率が大違いです。……時代ですなぁ」


 授業を始める前、模範演技としてトニーが射撃したのを思い出す。

 トニーの腕は、マーガレットとイザベラの想定を大きく超えていた。


 的に使うのは空き瓶や空き缶だが、トニーは瓶を並べると、口にあしのような草を適当に差したのだ。

 そして、それらの草だけを連射で全て散らしてみせた。

 瓶がもったいないから、と照れ臭そうにしていたが、当然そちらの方が難易度が高い。


「おじ様はいったい……」


「ただの雑兵でしたよ。三十年前のクレイシクとの戦争でね。負傷して病院に担ぎ込まれ、そこで出会ったのが……」


「モニカさん、ですのね?」


「ええ。看護師でした。あいつが包帯を巻く姿、久々に見ましたよ」


 もちろん、先日担ぎ込まれたサラとビンセントの事だ。


「戦場のロマンス! ステキですわ……」


「そうでもありません。ワシがあまりにも情けないから、放っておく訳にはいかない、と……」


 トニーは恥ずかしそうに頭を掻いた。


「おほほ、おば様は心配性ですものね」


「上官だったチェンバレン小隊長が、仲を取り持ってくれたのです」


「それって……イザベラのお父様?」


「ええ、当時は少尉でしたな。ワシは一等兵でした」


「なんだかこう、運命的なものを……感じますわね」


 少し、胸が痛んだ。

 やはり、あの二人は何かしらの絆、のようなものがあるのだろうか。


「敵の投石器がリーチェにあった砦を粉砕しましてな。たまたま一緒にいたワシらは、砦の地下に生き埋めになりました」


「投石器、ですって?」


「当時はまだ、現役バリバリの攻城兵器だったのです」


「信じられませんわ」


 ジョージ王のもたらした技術が、いかに革命的だったかがよくわかる。

 投石器など、今や歴史の授業でしか出てこないのだ。


「ワシらは数名の仲間と共に、当時建設中だった地下道をどうにか掘り当て、脱出に成功しました」


 意外な関係である。

 イザベラからは、そのような事は一切聞いていない。

 おそらく、本人も知らないのだろう。


「まさか、出口はカスタネに?」


「ご存知でしたか。今もあるとは驚きです」


「ええ」


 坑道爆破でリーチェが吹き飛んだ翌日、シャワー室の床からビンセントたちが這い出してきたのだ。

 物量で圧倒的に勝る連合軍を四年も食い止めたのは、あらかじめ準備された地下道があり、それを拡幅して再利用したかららしい。


「そうですなァ……ウィンターソン伯爵との出会いも、その時でしたな」


「なんですって?」


 マーガレットは目を丸くする。

 トニーは苦笑いすると、モニカの方を見た。

 イザベラと何か楽しそうに話しているが、声は聞こえない。


「今は王立学院の保養所が建っておりますが、当時は平民向けの公衆浴場がありました。たまたま出口が女湯に通じており、ワシらは痴漢として逮捕されたのです」


「…………」


 思わず呆れてしまい、自分の額に手を当てた。

 逮捕芸はビンセント家の伝統らしい。


「その時、衛兵隊を指揮していたのが、お父上……ウィンターソン伯爵です」


「世の中、狭いですわね」


「妻と出会ったのはその時が最初でしてな。ウィンターソン伯爵はモニカを見初め、妾にならないかと迫りました」


「なんですって!? 初耳ですわ!」


 マーガレットにとっても衝撃の事実であった。


 なお、当時は貴族と平民は結婚が出来なかったという。

 だから、妻ではなく妾なのだ。

 ただ、あくまでも制度上の話であり、抜け穴はいくらでもあったと思われる。


 流民のジョージとマリア王女を結婚させるために先王が正式に制度を変えたのは、その後の事らしい。


「平民のモニカに断れるはずがありません。しかし、元々ライバル関係だったらしいチェンバレン伯爵は気に入らなかったのでしょう。お二方は決闘になりました」


 イザベラの性格は父親譲りらしい。


「……そ、それからどうなったんですの!?」


「ワシは右往左往しているうちに、流れ弾の魔法で負傷し、モニカの看護を受けました。長引いた戦乱の影響と、その他もろもろで、ワシらが結婚するには何年もの時間がかかりましたが」


 マーガレットとしては省略された『その他もろもろ』が気になるのだった。

 しかし、何となく状況はわかる。

 今では二人ともそんな素振りは見せないが、当時は血気盛んな若者だった、ということだ。

 トニーは袖をまくると、古い傷跡を見せてくれた。

 火傷なのか凍傷なのか、判断は付かない。


「お父様に話したら、どんな顔をするでしょうね、おほほほ」


「若気の至りゆえ、堪忍してやってくだされ。お二方とはそれ以来会っておりませんが、マーガレットさんがご存じないとあれば、きっと恥じているのでしょう」


 やがて、口をモグモグと動かしながらイザベラが歩いてくる。

 そろそろ休憩にするのもよいだろう。


「何を話してたの?」


「内緒ですわ。おほほほほ」


 視線を向けるとトニーは目を伏せるが、その口許は緩んでいた。

 イザベラは溜息をつきながらかぶりを振る。


「妻子持ちのナイスミドルに妻の前で口説かれて、鼻の下を伸ばすなんて。……情けないわねぇ。これだから恋愛脳は」


「それはあなたでしょ! なんでそうなるの!」


 イザベラの表情は、どことなく楽し気であった。

 何となくだが、モニカから同じような話を聞いていたのだ、とマーガレットは直感した。

 イザベラもそれに気付いたのだろう。にこりと笑うと、エクスペンダブル号の足元を指差す。


「勝負する? ちょうど瓶が十本あるのよね」


「望むところですわ!」


 歴史は繰り返す。しかし、結果が同じになるとは限らない。


 割れた空き瓶を片付ける頃には、日が暮れつつあった。

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