第164話 話せばわかる

 フルメントムでは自動車が珍しいようで、早朝作業の農家のおじさんたちが目を丸くしてこちらを眺めていた。


 一行が辿り着いたのは、フルメントムの町外れにある教会だ。

 ヨークが二台分の支払いを済ませる。


「ここが……」


 レイラたち三人は、やはり浮かない顔だ。

 ただ食事に街に出ただけなのに正統政府の幹部に出くわすとは、運が無かったとも言えるし、不注意だったともいえる。


「カーター兄ちゃんだー!!」


「お帰りなさーい!!」


 出迎えたのは、四人の子供たち。

 男の子が大中小の三人と、女の子が一人。

 本来であれば、ここにエミリー・ホイットマンが居たはずである。


「おう! みんな、しばらくぶりだな! 元気だったか、ハッハッハ!」


 カーターも見るからに嬉しそうで、四人全員を抱え上げた。

 さり気ない筋肉自慢が神経を逆なでするが、子供たちの笑顔は本物のようだ。

 さぞや頼りにされていたことだろう。


「ハーレムだー!!」


「さすがカーター兄ちゃんだー!」


 やはり身分を問わず教育の機会を与えなければ、この国に未来は無い。


 ◇ ◇ ◇


「レイラ・バーキンよ」


「ドリー・マクフェイル」


「メイ・ハーバーですぅ」


 三人は、この教会で匿われる事になる。

 カーターはこれ見よがしに上腕二頭筋を見せつけた。


「今日からコイツらがお前たちの面倒を見るからな! 便所掃除でもトレーニング器具の手入れでも、何でもやらせろ! それからな――」


 カーターの腕がヨークの首をガッシリと掴む。


「コイツが監督、兼コーチだッ!! みんな、仲良くなっ!!」


「えっ?」


 子供たちがなぜかヨークを取り囲み、飛び跳ねたり抱き着いたりしてくる。


「監督ー!!」


「よろしく、コーチ!」


「カントクー!」


 訳が分からない。

 何を監督し、何をコーチすれば良いのだろうか。


「ビクター・ヨーク少尉!」


「はっ!!」


 カーターが叫ぶと反射的にヨークは直立不動の態勢を取り、挙手の礼をする。

 軍人である以上、ほぼ脊髄反射である。


「そういうことだ!」


「どういうことでしょうかっ!」


「こいつらを見張れ! 決して逃がすなっ!」


「了解ッ!」


 ようは、捕虜を見張れという事らしい。

 ボールドウィン侯爵は国内有数の大貴族……というのは先代の話であり、領地も無ければ使用人も居ない。

 自由にできるのはこの教会だけであり、子供しかいない以上、当然の処置と言えた。

 正直を言えば交代要員が欲しいが、今すぐは無理だろう。


「じゃあオレは王都に戻るからな!」


 カーターは走り出す。

 しかし、タクシーはすでに帰ってしまったのだ。

 二百メートルほど行ってすぐに引き返してくる。


「金、借りるぞ!」


「は?」


 カーターはヨークの財布を引ったくり、そのまま走り出す。

 今度は戻らなかった。


 ◆ ◆ ◆


 田園地帯を抜け、川を泳ぎ、王都への道をカーターは走る。

 少しずつ家が増え始め、やがて区画整理された市街へ。


 通勤ラッシュも終わり、行く手を遮る者は誰も居ない。

 スーツや作業服姿の労働者、商店の店員や客、学生や主婦。

 様々な人々が行きかい、カーターには誰も目もくれない。


「ほっ、ほっ、ほっ、ほっ」


 走るのは良い。

 もっとも基本的なトレーニングだ。

 アスリートにとって、息をするのと同じである。


 王都の様子は普通である。

 エイプルは戦争中、それも王都はクーデター後の戒厳令下とはとても思えなかった。


 それも、ある意味では当然かもしれない。

 大多数の庶民にとっては、為政者が誰であろうと税金の納め先が変わるだけだ。

 それよりも、明日のパンの方がよほど重要な問題である。


「オッス!」


「お、……オッス……!?」


 門衛所に立つ衛兵に声を掛け、城の内部へ。

 普段は厳重な警備が敷かれているが、新たな主が気に喰わない衛兵たちの士気は低く、ほぼフリーパスであることはキャロラインから聞いている。


 そのまま中庭を抜け、階段を登り、回廊を渡って謁見の間へ。

 入口はさすがに衛兵によって固められている。

 二人の衛兵が槍を交差させ、行く手を阻んだ。


「誰だ!」


「おう、カーター・ボールドウィンだ」


「アポイントは!?」


 カーターは右手と左手、それぞれで一人ずつ当身を入れる。

 衛兵は声も無く倒れた。

 数日間食事ができないかもしれないが、死んではいない。


「今から取るぜ! 本人に直接会ってな!」


 丈夫な、それでいて豪勢な扉を開く。

 赤絨毯の最奥、玉座の上に座る男は、間違いなくエリック・フィッツジェラルド。

 傍らにはマイラが立っていた。


「オッス! 久しぶりだな!」


「……筋肉か。何の用だ」


 さすがにここは走らない。

 大股でずかずかと歩き、エリックに詰め寄る。


「エミリー居るか?」


 エリックの眉が動いた。


「エミリーに、何か用か?」


「アイツ居ないと靴下の場所とかわからねぇから、連れ帰りに来たぜ! ちょっとの間でいい」


「どのくらいだ」


「一万二千年くらいかな! 宇宙の歴史から見れば、ほんの一瞬よ!」


 戦いは最後の手段だ。

 まずは話し合う意志と姿勢が大切であり、力だけでどうにかしようと思ってはいけない。


「帰れ」


 どうやらわかってくれたらしい。言ってみるものだ。


「わかった。で、エミリーはどこだ? 早く呼んでくれや」 


「…………」


 エリックは無言で立ち上がると、マイラに目配せする。


「っ……」


 マイラは何か言いたそうにしていたが、結局奥の扉へと消えた。


「タクシー呼びたいから電話も貸せ!」


「…………」


 エリックは返事の代わりに右手をカーターに向けた。

 手のひらに真っ赤な魔方陣が浮かび上がる。


「おい、どういうことだッ!?」


 カーターは防御魔法を展開するが、爆発の威力は凄まじく、フルパワーのシールドをもってしても完全な防御はできなかった。

 思わず膝をつく。


「さすがに頑丈だな」


 エリックが小首をかしげるが、分からないのはこちらも同じだ。


「おい、いきなり何だ! お前が帰れというからエミリーを連れて帰ろうとしただけだぞ、オレは!!」


 全身にかなりの衝撃が走っていた。身体が上手く動かない。


「そういう意味じゃない。エミリーは、俺の女だ」


「ふざけんな! エミリーがウンと言うわけねぇだろッ!!」


 違和感に気付く。

 頬に触れると、手に赤いものが付く。……切れていた。


 カーターがこれほどの傷を負ったのは、子供の頃崖に咲く花を取ろうとして転落して以来だった。


「このオレ様に魔法で傷を負わせたのは、お前が最初だぜ、エリック……」


「そうかい、そりゃ名誉なことだ」


 交渉は決裂だ。


「オレの新必殺技、『ホワイトバレット・フロム・ゴールデンボール』を食らい、地べたを這いつくばるがいい!」


「名前は何とかならんのか?」


 カーターはポケットから手榴弾を取り出すと、ピンを抜いてエリックに投げつけた。

 同時にクラウチングスタートでエリックに向け全力疾走。

 起爆のタイミングを見計らって跳びあがり、全身を捻らせながら右足を突き出し、爪先から防御魔法をドピュッと展開する。

 同時に手榴弾が爆発。


「イクぞっ! ホワイト……」


 言い終わる前にエリックの座っていた玉座は砕け散った。

 名前が長すぎるのだ。

『ホワイトバレット・フロム・ゴールデンボール』は、手榴弾に相手の目を引き付け、その隙に魔法で攻撃するという頭を使う技である。

 しかし、エリックの姿は見えない。


「大したものだ。お前、確かに強いぜ。殺すのは惜しい」


「ぬうっ!?」

 

 首筋に強烈な衝撃が走り、カーターの身体は前のめりに倒れていく。

 声が聞こえたのは、すぐ後ろから。

 受け身を取ろうとするが……上手く行かない。

 それどころか、だんだんと視界が暗くなっていく。


「『無敵』が『無敵』であった試しはないぜ、カーター・ボールドウィン」


 エリックの声は、カーターの耳には届かなかった。

 カーターは、この時生まれて初めての気絶を経験する。

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