第159話 王都の長い夜

「……なるほど?」


 どうやらエリックの暗殺未遂があったらしい。

 最強の魔法使いも、グラスに塗られた毒で死にかけたというからお笑いだ。

 ドリーが続ける。


「エミリーが魔法で助けたんだけど……」


「ふん、慈悲深いのも考え物だな! エミリーなら相手が誰であろうと助けるだろうさ、『おまじない』でな! 教会の娘だぞ、あれでも!」


 ずっと昔、カーターも崖から落ちた時に助けられた事がある。

 今にして思えば、あれは回復魔法だったのだ。

 つまり、エミリーは王家の血を引いている事になる。

 魔方陣の召喚はしなかったので、魔法だとは思わなかった。

 なお、回復魔法以外の別のアプローチから傷を癒すことも可能らしいが、その場合解毒はできない。


「一つ、いいか?」


「な、何よ」


 レイラが顔を青くする。


「なんでサザーランド教授はクーデターなんてやらかしたんだ?」


 サザーランド教授が噛んでいるというのも、彼女らとの関係を考えた上での推測だ。

 しかし、ここはあえて自信たっぷりに言う。


「そ、それは……」


 レイラも、ドリーも、メイも黙った。


「答えられないか? ならオレ様が代わりに言ってやるぜ」


 三人が息を呑んだ。


「ただ、革命ゴッコがしたかっただけだ。違うか?」


「…………」


 誰も顔を上げない。

 カーターは畳みかける。


「だが第三連隊の軍人とジェシー・ロイが思いのほか優秀で、本当にクーデターを成功させちまった。教授は結局手に負えずに、エリックに全ての責任を押し付けた。ヤツに毒を盛ったのも、おそらくは教授だ……どうよ?」


「…………!!」


 場の空気が凍り付いた。


 カマかけである。

 根拠など全くない無い。完全なでまかせだ。

 カーター自身、アホな仮説であることはわかっている。

 だが、別の理由があるならば反論するはずだ。

 そこから真の理由を引き出せるだろう。

 カーターは心の中で手ぐすね引いて待っていた。


 しばしの沈黙の後、レイラが苦悶の表情を上げ、吐き捨てた。


「そうよ……! 全て、あなたの言う通り……! たぶん、犯人は教授よ……」


「は?」


「教授が目指していたのは、自分が総理大臣になること。でも、その後の事は考えてなかったみたい。本人は絶対認めないでしょうけどね」


「やああああっっっっっちまったなああああああああ!!??」


 カーターは頭を抱え、床を転げまわった。

 食器が落ち、音を立てて砕け散る。


「どこまでお坊ちゃんお嬢ちゃんの集まりなんだよおおおおおお!! 世間知らずにも程があるぜこのヒョロガリどもがああああああ!!」


 全身からの冷や汗を拭き取る気力もなく、カーターは喚き続けた。

 もう耐えられない。

 タンクトップを破り捨て、ズボンを脱いでレイラに投げつける。


「神聖エイプルをどこの国も承認しないのもそのためかよおおおおお!! アンタら、もう終わりだよ、終わり!! ギロチンと縛り首、どっちがいいか考えとけよなあああああ!!」


「だって、知らなかったのよっ! でも、エリックなら何とかしそうじゃない!?」


「あんたらエリックを何だと思ってるんだよおおおおお!! 学生だぞあいつはあああ!!」


 カーターは自分のパンツに手を掛けようとしたが、思い直して椅子に戻った。

 他の客はすでに避難しており、もう誰も居ない。

 店員だけが泣きながらカウンターで突っ伏していた。


「……で、教授はどこだ? 知らんとは言わせねぇぞ」


 三人とも、俯いて黙った。

 誰も、カーターと目を合わせようとしない。


「…………」


 これは、知っている顔だ。

 適当な地名を出せば、『イエス』か『ノー』くらいは推測できそうだ。


「……オルスか」


「…………」


 メイが、泣きながらドリーの裾を引っ張る。


「もうダメだよう……この人、全部知ってる……」


「誰よ、漏らしたの……レイラ、あなたでしょ」


「な、何よっ! ドリーこそ!」


 カーターは頭を抱えた。

 こんな情けない連中を相手にして、死んでいった仲間が哀れでならない。


 もう、パンツまで脱ぐしかない。


 カーターがパンツのゴムを引きちぎろうとした時、三人は拝むようにして膝をついた。


「お願いです……どうか、お助けください!」


「何でも言う通りにしますから……」


「死にたくないよぉ……」


 カーターは思わず叫んでいた。


「みんな死にたくなかったっつーのっ!!」


 ◇ ◇ ◇


 窓の外に目をやると、公衆電話のボックスが目に入る。


「電話をかけてくる。逃げたらもう、あんたらは確実にお終いだ。逃げなくてもお終いかもしれねぇけどな」


 財布を手に、カーターは店を後にする。

 公衆電話とは、街頭に設置され、誰でも使うことができる電話だ。

 硬貨を投入すると種類に応じてベルが鳴り、その音を聞いて交換手が支払いを確認する仕組みになっている。


「は、はい……あの、その、ビンセント薪店です……」


 モニカの声だ。


「オレっす。カーター・ボールドウィン。この間はドーモ! ヨーク少尉、そっちに行ってます?」


「は、はい、お待ちを……」


 バタバタという音が聞こえる。

 本来ならば、ウィンドミルに連絡するべきなのだろう。

 しかしウィンドミルは各地を忙しく飛び回っており、ほとんど連絡が付かない。


 しばらくして、受話器にはいかにも爽やかな好青年といった声が響いた。


「ヨークです」


「おう、オレだ。今から王都に来てくれ」


「は?」


 今までいた店の看板に目をやる。


「南一条の『アンモナイト』って店だ。なるべく早く頼むぜ」


「は? 汽車も止まってますし、どうやって……」


 ヨーク少尉は少々理屈っぽい所がある。

 思慮深いといえば聞こえはいいが、時と場合によって、考え過ぎて何もできないという事でもある。

 もっとも、だからこそカーターと相性が良かった。

 欠点は補い合えば良い。これはビンセント相手でも同様である。


「いいから来い! でないと、お人形で遊んでること言いふらすぞ!」


「そ、そんな――」


 時間切れとなり、通話が途切れた。

 ヨーク少尉は貴族とはいえ、歩兵部隊の指揮官である。いくらでも歩けるはずだ。

 徒歩で来るなら、おおよそ八時間。

 街頭の時計を見上げる。


 じゅうぶんな時間だ。こんな機会はそうそう無い。


「夜は長いなぁ? ククク……」


 周囲の人の怪訝な視線も、カーターには筋肉を称賛する視線のように感じられていた。

 直接店内に戻らず、隣の薬局へ。


「ワセリンだ」


「は? あんた、パンツ一丁で何を……捕まるよ?」


 店主は怪訝な表情を向ける。

 どうやら聞こえなかったらしい。


「ワセリンだ。これで買えるだけくれ」


「は、はぁ、毎度あり……」


 カウンターの上では、十数枚の銀貨が怪しげな光沢を放っていた。


 ◇ ◇ ◇


 紙袋一杯のワセリンを抱えたカーターは、『アンモナイト』に戻る直前に気が付いた。


「しまった! カスタネの冒険者ギルドに連絡すれば良かったんだ! でも、もう金ねぇし、いいや」


 ワセリンの方が重要である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る