第152話 最後の希望

「何を言っているんです!」


 また持病のワガママが発症してしまったかと思ったが、そうとも限らないようだ。


「私まで行ってしまったら、誰がムーサを守るの!? お義父様とお義母様、レベッカちゃんを誰が守るの!? 戦えるのは私だけだわ!」


「!!」


 それは、確かに引っかかっていた。

 母はああ言っていたものの、戦場と化したムーサに家族を残していくのは心残りだったのは間違いない。


「じゃあ、イザベラさんが代わりに船に――」


「バカッ! お義母様はなんて言ってたのよ! もう忘れたの!?」


 ビンセントは唇を噛んだ。

 サラを守って最後の最後まで戦う。

 それがビンセントの使命であり、母の言い付けでもある。

 いずれにせよ、最終兵器が完成してしまえば全て終わりだ。


「私を信じて。…………ね?」


 イザベラは誰もが見とれるであろう、花のような笑顔を向けてくる。

 おそらく、今までに見たイザベラの笑顔の中で、最も美しいものだった。


「大丈夫ですわ! このわたくしも居ますもの! このおバカを放っておいたら、何をしでかすかわかりませんものね、おほほほほほ!!」


「マーガレットさん!」


「ブルース。もっとわたくしたちを……頼ってくださいな」


 マーガレットは満面の笑みを浮かべつつ、船外機の舵に手をやる。

 ボートは滑らかに向きを変え、潜水艦から離れて行った。


「それではごきげんよう、おーほっほっほっほ!!」


 マーガレットの高笑いがいつまでも響いていた。


 ビンセントは歯を食いしばり、拳をきつく握りしめる。

 彼女たちは攻撃魔法を使えるが、現代の兵器の前には無力に近い。

 しかし、それでも信じるしかない。

 頼るしかない。


「すいません……! 必ず……必ず戻りますッ……!!」


「いいから早くしろ!」


 水兵に襟をつかまれ、ビンセントの身体はハッチの中に引きずり込まれる。


 ◆ ◆ ◆


 ビンセントたちを収容した潜水艦は、再び海面を湧き立たせながら潜航していく。


「見ろ! タリス! 『サラ・アレクシア』が行く! あれが我々の最後の希望だ、我々の使命は達成だ! 大勝利だぞっ!!」


「…………」


 返事はない。

 ヨークはタリス軍曹を振り返る。


「タリス…………?」


 タリス軍曹は両手に短機関銃を構えたまま、微動だにしない。

 胸に、腹に、肩に、脚に。

 それぞれ弾を撃ち込まれ、全身が真っ赤に染まっていた。

 しかし、それでもタリスは倒れない。


 その表情は、笑っていた。

 まるで娘を見送る父親のように、穏やかで優しい笑顔だった。


「…………頑張ったな。立派な、お父さん……!」


 ヨークは見開かれたままのタリス軍曹の目蓋を手で閉じると、未だ残る敵兵に向けて左手をかざした。

 手のひらの先、十センチほどの空間に真っ赤な魔方陣を浮かべる。

 右手にはサーベル。銃撃を受け止めたため、先端が折れていた。

 先祖代々伝わる名刀であり、柄に埋め込まれた宝玉は魔法を増幅する効果がある。


 しかし、それでも魔法は決して得意ではない。

 ヨーク自身は非常に弱く、戦いでは常に部下のサポートを必要とする。

 その部下も、タリス軍曹が最後の一人だった。


「お前だけを逝かせは、しないさ……!」


 しかし。


「カッコつけてる場合かよ! 後で、って約束したろうがっ!!」


「うがっ!」


 カーターの逞しい腕が、まるでラリアットのようにヨークの首を抱えると、天地が一瞬で回転する。


「…………!?」


 呼吸ができない。

 声も出せない。


 しかも、体も動かない。


 ここは、どうやら水中のようだ。

 半ば無意識に水面を目指そうとするが、カーターの力強い腕はそれを許さない。


「だ……だずげ……で……」


 薄れゆく意識の中、ヨークはカーターと共に深い海の底へと沈んでいく。


 ◆ ◆ ◆


「行ってしまいましたわね」


「そうね。……寂しいわ」


 ボートの上では、イザベラとマーガレットの二人きり。

 ムーサ港は神聖エイプルに占拠されている。

 このまま真っ直ぐ戻る訳には行かない。


「わたくし、さすがに今回は自分の無力さに呆れましたわ」


 マーガレットは溜息をつくが、イザベラも同感であった。

 しかし、それを言ってしまっては本当に終わりな気がする。

 だから、あえて強がりを言い、マーガレットをおちょくるのだ。


「やっと気づいたの? ……じゃあ、帰りましょ!」


 潜水艦の艦載砲で敵の内火艇は沈められたが、全部とは行かない。

 まだ一隻残っている。

 しかし対抗手段は無く、逃げるしかない。


 イザベラは残った魔力を絞り出すように、火の玉を海面に叩きつける。

 大量の湯気に身を隠して、文字通り相手をけむに巻くのだ。


「……ノーラ?」


 湯気の隙間から内火艇に一人だけ女が乗っているのが目に入る。

 怒りに燃えた瞳でこちらを睨みつけていた。

 湯気の中にあっても、その瞳だけが視界から消えない。


「まずいですわね、よりにもよって。ノーラは女への拷問に定評がありますわ」


 イザベラとノーラが絡むことは殆ど無く、風の噂に聞こえる程度だったが、どうやら事実らしい。


 ノーラの得意な魔法は電撃。

 射程は短いが、絶大な威力を持つという。

 もっぱら拷問に使っているとの噂だ。


「マーガレット。いい事思いついたんだけど」


「聞きましょ」


 イザベラは今思いついたアイデアを手短に話す。


「ま、やるだけタダですものね」


「そうそう、女は度胸。何でも試してみましょ」


 マーガレットが魔法で作り出したのは、氷でできた中空の円盤。

 大きさは直径五十センチほどだ。

 最初はゆっくりと、だんだんと速く回転していく。


「よろしくてよ」


「うん」


 イザベラも魔力を込める。

 氷の中で、炎が躍った。

 魔法の射程はせいぜい百メートルほどだが、内火艇はそのさらに先だ。


「行きますわっ!!」


 マーガレットが更に魔力を込めると、円盤は勢いよく飛んでいく。

 だんだんと高度を下げ、やがて水面に当たると勢いよく跳ね上がる。


「行ける?」


 水きりの要領だ。

 二度、三度と水面を跳ねた円盤は、有効射程をはるかに超えてノーラの内火艇を目指す。


「そこだッ!!」


 内火艇のスクリュー付近に当たって砕けた氷からは出たのは、イザベラの炎。

 形こそ違えど今乗っているボートと基本的に同じであれば、あの辺りにはガソリンタンクがあるはずだ。


「いよっし!!」


 内火艇は爆発、炎上し、人影が海中に飛び込むのが見える。

 その中には、ノーラらしき女もいた。

 

「さあマーガレット、逃げるわよ!」


「わたくしに命令しないでいただけますこと?」


 口ではそう言いつつも、マーガレットは船外機のスロットルを全開に、舳先を港外の岬に向ける。

 ボートの舳先が跳ね上がり、未だ潜水艦の余波が残る海面を跳ねるように加速していく。

 このまま港に戻る訳には行かない。

 岬を迂回して上陸し、陸路で戻るしかないだろう。


「こんな所で終われないものね!」


「そうですわ、わたくしたちの決着も付いてなくてよ」


「ブルースは私のものよ! 諦めが悪いわね、マギー?」


「褒めても何も出ませんわ、ベラ!」


 そんな場面であっても、二人はなぜか笑いあった。

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