第150話 ヨーク分隊、かく戦えり

「みんな、準備はいい?」


 全員が無言で頷く。

 キャロラインが魔法陣を浮かべると、カーターがマンホールの蓋を跳ね上げた。


「行くよっ!!」


 きつく目を閉じるが、まぶたを通して閃光が辺りを包んだのがよくわかる。

 同時にエイリーとマッキーが小銃擲弾を打ち出し、敵が怯んだところへタリス軍曹が短機関銃を両手に持って乱射する。


「行くぞ野郎どもっ!」


 陽光にギラリと光るサーベルを掲げたヨーク少尉が、タリス軍曹と共に穴蔵を飛び出す。


「総員、突撃イィィィィィァッッ!!」


 その背に守られるように、サラを背中に背負ってビンセントは走る。

 ひたすら走る。


 ほぼ全方向から響く銃撃の音。

 空気を切り裂く音が何度も顔の側を通り抜け、足元の地面に大きな穴がいくつも穿たれる。


「イザベラっ!」


「わかってるわ!」


 マーガレットが魔法で作り出した微細な氷をイザベラの炎で熱することで、大量の湯気で辺りを包んだ。


 後ろにはカーター。

 本当にいざという時には防御魔法を使ってもらうしかないが、そうそう連発はできない。


 まず目指すは、屋敷の通用口。

 当然押さえられているが、正門よりはマシなはずだ。


「どけどけどけどけェーッ!!」


 タリス軍曹の連射により、見張りの兵は声もなく倒れた。

 二丁拳銃ならぬ二丁短機関銃、短距離においては非常に強力である。

 命中精度を妥協した代わりに拳銃弾をシャワーのようにばら撒く。

 問題はその連射性ゆえの射撃時間の短さで、そこはマッキーやエイリーたちが小銃で援護してくれる。

 その間にタリス軍曹は弾倉を交換する。

 肩掛け鞄にはパンパンに弾倉が込められていた。


「危ないっ!」


 右側を守ってくれたマッキーが体当たりしてくる。

 ビンセントはよろめいたが、どうにか倒れずに済む。

 しかし、代わりにマッキーが倒れた。

 脚から血を流している。


「いいから早く! 早く行ってくださいっ! 中佐によろしく!」


「すまん!」


 ビンセントは再び駆け出す。

 マッキーは、カーターの後任としてチェンバレン中佐の従兵になっていた男だった。

 安全な司令部で働けると喜んでいたのを思い出す。

 たまたま中佐が休暇を取っていたため、巻き込む形になってしまった。


 後ろから発砲音がすると、塀の上に陣取っていた敵兵士がうめき声とともに転がり落ちた。

 動けないマッキーがせめて、と援護射撃をしてくれたのだ。

 おかげでどうにか通用口にたどり着く。


「!!」


 後方から幾つもの銃声が響いた。

 マッキーを振り返ると、彼は血溜まりの中で動かない。

 カーターが叫ぶ。


「相棒、振り向くな! 止まるんじゃねぇッ!!」


「こっちだ! 早くしろ!」


 ヨーク少尉の剣幕に引きずられるように、ビンセントは屋敷の外へ飛び出す。


「目を閉じて!」


 キャロラインの声に慌てて強くまぶたを閉じると、また閃光が辺りを包む。

 イザベラとマーガレットが協力して、再び煙幕で辺りを包んだ。


「行ける! 行けるぞ! 神聖エイプルなんて、俺がやっつけてやらぁ!」


 左を守ってくれていたエイリーが、小銃擲弾を走りながらセットする。

 狙いも何もない。

 路地の角に身を潜めている敵兵に向けて、放物線を描くように擲弾を打ち込むと、爆風で一瞬煙幕が晴れた。


「気をつけろ! 直接当たった訳じゃない!」


 エイリーは走りながらも次弾を装填する。

 長い髪が邪魔そうだが、本人は慣れているらしい。

 見た目だけなら完全に女。

 しかし、中身は完全に性別通りの男である。

 マーガレットを気に入っていたらしい。

 ブケートでタイプライターを貸したのが縁だったという。


「ほらよっ!」

 

 タリス軍曹が塀越しに手榴弾を放り投げてダメ押しすると、進路が開けた。

 曲がり角に駆け込むと、一息つく。


「エイリーは!?」


 銃撃で煉瓦塀が砕け、辺りに破片が飛び散る。

 エイリーの姿はやはり見えない。

 最後にエイリーの姿を見た辺りで爆発が起こった。


「エイリー!!」


「振り向くなっ!! 俺たちの目的を忘れるなッ!!」


 カーターは、ゆでダコのように顔を赤くしながら歯を食いしばっていた。

 地獄から来た鬼のような形相である。


 ◇ ◇ ◇


「ハァ、ハァ、ハァ…………」


 屋敷からムーサ港までは、約一・六キロ。

 普段であればものの距離ではないが、まるで丸一日走り抜いたかのようにクタクタだ。

 全身で息をしているのはビンセントだけではない。


 全員が疲労困憊だ。

 ここまでで、ようやっと半分。

 残りの半分が、絶望的に遠い。


 背中のサラに話しかける。


「サラさん、怪我はありませんか?」


「大丈夫だー」


「もうちょっとです。頑張って」


「お前もなー」


 サラは額の汗をハンカチで拭ってくれた。


 山の上からオートバイの爆音が近付いてくる。

 軍用のサイドカーで、舟には機関銃が据え付けられているタイプだ。


 舟から発火炎が光ると、カーターの防御魔法の結界に無数の小銃弾が突き刺さった。


「そんなん効かねぇ! オレは無敵だッ!!」


 カーターが結界越しに小銃を乱射すると、サイドカーは向かって左に向きを変え、やがて立木に激突した。


「どんなもんよ!」


 光る汗とはち切れんばかりの上腕二頭筋がうざい。

 それよりもカーターはこれで二回、防御魔法を使ってしまった。

 次の使用には、少しインターバルが必要なはずだ。


「だが、休んでいる暇は無ぇぞ! 港を固められたら、完全にお終いだ!」


 再び、走る。

 ひたすらに、走る。

 止まることなく、倒れることなく走り続ける。

 止まる訳にはいかない。

 倒れるわけには行かない。


 背中のサラに、傷一つ付けるわけには行かない。


「熱っ!!」


 ビンセントの右脚に、焼けるような痛みが走る。

 どうやら撃たれたらしい。

 見れば、太股が真っ赤に染まっていた。

 弾は抜けているようだが、走ることはできないだろう。


「だいじょうぶかー? だいじょうぶじゃないなー」


 背中越しにサラの右手が伸びると、山吹色の魔法陣が光を放ち、痛みがすっと無くなっていく。


「すいません、お手数をかけてしまって……」


「おたがいさまだー、わたしこそ無茶させてすまんなー」


 再び走る。ひたすら走る。

 キャロラインの閃光が敵の目を潰し、マーガレットの氷が盾となって敵弾を幾度も防いでくれる。

 イザベラの魔法で牽制し、タリス軍曹が短機関銃を乱射。

 カーターが背中を守ってくれていた。


 ヨーク少尉が先陣を切って切り込むも、協力してくれている五人の兵士は、一人、また一人と倒れていく。


「俺のことはいいから! 早く、早く行ってください! 殿下をお願いします!」


 そして、最後の一人が足を撃たれて動けなくなった。

 助けたいが、銃撃が激しくて近付けない。

 やがて彼は力なく倒れこんだ。


「くそっ……!」


 悲しむ暇さえもない。

 一生心に刻んでおくべき、その名前を聞く暇さえもない。


 かつて、サラたちと出会う前。

 リーチェの塹壕で、イザベラの写真を見て語り合った名もなき兵士を思い出す。

 彼の名前は、今もわからない。


 あんな事はもうご免だ、と思っていたのに、今また同じ思いをしている。

 せめて、もう少し時間が欲しかった。

 名前と、顔を覚えるだけの時間が。

 悲しい事に、それすらも与えられなかった。


「くそっ! くそっ! くそっ!」


 小銃を乱射しつつひたすら走るが、敵はどんどん湧いてくる。


「ほらよっ!」


 タリス軍曹が常人ではありえない遠投で手榴弾を投げ、道が開ける。


「どーだ!」


「やるじゃねぇか、おっさん! 無駄に長生きしてねぇな!?」


 カーターとタリス軍曹が拳を合わせた。

 ライバル和解の瞬間らしい。


 もう桟橋は目と鼻の先だ。

 しかし。


「何も……無い……?」


 豪華客船『サラ・アレクシアⅡ』は影も形も見えない。

 岬の影で待機しているということだろうか。


 背中のサラが前方を指差す。


「あれだー、あのボートに乗れー!」


 言われるがままに白く塗られた木製の桟橋を駆け抜け、モーターボートに飛び乗った。

 船体後部に船外機を取り付けるタイプだ。


 続いてイザベラが、マーガレットが乗り込む。

 キャロラインがもやいのロープを外しに掛かった。


「まさか、これが『サラ・アレクシア』じゃないでしょうね!?」


「バカにするなー! いいからエンジンかけろー!」


 いずれにせよ、このままでは袋の鼠だ。

 否応なしにボートで港から離れるしかない。


「!?」


 リコイル・スターターを引っ張るが、エンジン様はご機嫌斜めのようだ。

 何度やっても掛からない。


 桟橋前の護岸ではカーターとヨーク少尉、タリス軍曹が敵を押さえてくれている。

 魔力を回復したのか、カーターは再び防御魔法を展開し、ひたすら弾を受け止めている。

 結界のほぼ全てが敵弾に埋め尽くされていた。

 そう長くは持たないだろう。


「オラオラオラオラ!!」


 タリス軍曹は足元に薬莢の山を築きながら、短機関銃をひたすら乱射していた。

 ヨーク少尉も魔法で援護している。

 この時、ビンセントはヨーク少尉が魔法を使うのを初めて見た。

 軍人の中ではポピュラーな火属性魔法だが、火の玉ではなく火炎放射器のような帯状の炎である。

 射程は短く、牽制にしかなっていないようだった。

 戦場では確かにあまり役に立ちそうにない。

 火炎放射器の方が火力も射程も上回っている。


 魔法で戦おうとせず、指揮を取る事にのみ注力していたらしいヨーク少尉の方針は、正解であると言える。


「まだか!?」


 タリス軍曹の怒号が飛ぶ。

 しかし、エンジンは掛からない。

 焦れば焦るほどに機嫌が悪くなるばかりだ。


 何度引っ張ってもエンジンがかからない!

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