第148話 ビッグ・ジョージ
「命中、確認!!」
「命中、確認ヨシ!」
「次弾装填、急げ! 弾種、榴弾!」
「弾種、榴弾! 装填ヨシ!」
「装填ヨシ!!」
搭載されたエンジンが雄叫びを上げて唸り、巨大な油圧シリンダーをぐんぐんと押し上げていく。
巨大列車砲『ビッグ・ジョージ』は、正確にワイルド伯爵の屋敷に直撃したらしい。
通常は弾着観測員の連絡を聞いて照準を修正するのだが、今回はその必要は無さそうだ。
黒山の人だかりが各々役目に応じて動く。
まるで大量の蟻を見ているようで、得体の知れない不気味さを覚えた。
「近衛騎士団を一撃で吹き飛ばした超兵器か。何でも人力とは、大変だな」
地球ではコンピュータが全てやってくれる弾道計算も、この砲では機械式のアナログ計算機を使うそうだ。
「仰角そのまま! 発射ッ!」
「発射ッ!!」
轟音が辺りを覆い、大仰な煙が辺りを包む。
最大仰角で発射され、稜線越しに飛んで行く砲弾は、最大で高度一万メートルを超えるらしい。
落下速度は超音速で、回避は不可能とのこと。
「さすが陛下です。火薬を躊躇なくお使いになるとは」
サザーランドが深々と傅く。
しかし、他の貴族が常々そう言っているから使わなかっただけであり、エリック自身は当然火薬を忌諱することはない。
「こういうの、好きなんだよな。男のロマンっていうか、そういうのだ」
「お察し致します」
随分と調子の良いことを言う。
貴族でありながら好んで火薬を使う者は、あまりいない。
サザーランドがおべっかを使っているであろうことは明らかだった。
「サザーランド。あれを超える威力の魔法を使える者が、どれだけいる?」
「それはもう、エリック様だけにございます」
「そうだな、俺だけだ。そして、それが問題なのだ。もう、火薬が嫌だの何だのと言っている場合ではない」
「ははっ!」
サザーランドは神妙な顔で頭を垂れた。
火薬が便所の土から作られていたのは過去の話だ。
「平民を侮るなよ。誰もがビンセント並に戦えるのであれば、もはや貴族が国を支配する道理はないからな」
「ビンセント……? それは、いったい……」
サザーランドもビンセントとの面識はある。
カスタネの夜会の会場で、警備員をしていたのだ。
しかし、おそらく会ったのはその時一度きり。覚えていなくても不思議はない。
エリックは思わず口端を歪めた。
「いや……お前が気にすることではない」
列車砲は次々と砲撃を繰り返す。
ムーサ領主の館が灰燼に帰すのが、目に見えるようだ。
「エリック様」
「なんだ」
マイラが盆に電話機を乗せて入ってきた。
ウィンターソン家から移籍したメイドだ。
女たちの中では、エリックに一番忠実といって良い。夜伽の腕も大したものだ。
他の女にはできないような事も受け入れてくれる、非常に都合の良い愛人だった。
「お電話にございます」
当然、携帯電話ではないので電話線を引き摺っている。
電話機のデザインは地球の黒電話によく似ていた。
ただし色は白で、金のモールで縁取られたセンスの良いものだ。
エリックは受話器を耳に当てる。
「俺だ」
「もしもしぃ? わ・た・し」
吐息交じりの煽情的な声は、ノーラ・ギボンだ。
地球人の魂を宿すエリックは、いわゆるオレオレ詐欺の懸念を拭えない。
この世界では電話の普及率が低いので、そこまでやる者は居ないだろう。
ムーサ領主の館に潜入し、集結しつつある旧エイプル軍の情報を送ってきたのも彼女だった。
今は市内に潜伏している。
「どうした?」
相手はわかっていはいるが、染みついた習慣として相手が名乗るまで名前を呼ばない。
「最近、ちょっと冷たいんじゃなぁい? ローズばっかり構っちゃってぇ。妬・け・ちゃ・う」
「そんなことはないさ。俺はお前だって愛している」
「ウ・ソ。でも、嘘でも嬉しいわぁ。ねぇ、エリックぅ……」
「なんだ」
受話器から吐息がこぼれるようだ。
しかし、通話の品質は地球の物と比べて雑音が多い。
基礎技術力の違いだろう。
「サラ王女の首を持っていったらぁ。……私を第一夫人にしてくれるぅ?」
「やけに張り切って出張ったと思ったら、狙いはそれか」
「そ・う・よ。私はぁ、一番がいいのぉ」
サラが生きていては、せっかく手に入れた国が分裂する。
子供を殺すのは気が引けたが、やむを得ないことだ。
もっとも、自分が直接手を下すのは気が引けたので、専門家に任せるつもりであった。
そのために砲撃後にとどめを刺す歩兵部隊をビリデ山に待機させてある。
ノーラが加わるのであれば、兵士の士気も高まるだろう。
あの無駄に露出の多い服装は伊達ではない。
「できるかな? お前に」
「たかが子供じゃなぁい? 簡単よぉ。じゃーねぇ」
通話が切れると、エリックは受話器を置いた。
正直、ノーラの趣味は理解に苦しむ。
「あいつ、処分した方がいいかもな」
ノーラは危険だ。
エリックにはひた隠しにしているが、常軌を逸する異常者であることはわかっている。
「ビリデ山の歩兵はどうしている?」
サザーランドは恭しく頭を下げた。
「屋敷の完全破壊をもって、制圧のために進軍いたします」
「ふむ。どの道逃げられるものでもあるまい。ノーラがどうしようと、結果は同じだ」
◇ ◇ ◇
エリックは玉座の間を後にする。
向かうは、女王の間。
警備の衛兵が敬礼をしてドアを開いた。中に入る。
「砲撃の音が聞こえるか?」
「…………」
「あの筋肉も、生きてはいられまい」
エミリーはキッ、とエリックを睨み付けた。
「兄さんが、そう簡単に死ぬとでも!? 『無敵の』カーター・ボールドウィンを、甘く見ないで!」
「強がりもいつまで持つかな? いい加減、俺を受け入れろ」
「絶っっっっっ対イヤッ!! あんたみたいなガリ、兄さんに掘られ…………背骨をへし折られるといいわ!!」
何か言い直した気がするが、気にしない方がいいだろう。
カーター・ボールドウィンにはそのケは無い。……はずだ。
大した問題ではない。……はずだ。
マーガレットとイザベラが勝手に言っているだけだ。……たぶん。
「…………」
エリックの脳裏に、一瞬だけパンツ一丁でポーズをとるカーターの姿が浮かんだ。
鍛えに鍛え、無駄に発達した全身の筋肉。
なぜかここ一番となれば全身に塗るワセリン。
無駄に爽やかな笑顔と光る歯。
パンツの上からでもその存在を強烈に主張するモノは、いかにも強力そうである。
そして、ワイセツ物陳列罪での度重なる逮捕。
「…………」
万が一の事もある。
戦えば決して負ける気などしないが、油断は禁物だ。
カーターの死体を確認するまで、エミリーに手を出すのは控えた方がいいだろう。
「ま、俺は無理強いは嫌いでね。……だが、あの筋肉が死ねば否応なしだ」
エミリーの平手が飛んだ。
唇をきつく結び、突き刺すような視線を向けてくる。
「ふふふ……」
強気な女は嫌いではない。
ノーラよりも、よほど第一夫人に相応しい。
あるいは、ローズよりも。
この腕に抱く日が楽しみである。
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