第147話 決戦の時 その二

「そ、そんなご無体な! わ、わしのワインをどうなさるおつもりで!?」


「うるせぇ! これより良い台があるのかよ!?」


 ワイルド伯爵が顔を青くしながら、カーターの後に付いてやってくる。


 カーターが担いできたのは、大きな酒樽。

 大きな音を立ててタリス軍曹の前に置く。

 侯爵に戻ったからと言って、やりたい放題である。


「さァおっさん、オレと勝負しろっ! あの時の決着、まだ付いてねぇぞ!!」


「ほほう? これは侯爵閣下。てっきり怖気づいたかと思ったがな」


「な訳ねーだろ! ヤルのか、やらねぇのか!」


 腕相撲で勝負するらしい。

 以前ブケートで再会した時も、腕相撲の真っ最中だった。


 指をポキポキと鳴らし、二人は睨み合う。


「…………」


「…………」


 両者とも、決して視線を逸らそうとはしなかった。

 まるで、先に逸したほうが負けだ、とでも言いたげに。


 だんだん顔が近づいていく。

 鼻と鼻の間には、指一本入らない距離だ。

 眉間にしわを寄せ、極めて凶悪な眼光が交錯する。


 睨み合いはたっぷりと一分間は続き、誰もが息を呑んだ。


「い、いかん!」


 肉を焼くのに集中していたヨーク少尉が台から顔を上げると、すぐに顔面蒼白となる。

 ビンセントに向き直るが、きつく唇を噛んだ。


「くっ、怪我人のお前ではだめだ!」


「は?」


 何を慌てているのかわからない。


「殿下、失礼します!」


「んー? 見ないのかー?」


 ヨーク少尉はサラを抱え上げた。


「イザベラさん! 向こうに景色の良い庭園が! マーガレットさんも連れて、早く!」


「何を慌ててるのよ。まあ良いけど。ブルース、行こう?」


 イザベラはビンセントの乗ったリヤカーを引いて、ヨーク少尉に続いた。

 マーガレットもキャロラインも談笑しながら付いて来る。

 この二人は本当に興味がないらしい。

 もちろん、ビンセントとて本音では興味がない。


 しかし、後ろ向きに乗っているため、リヤカーからは勝負のリングが見えていた。


「!!」


 服がリヤカーに降ってくる。

 カーターのタンクトップとズボンだ。

 なぜかカーターとタリス軍曹は、服を脱いで裸になっていた。


「オレの筋肉に勝てるとでも思ったか?」


「フン! 成り上がりの若造ふぜいが」


 互いに威嚇するかのように力こぶを盛り上げる。

 ヨーク少尉はこうなる事を知っていたのだ。

 だから女性陣を遠ざけた。


「…………」


 素朴な疑問が浮かび上がる。


 ――ならば、残っている者は何が好きで残っているのだろうか。


「シャツがもったいねぇからよ」


「ケチるなよ、お貴族様よぉ」


 二人は樽の上で手を組み、今にも泣きそうなワイルド伯爵がその上に手を重ねた。


 そこでリヤカーは角を曲がり、戦場の様子は見えなくなる。

 しかし、声だけは聞こえてしまう。


「ぬおおおおあああああぁああああ! あっ、あーもう出るッ!!」


「出るッ! もうマジで出るッ! あぁっ、あぁっ、ンアーッ!!」


 何が出るかは知らないが、ヨーク少尉が女性陣を避難させたのは正解だった。

 何が出るかは知らないが、きっと『気』的なビームだろう。

 何が出るかは知らないが、見ないほうが幸せなことは間違いない。


「アッー!!」


「ううっ……!」


 二人の気合が凄まじすぎたからだろうか。

 耳をつんざく轟音とともに、屋敷が大爆発を起こした。


 そして一瞬遅れて耳に響く、聞き慣れた落下音。

 細かい瓦礫が降り注ぎ、辺りは粉塵が霧のように立ち込める。

『気』的な何かではない。リーチェで毎日聞いた音だ。

 

「砲撃……!?」


 ◇ ◇ ◇


「何が起こったんですか、一体!?」


 モップとバケツを持ったハットンが東屋から飛び出してくる。

 トイレ掃除をしていたようだ。

 今日はサラが来ることがわかっていて、それで掃除をさせられているのだから事情はお察しである。


「砲弾の落下音みたいな音がして、屋敷が――」


 ビンセントが言いかけているところに、ハットンが被せてきた。


「ああ! 殿下! 今日もお美しゅうございます……!」


 ハットンは膝を着き、サラに頭を垂れる。

 手の甲に口付けをしそうな素振りを見せたので、サラはヨーク少尉の後ろに隠れた。


 再び爆発音。やや遅れて甲高い落下音が響き渡る。

 イザベラとマーガレットが抱き合って悲鳴を上げた。


 サラと目が合う。


「ブルースー」


「!!」


 サラはビンセントに手をかざすと、手のひらの前に山吹色の魔法陣が浮かび上がった。

 全身に残る痛みが消え、身体に活力が漲ってくる。

 王家の血筋のみが行使できる特別な魔法。回復魔法だ。


「ごめんなー。わたし本当はもう、治ってたんだよー」


「ありがとうございます……!」


 やはりサラは気を遣ってくれていたのだ。

 ビンセントは、先程受け取った軍服に袖を通した。

 これで自由に動く事ができる。戦うこともできる。

 みんなを、守ることができる。……かもしれない。

 武器があれば、の話だが。


「なんなんだ、これはッ!?」


 植え込みをかき分けて、全裸の筋肉モリモリマッチョマンが二人現れる。

 カーターとタリス軍曹だ。

 後ろには命からがら逃げ延びてきた兵士たちと、ワイルド伯爵。

 おそらく、カーターの近くに居た者が防御魔法で難を逃れたのだろう。


 タリス軍曹は歩きながらも、どうにか服を着ようとしている。

 ワイルド伯爵が青い顔をして東屋を指差す。


「みなさん、まずはそこの東屋に避難を! 防空壕を兼ねた地下室があります!」


 伯爵が叫ぶ間にも、また砲弾が屋敷に着弾した。

 カーターとタリス軍曹がその筋肉を存分に活かし、重そうなマンホールの蓋を持ち上げる。

 中には下り階段があった。

 ビンセントたちはサラを抱えて駆け込む。


 砲撃は何度も続き、天井から細かな粉塵がパラパラと落ち続けた。

 爆発の間隔からして、砲の数は多くない。

 おそらくは、大型のものが一門だろうか。


「暗いわね」


 イザベラが照明代わりに火属性魔法を呼び出そうとする。


「やめてください!」


 ヨーク少尉が慌てて止めた。

 タリス軍曹が懐中電灯を点ける。

 壁際には食料や水に混じって、何丁もの小銃、短機関銃、弾薬箱が浮かび上がった。


「我々の使う武器弾薬を、ここに集めていたのです」


 当然、火気厳禁である。

 しかし、武器があれば心強い。


 カーターが乱暴に自分の頭を掻いた。


「これはあれだな! ただの砲撃じゃねぇ! 前線からの攻撃が届く距離じゃねぇし、おそらく……」


 カーターの言わんとしている事がわかる。

 これほどの威力の砲は、そうそう無い。

 思い当たる節があるとすれば、一つだけだ。


「列車砲か!? 修理中のはずだぞ。まさか、完成していたのか!?」


 サラやイザベラと出会う直前、反乱軍が王城を砲撃した超兵器だ。


「おそらくはな!」


 それはそうと、ビンセントにはどうしても気になることがあった。


「カーター。とりあえず、服を着てくれ」


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