第141話 革命の時
「ち、違う! 私は裏切りなんて……!」
衛兵に両脇を抱えられ、総理大臣のジェシー・ロイが真っ青な顔で引きずられていく。
当然だ。
元総理のニコラス・ケラーの部下でありながら、裏切ってマイオリスに付いた男だ。
次は自分を裏切るおそれがある。
とても信用のおける男ではないし、失態も目立った。
特にオルス帝国参戦は致命的な大失態だ。
「裏切りは癖になるからな。違うか?」
「わ、私は本当にフィッツジェラルド様に忠誠を!」
「目障りだ。消えろ」
エイプル王国は、貴族に対しては死刑が無い。少なくとも、一応法律上はそうなっている。
しかし、実際の運用はお察しだ。
歴史上、健康だったはずなのに獄中で病死、あるいはどう考えても不可能な方法で自殺した貴族は枚挙に暇がない。
いずれにせよ、ロイは二度と陽の光を浴びることはないだろう。
裏切り者の末路は、常にこうだ。
エリックは考え事をしながら王城の廊下を歩いていた。
「…………」
結局、力のあるものが正義と呼ばれる。
さんざん言われていたことだ。
法も秩序も、結局は力を持つ権力者によって定められる。
強い者は、弱い者を喰らい、踏みつけ、養分とする。
あの大嫌いな上司も、社内での立場を利用して、逆らえない部下相手にストレスを解消しているだけだった。
その上司も、そのまた上司の前ではヘコヘコと頭を下げる社畜に過ぎない。
自分自身だって、使えない契約社員を相手に怒鳴り散らしてストレスを発散していた。
彼らは契約期間が終われば雇い止めになる。
正社員を増やせないため、仕方がない事だ。
彼らは雇用の調整弁。いずれ消えるもの相手に気を遣う必要はない。
だったらせいぜい、そういった形でも正社員の役に立つべきだ。
「…………」
エリックはかぶりを振る。もう、過ぎたことだ。
地球時代を思い出すまでもない。どこも変わらない。
剣と魔法の異世界であってもだ。
この国には身分制度が存在する。しかし、実際には地球と何ら変わらない。
いや、明確に分けられている分、変に取り繕って形だけの平等を謳う地球よりも好感が持てる。
公務員。正社員。契約。派遣。バイト。
明確なヒエラルキーだ。エイプル王国も同じ。
「…………」
平民の給料では何万年かかっても追いつかない資産と収入。
一夫多妻や切捨御免といった社会的な特権。
生まれついての魔法の才能。
侯爵家に生まれ変わったのも運命だ。
何もかも捨てて、新しい世界で、それもゼロから再スタート。
こんなに楽しいことはない。
生前に何度も願い、空想した世界が目の前にある。
エリックは生前の分まで全力で生きると誓った。
エイプル王国で話される中央大陸標準語は、日本語に比較的近い言語だ。
文字の形こそ異なるものの、表記法はローマ字にかなり似ている。
おそらく、歴史上何度も介入を繰り返してきた地球人が根付かせたのだろう。
そのため、エリックは誰よりも早く本を読むことができた。
同年代の子がお子様向けの幼稚な絵本をようやく読んでいた時。
、すでにエリックは家中の本を読んで知識をどんどん吸収し、社会の仕組みもわかっていた。
この世界で重要なのは、やはり金。そして家柄だ。
運よくそれは既にあった。
ならば、次はこの世界特有の魔法だ。
ジョージという男が余計な事をしたため、魔法という絶対のアドバンテージは揺らぎつつあるが、エリックはただの魔法使いではない。
産まれた時からこの残酷な現実と向き合い、力を求め続けた。
たゆまぬ努力で、一歩でも半歩でも、他者を出し抜く。邪魔者は潰す。
それをひたすら繰り返してきた。
努力だけは自分を裏切らない。
やがて、最強の魔法使いと呼ばれるようになったのも当然の帰結だ。
新たな世界では頂点を目指せる。
それでも貴族という枠にあって、超えられない壁というものがある。
「お待ちしておりました。エリック王」
「フン。何もかもアンタの差し金だったと聞いた時は、さすがに驚いたぜ。サザーランド教授」
玉座の間でエリックを待っていたのは、王立学院の教授、サザーランドであった。
学院に居た時から、サザーランドはやけにエリックを贔屓していた。
彼は魔法万能主義を掲げており、エリックは魅力的な研究対象だったのもあるだろう。
サザーランドはうやうやしく頭を下げる。
「今は臨時総理として、陛下に権限委譲の準備中にございます」
「ロイを扇動したのもお前だな?」
「僭越ながら。彼の者は、分不相応な野望を持っておりましたので。エイプルの王は、最強の魔法使いである、あなたにこそ相応しい」
「王族でもない俺がか?」
エリックは、一応回復魔法を使える。
しかし、それは血筋によるものではなく、全く別方向のアプローチから同様の効果を引き出したに過ぎない。
根本的な作動原理が異なっており、本物の回復魔法には魔力効率でも大きく劣るのだ。
サザーランドは歪な笑みを浮かべる。
「問題ありません。あなたは王族になれます」
「どういうことだ?」
「こちらへ」
玉座の間からの続きになっている、女王控えの間。扉の前にサザーランドは立った。
「私からの誕生日プレゼントです」
そう言うと、扉を開く。
女性らしい暖かな室内。デザインは些か古びているので、マリア王女の趣味だろう。
サザーランドはそのままレースのカーテンで覆われた天蓋付きベッドの前へと進む。
「御覧ください」
カーテンが開くと、そこにはドレス姿の見知らぬ少女が横たわっていた。
胸は規則的に上下しているが、反応はない。薬で眠っているようだ。
「彼女の名はエミリー・ホイットマン。王家の傍流でして、フルメントムの教会で平民の孤児として育ちました」
「…………ほう?」
初耳であった。
「ケラー政権によって巧妙に隠されていましたが、『おまじない』と称して怪我人の治療を行っておりましてな。本人も魔法とは知らなかったのでしょう。なにゆえ、田舎者ですから」
「なるほどな」
「こちらの娘と婚姻を結べば、あなたは名実ともにエイプルの王にございます。王配制度はジョージ王即位の際、廃止となりましたので」
野暮ったい田舎娘といった顔立ちだが、スタイルは良い。
普段から身体を動かしているのだろう。
エリックの妻になることを望んでいる八人の女たち。
レイラ、ドリー、メイ、ノーラ、エミー、マイラ、ドリス、そしてローズ。
彼女らを紹介したのも、元をたどればサザーランドであった。
サザーランドはエリックに耳打ちする。
「生娘にございます」
「ほう?」
それはじつに魅力的であった。
「重大発表があるとのお触れを出しており、中庭にはすでに市民や報道関係者が集まっております。このままバルコニーへ向かっていただき、宣言ください。陛下の即位と、『神聖エイプル王国』の成立を」
「神聖……エイプル王国……か」
「左様でございます。エリック・フィッツジェラルド国王陛下」
「やれやれだ。俺は権力なんて、本当はどうでも良いんだけどな。だが、やれと言うなら仕方がない。やってやるさ」
ちょっとした格好付けだ。本心ではない。
本当は、もっともっと力が欲しかった。
二度とこの身が他者の理不尽な力に蹂躙される事の無いように。
しかし、力というものは自然により大きくなろうとするものだ。
エイプルなどという小さな国は、その一里塚に過ぎない。
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