第140話 正義の味方

「お兄ちゃん、イザベラさんがモンスターに襲われてる所に、颯爽と現れて助けたって話、本当?」


 レベッカは包帯だらけの兄の傍らに座ると、洗面器でタオルを絞る。

 熱は引いているが、兄に対して何となく『看病している感』が欲しいのだ。

 特に必然性もなく、タオルを額に乗せる。


「モンスターというのは、これのことか?」


 兄が枕元に置いてあった魔法瓶を突き出す。


「??」


 空けてみると、中には白いウネウネとした軟体生物が不気味に蠢いていた。


「うわ、キモ……なにこれ? 捨てて良い?」


「ダメだ。売れば結構な金になる。金貨一枚くらいかな? 新しい健康法で、美容にすごく良いらしい」


「これと美容に何の関係があるのさ……でも、金貨かあ」


「たぶん、ゴーダ商会で買い取ってくれる。行ってきてくれ」


 レベッカは魔法瓶を抱えると、玄関へ向かった。


「美容……ねえ」


 そのまま回れ右をすると、洗面所へ。

 鏡を覗く。

 癖の強い焦げ茶色の髪と瞳。ソバカスが少し。


「…………」


 イザベラが現れ、無理矢理居座ったのは先々週の事。

 言動が少々おかしいところを除けば、レベッカの目から見ても相当な美女である。肌の艶、ハリが素晴らしいと、素直に思えた。

 レベッカは意を決して魔法瓶に手を突っ込む。


「……ひっ?」


 ウネウネとした感触が最高に気持ち悪い。

 指の間に、粘液が糸を引いた。

 さすがにこんなものを肌にどうこうという気分にはならない。


「躊躇するなー。顔に塗れー」


「わあっ!」


 背後に立っていたのはサラである。


「サ……サラちゃん!」


「塗れー」


「わ、わかったわよ!」


 レベッカは粘液を顔に塗る。

 むずむずと、くすぐったいような、むず痒い感触。

 しばらく放置し、洗い流す。


「…………?」


 ボロボロと垢が落ちる。

 再び鏡を覗くと、妙にスッキリした気分であり、ソバカスが少し目立たなくなっていた。


「すごいだろー」


「本当……すごい!」


 確かに気持ち悪いが、効能は本物のようだ。


「イザベラには隠せよなー。あいつに見つかったら、酢とか入れちゃうぞー。全滅だぞー」


「駄目よ、そんなの! あ、あたしがもらう!」


「養殖は難しいんだってー。このままだと死んじゃうぞー。早く売ろうよー」


「そんな! で、でも……ああ……一体どうしたら……!」


 レベッカは頭を抱えた。


「エサもよくわかっていないしなー。売ったお金で化粧品でも買ったほうがいいよー。貴族向けの高級品でも買い放題だぞー。それに、レベッカはまだ素でお肌プリプリじゃんかー」


「うう……」


 ◇ ◇ ◇


 結局、レベッカはキヌクイムシを売ることにした。

 しかし、ケチなのは兄に似たのか二匹だけ育ててみよう、と無謀な行動を起こしていた。

 サラが言うには陽の当たらない湿った場所を好むという。

 金魚鉢に移し、店の倉庫に隠す。


「えっ? サラちゃんも行くの?」


 サラはすでに歩けるどころか、走れるほどにまで回復しているという。

 捻挫していた右足を軸に高速回転することも可能になっていた。


「ブルースにはナイショだぞー。あいつ治したら、また無茶するからなー」


「うん……」


 兄の姿は痛々しかったが、家族としてはその方が良かった。

 ボロボロでも、生きている方がずっと良い。


 ゴーダ商会に行くと、売値は金貨一枚どころか驚きの五枚である。


「こ……こんな事って……あっていいの? あは、あはは……!」


「思ったより高く売れたなー」


「サラちゃん!」


 レベッカはサラに向き直り、肩に手を置いた。


「パフェ、食べよっか!」


「いいのかー?」


「お兄ちゃん、金貨一枚って言ってたじゃない? でも、ここには五枚ある……つまり、一枚お兄ちゃんに渡せば、残りはあたしのものになるって事よね。サラちゃんが黙っててくれれば、何の問題も無いの」


「ケーキも食べたーい」


「オッケー! 任せて!」


 二人は商店街の路地に入る。近道なのだ。

 ムーサで生まれ育ったレベッカにとって、町の隅々まで庭も同然である。

 しかし、生まれて初めて見るような大金を手にしたレベッカは、やはり舞い上がっていたようだ。


「待ちな、お嬢ちゃん」


 気が付いた時には、前後を塞がれていた。

 前に二人、後ろに三人。下卑た笑いを浮かべている。

 町でも評判の札付きで、衛兵に捕まること数知れず。

 基本的にはムーサは平和な町だが、彼らには最低限気をつけなければならない。

 レベッカは、それをうっかり忘れていたのである。


「見てたぜ。ゴーダ商会のオヤジから金貨貰ったろ? 置いていきな」


「置いてきゃ、それ以上のことはしないでおいてやってもいいぜ?」


「ひゃっひゃっひゃ!」


 レベッカはサラを抱き寄せる。


「な、何よ! 人を呼ぶわよ!」


「来てくれるかなァ? 俺たちを見てよお!」


 五人がじわじわと詰め寄ってくる。

 レベッカはサラに耳打ちした。


「逃げて!」


 サラは頷くと、脱兎のごとく男たちの隙間を抜けて路地を飛び出た。


「な、あいつ!」


「放っとけ。狙いはこっちだ」


 レベッカはポケットの金貨を握りしめる。

 渡す訳にはいかない。

 戦場帰りの兄が、ボロボロになりながらも持ち帰ったモノを売った貴重な金だ。


「素直に渡さないなら、もっと痛い目に……いや、気持ち良い目に遭っちゃうぜ?」


「最初は痛いかもな!」


 兄が戦争に行っている間に、この男たちは何をやっていたのだろう。

 怒りがこみ上げてくる。

 しかし、相手は五人。どうしようもなかった。

 レベッカは思わず目を閉じる。

 それを見計らったかのように、まぶたを通して閃光が周囲を包んだのを感じる。


「うああああ! 目が! 目があああああっ!!」


「な、何も見えねぇ! 助けてくれ!」


 そして響く打撃音とうめき声がそれぞれ五つ。

 恐る恐る目を開くと、男たちは昏倒していた。


「…………?」


 そこには仕立ての良いスーツを着た男。

 兄のような安っぽい兵隊の服ではない。

 小柄で華奢だが、絶世の美男子だ。


「危なかったね。大丈夫かい?」


「は……はい……あ、ありがとうございます……!」


 穏やかで、かつ強い意志を湛えた瞳。長い睫毛。

 形の良い鼻。妖艶とも言える唇。

 こんな男がいたら、と夢に描いた、理想の男そのものであった。


「じゃあ、僕は用事があるから。気をつけて帰るんだよ」


 男は颯爽と去っていった。


 ◇ ◇ ◇


「ちっ! またこいつらか! いい加減にしやがれ!」


 サラが警ら中の衛兵を連れて戻ってきた。

 衛兵はすぐに昏倒しているチンピラを捕縛にかかる。

 サラが心配そうに見上げているが、レベッカは上の空だ。


「大丈夫かー」


「…………」


「大丈夫かー?」


「…………ねえ、サラちゃん」


「んー?」


「恋って……したことある?」


「無いなー」


 レベッカはサラの手を引いてふわふわと家路を歩く。


 家の向かいにある『琥珀亭』でパフェを頼むが、何杯頼んだかも覚えていなかった。

 サラだけがニコニコと満足げだ。


 ―― もう一度会えたら。


 せめて、名前くらいは聞きたい。

 ぼんやりと会計を済ませ、外へ。

 入り口で、帽子を目深に被った不審な男とすれ違った事にすら気付かなかった。


「はぁ…………」


 家は向かいだ。

 サラは勝手に家の中へ入っていく。


「ただいまー。いやー、歩いてみたけど足痛くてなー。レベッカにおんぶしてもらっちゃったよー」


 わざとらしい言い訳だ。さすがの兄も気付くだろう。

 しかし、気づかない振りをするはずだ。


「あっ!」


 家に入る直前、レベッカの目は信じがたいものを見た。

 商店街の奥で、メモを見ながらキョロキョロしている男。


「あ、あれって……!」


 間違いない。路地裏の勇者様だ。

 何かを探しているようだ。

 レベッカは思わず駆け寄った。


「あ、あの! 何か、お困りですか?」


 男は、女の子なら誰もが虜になるような、爽やかな笑顔で答えた。


「やあ、君か。うん、ちょっと探しものをね。ビンセント薪店って、知ってるかい? 近くのはずなんだけど」


 予想外の言葉である。

 一介の薪屋に過ぎないレベッカの家に、何の用だろうか。


「う、うちです! こちらへどうぞ!」


 踊りだしそうな気持ちでレベッカは男を招き入れた。

 入ってすぐの事務所でソファに掛けるよう促すと、戸棚をひっくり返す。


「お客さん用の取っておき、無かったっけ……? んもう、イザベラさんが全部整頓しちゃったから、わからないよ~」


 紅茶もカップも、いつもの安物ではだめだ。

 大事な客が来る時のための、取っておきの高級品が見つからない。


 サラはぽかんとしている。


「どしたんだー?」


「あんなイケメンそうそう居ないよ! これが恋ってヤツなのよっ! 今がその時なのっ!」

 

 サラがレベッカの裾を引っ張った。


「レベッカはレベッカでいいんだよー。兄のためにわざわざ百合に目覚めなくても、いいからなー」


「…………何、言ってるの?」


「キャロラインは女だよー」



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