第114話 空と大地の間
小型の戦闘機を狙うのは、大型の爆撃機などとは比べ物にならないほど難しい。
単純に的が小さいのに加え、その機動性も比べ物にならない。
より厳密な照準が求められるが、カークマンはキャロラインの指示にほとんどタイムラグ無しでよく動いた。
二人の息はぴったりだ。ビンセントも遅れを取る訳にはいかない。
三人の連携が少しでも乱れれば、この戦いに勝利はない。
「下、下、上、今っ!」
キャロラインの合図に合わせ、引き金を引く。
タイミングが一瞬ずれたのか、弾は戦闘機の右側方を虚空へと飛んでいった。
いや、垂直尾翼の舵が揺れている。敵の操縦士が機体を横に滑らせたのだ。
飛行機の三次元での機動力は脅威としか言いようがない。
ボルトを操作し、薬莢を排出。次弾装填を済ませると、戦闘機はこちらへ狙いを定めていた。
「上、上、下、今っ!」
引き金を引くと、弾が機体の中心部に吸い込まれる。
エンジンに当たったのか、冷却水の白い煙が吹き出した。
機首を持ち上げるが、エンジンから発火しフラフラと離れていく。
やがて機体に火が付いた。操縦士は空に躍り出ると、しばらくして夜空に落下傘の花が開く。
「あと一機! 下、上、……危ないっ!」
もう一機の戦闘機が踊るように舞い降り、機首に積まれた機関銃が閃光を放ったかと思うと、屋上には破線状に無数の穴が開く。
「くっ!」
地上に居る以上、自由自在に空を駆ける戦闘機から逃げ回る事はできない。
準備の時間も無かったため、弾除けの土嚢すら積めなかった。
身体に弾が当たらなかったのは奇跡に近い。
「大丈夫っすか、お嬢様!」
「平気! 次行くよっ!」
カークマンの心配にキャロラインは健気に応えた。
機銃掃射を仕掛けた敵機は、轟音とともに機首を持ち上げ上昇に移る。
「上、上、左、今っ!」
再び発砲すると、命中したのか煙のようなものを霧状に吹き出した。
ラジエーターの煙ではない。おそらく、ガソリンだ。
マッチ一本の種火があれば、盛大に爆発する。
ビンセントは薬莢を排出し、次の弾を込めた。
「行けます!」
ねじるように機体を傾け、追い打ちをかけるようにこちらに狙いをつけた戦闘機は、不意に地上から撃ちあがった火の玉で炎に包まれた。
やがて、空中で大爆発を起こす。
「こんなことができるのは、まさかエリック……!」
キャロラインの言う通りだろう。桁違いの強力な魔法だった。
「…………は」
ひとまず、危機は去ったようだ。ほっと胸を撫で下ろす。
カークマンが首だけをこちらへ向けた。
「キャロ……ラ……イン……お嬢……様…………」
全身が小刻みに震えている。
キャロラインの名を呟くと、カークマンは口から大量の血を吹き出し、前のめりに倒れこんだ。
「スコット!!」
「カークマン!!」
二人でカークマンを抱き起こすが、肩と胸、それに腹に開いた穴からは止めどなく血が流れ続けている。
「スコット! しっかりしてよ、死んじゃダメッ!!」
「怪我……は…………無い……で……ね……」
小刻みに震えるカークマンの目は虚ろで、苦しそうにパクパクと口を開いている。
ビンセントは立ち上がると、一直線に館内へと走った。
あの傷は致命傷だ。現代の医学では絶対に助からない。
だが、魔法なら。
王家の者のみが使える特別な魔法なら。
科学の追随を許さない唯一の魔法なら。
「クソッ!」
エレベーターの表示は一階を指している。
一秒遅れれば、それだけ助かる可能性は小さくなる。
階段室の扉を開け、階段を飛び降りるように一気に下る。
「すごい音だったわね。何かしら? ……きゃっ!」
「おいっ、何をするんだ!?」
途中で不安そうな貴族のカップルとぶつかりそうになったが、構っている暇はない。
息を切らせながらも決して足を止めることなく、走る。走る。走る。
地下にある平民向け食堂の扉を勢いよく開いた。
「サラさん!」
「んー?」
ウィンドミルの隣で干物をかじるサラを抱えると、ビンセントは一目散に取って返す。
今度はエレベーターがすぐ近くにある。
転がり込むようにして籠に乗ると、屋上へ向けてエレベーターを動かした。
心臓が悲鳴を上げている。
酸素が圧倒的に足りない。
「誰かケガしたのかー? だから言っただろー」
「…………ハァ、ハァ……はい、て、敵機の機銃掃射で……ハァ、ハァ……」
「わたしを子供あつかいするからだー、バカものー」
サラの言う通りだった。
しかし、子供を戦いに巻き込むことはビンセント自身が許せなかった。
これは王女だろうと平民だろうと関係がない。
兵士は国家と国民を守るために存在する。
それはカークマンとて同じはずだ。だが、助けられる命なら助けたい。
兵士とて国民であることに変わりはない。
頭ではエレベーターのほうが速いとわかっているのに、ひどくゆっくりに感じる。
階段のほうが良かっただろうか。
いや、やはりエレベーターのほうが早い。
「早く、早く、早く……!」
扉を開くのと同時に、サラを抱えたまま走り出す。
「カークマンッ!」
「――――!」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたキャロラインと目が合う。
その目には、深い深い悲しみが刻まれていた。
胸がざわつく。背筋に冷たいものが走る。口の中がからからになる。
足が重い。意識は先へ先へと進んでいくのに、身体が付いていかない。
「あの兵隊さんだなー? スコットって言ったなー」
「お願いしますッ!」
サラは手のひらをカークマンに向けると、空中に魔法陣を浮かべる。
やがてカークマンの全身が山吹色の光に包まれた。傷はみるみる塞がっていく。
しかし、様子がおかしい。
今までの回復魔法と少し違う。
「…………え?」
キャロラインの腕の中には、穏やかな顔のカークマンが横たわるばかり。
彼はピクリとも動かない。
「そんな!」
首筋に手を当てる。
胸に直接耳を当てる。
そこには、沈黙があるばかり。
「おい……何やってるんだカークマン……死んでる場合じゃないぞ」
キャロラインの腕の中からひったくるようにしてカークマンを床に寝かせ、心臓マッサージを始める。
ペースは一分間に百回だ。
「早く戻ってこいお屋敷で盗撮しまくるんだろここで死んだらできないぞ俺にも見せろお嬢様が見てるぞお前のセクハラ待ってるぞ俺がやったら逮捕だお前じゃなきゃダメだ俺達が読んでる百合エロ本来週新しいのが出るぞまだお前にはやることがあるんだぞまだ死んじゃダメだ絶対ダメだ回復魔法受けただろ早く戻ってこい早く早く早く」
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返す。
「――――――」
しかし。
カークマンが目を開くことはなかった。
「ブルース君…………もう………………いいよ………………」
「――――っ!」
キャロラインの震える手が肩に置かれる。
わかっている。
回復魔法は生きている者にしか効果がない。
決して万能ではない。
「ちっくしょおおおおおあああぁぁぁぁああっ!!!!」
ビンセントは汗塗れの手のひらを握りしめ、コンクリートの床を殴りつけた。
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