第113話 魔法と科学

 王立学院の保養所。

 一階のエレベーターホールでビンセントたちはエレベーターを待つ。


「つまり、オルス帝国の爆撃機がカスタネに向かっていると。なぜわかったんです?」


「ロッドフォード様の魔法です。私はこのまま殿下を地下室に避難させますので、屋上でロッドフォード様の指示に従ってください。武器はカークマン一等兵に用意させました」


 ウィンドミルにしっかりと手を握られたサラが駄々をこねる。


「やだやだやだー! わたしも屋上行くもんねー!」


「いけません! 航空攻撃は我々エイプルには防ぐ方法がまるで無いのです! 殿下に万が一があれば、エイプル王国そのものが消滅の危機があるのです!」


「やだやだやだー!」


 サラは全身で抗議の意思を示すが、飛行機というのは強敵だ。

 対抗できるのは同じ飛行機だけで、地上からでは殆ど手の出しようがない。

 ビンセントは膝をつくと、サラの頭に優しく手を乗せた。


「大丈夫ですよ、サラさんは避難してください」


「でもなー!」


 確かにサラの魔法は強力だ。とはいえ、子供を戦場に立たせる訳にはいかない。

 キャロラインがいかなる方法で危機を知ったのかは定かではない。

 カークマンが用意した武器とやらも、役に立つのかどうかわからない。

 それでも、戦わない訳にはいかない。

 ビンセントは繰り返した。


「大丈夫。ここはエイプル王国ですよ? 俺たちの空、守って見せます」


 何の根拠もない。

 しかし、これは方便というものだ。


「……何かあったら、すぐにわたしを呼べよなー」


 サラは不満そうだが、どうにか納得してくれたようだ。

 エレベーターの扉が開く。


「行ってきます!」


 ビンセントはサラに挙手の礼をする。

 不安げな瞳は扉の向こうへと消え、やがて体にかかる加速度を感じた。


 ◇ ◇ ◇



 扉が開くと、そこは屋上。

 キャロラインとカークマンが待っていた。


「僕の得意な魔法は光属性だと言っただろう? 光というのは電磁波の一種で、目に見える光以外にも――」


 キャロラインの説明は専門的な言葉が多く、ビンセントの理解の外である。

 大雑把に言えば、魔法で特殊な波長の電波を飛ばし、反射して戻ってきた時間差を利用して遥か彼方の空の様子を探る事ができるという。


「地球では『レーダー』と呼ばれる機械が、同じことをできるそうだよ」


「へぇ……」


 なぜかカークマンが得意げに続ける。


「でもよ、エイプルも他の国も、この魔法を代替する機械はまだ開発できていないんだぜ。そこで、これだ」


 相変わらず鼻くそを……ほじっていない。

 さすがに鼻血を出した以上、自重しているのだろう。驚くことに、鼻毛も出ていない。

 鼻毛と鼻くそという先入観無しでカークマンの顔を見たのは、初めてかもしれなかった。


 足元に置いてあるのは、カーターの対魔ライフル。口径十三・二ミリ。

 弾薬箱には弾頭に小さな丸い部品の付いた弾が並んでいる。

 新兵器の炸裂弾らしい。

 弾頭の内部に爆薬が入っており、威力を大幅に高めているという。


「無理だ。この銃は本体だけで十五キロ以上もある。とても空には撃てない。そもそも対空射撃が難しいのを教えてくれたのはお前だろ、カークマン」


 空の上には目印も何もなく、更に高速で移動する飛行機に向けて撃ったとしても、弾丸が到達する頃には目標は移動してしまう。

 ましてや、すでに陽は没している。


「ま、普通はな! だがお嬢様が居る! でも俺は残念ながらこの銃を使ったことが無い! 死ぬほど悔しいが、お前に花道を譲ってやるぜ!」


「ええと、どういうことだ?」


 ◇ ◇ ◇


「……なるほど、こういうことか」


 ビンセントは膝をついて対魔ライフルを構える。

 見上げる視線の先には、フケが目立つカークマンの頭。

 背中には抱きつくようにキャロライン。


「応用次第で魔法にはまだまだ可能性がある、ってことだよ」


 頭のすぐ横にキャロラインの顔があるので、良い匂いがしてどうも落ち着かない。もう少し胸が大きければ背中で感触を楽しめるのだが、そうも言っていられない。


 ビンセントが銃を構え、カークマンが長く重い銃身を支える。射撃のタイミングをキャロラインが指示する、という布陣だ。

 キャロラインは対象の位置や速度のほかにも、弾速や弾頭重量、気圧や気流、自転その他の諸元を魔法で知ることができるという。


「いいね、スコット。僕の言うとおり動くんだ」


「うっす!」


「ブルース君、僕の言うタイミングで発射だよ。いいね」


「はっ」


「大丈夫。僕とスコットを信じて。ね?」


 耳元で囁かれるので、どうも落ち着かない。が、落ち着かなくては当たるものも当たらない。

 深呼吸し、その時を待つ。


「来たよ」


 敵機は三機。

 爆音高く悠々と飛んで来るのは、上下二枚の翼の間に二つのエンジンが付いた大型の機体。それが一機。

 小さく見える。

 しかし、実際には相当な大きさのはずだ。

 リーチェで見た飛行機の何倍もの大きさがあるだろう。

 周りに小型の護衛機を二機従えている。


「まずは爆撃機からだね。上、上、右、右、ちょい下、ちょい左……」


 キャロラインの声に合わせてカークマンは完璧なタイミングで銃口を傾ける。

 息がぴったりだ。これが幼馴染というものだろうか。


「今ッ!」


 虚空に引き金を引く。

 肩にかなりの衝撃が伝わるが、さすがに三人で持っているだけあって怪我をするほどではない。

 しかし、それでも相当な反動だ。

 以前サカルマで撃った時とは比べ物にならない。装薬の量を増やした強装弾と思われた。


「……まじか」


 橙色の光を引きながら虚空を目指す弾丸に、爆撃機は自ら吸い込めれるように当たりに行った。

 暗闇に火花が散る。

 しかし、爆撃機は悠々と飛び続けた。


「やっぱり一発じゃだめか!」


 ビンセントはボルトを操作し排莢すると、次の弾丸を装填した。


「上、上、左、左、右……今ッ!」


 引き金を引くが、今度はスレスレで外れてしまう。


「だめか!」


 カークマンの背中に汗が浮かび、背中ごしにキャロラインの動揺も伝わってくる。


「落ち着いて。爆撃進路に入ったら、真っ直ぐにしか飛べないから。必ず当たるよ」


「…………」


 考えるのは後だ。薬莢を輩出し、次弾装填。


「上、上、下、下、左、右、左、右、今ッ!」


 再び発砲。

 魔法のように、いや魔法そのものだが、弾は敵機に命中した。


「下、下、今ッ!」


 次々と命中させていく。

 やがて爆撃機は火を吹き出し、高度を下げ始めたかと思うと空中で大爆発を起こした。

 搭載された爆弾に誘爆したらしい。

 夜空を焦がしながら、残骸が山間へと落ちて行く。

 足元がにわかに騒がしくなる。町の人々が気付いたようだ。


「やった……?」


「まだだよ。戦闘機が残ってる!」


 護衛するべき爆撃機を失った報復か、翼を翻して二機の戦闘機が急降下してきた。

 上下二枚の翼に、機体中央にその存在を主張するエンジン。

 急降下の音は、まるでサイレンを彷彿とさせる。


「おらー! かかってこいやーっ! お嬢様にかすり傷でも付けたら許さんからな蚊トンボども!」



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