第108話 ロング・ウォーク

 電力供給が途絶えているのか、地下道は全ての照明が消えていた。

 キャロラインの光魔法のおかげで困ることはないが、爆発の衝撃で坑道が脆くなっている恐れがあった。

 出口を探し、歩く。


 カークマンを先頭に、キャロライン、ビンセントと続く。

 ビンセントは以前、王都の森で生き埋めになった時の事を思い出した。

 あの時はイザベラが適当に歩いて遭難しかけたが、食料も水もあったし、最終的には運よく脱出できた。

 今回は何もない。

 武器もないし、脱出できる保証もない。

 それでも念のため、分岐ごとに小石を並べて目印を作っておく。


「くそー、ここもダメか!」


 すでに五つの出口が埋まっていた。

 一行は分岐点まで引き返す。


「すいません、お嬢様。今度はイケる! って思ったんすけど」


「……ううん。スコットのせいじゃないよ」


 時間の感覚もわからない。

 キャロラインの懐中時計は爆発の衝撃で壊れていたし、ビンセントの腕時計はあまり信用できない。カークマンはそもそも最初から時計を持っていなかった。

 軍から支給された時計を売り払ってエロ本代に替えたらしい。

 時計が正確であると仮定した場合、今は夕方になっているはずだ。


「少し休みましょうぜ、お嬢様」


「……うん、そうだね」


 三人は決して広くない通路に横たわった。

 キャロラインが明かりを小さくする。


「…………」


「…………」


「…………キャロラインさん。さっきの続きなんですが」


「……そうだね。君は知っておくべきだ。ろくに戦えない僕が呼ばれた理由、それは――」


 キャロラインは一瞬黙った。

 その間は、話すことに何らかの決意が必要であることを匂わせた。


「僕は、転移魔法を使える。最悪の場合は、サラ王女と地球に行くことになっていたんだ」


「やはり……」


 どうりで詳しいはずだ。キャロラインはポケットの魔石を取り出すと、目の前にかざした。


「でも、そのために必要な魔石が無い。そもそも魔石が必要なことをウィンドミルさんも知らなかったみたいだね。転移・召喚魔法は門外不出だったから。君たちが発見した魔石、あれだけじゃとても足りないんだ」


「そうですか……」


 魔石はずいぶんと貴重な物質らしい。

 バケツ一杯分はあったはずだが、いったいどれほど必要なのだろうか。


「僕はね」


 キャロラインは言葉を切った。


「ふがががががッ!!」


 カークマンは呑気にイビキをかいている。

 まるで、カークマンが寝ていることを確かめたように続けた。


「僕は、結局ジェフリーのスペアでしかないんだよ。没落して、お家断絶の危機にあったロッドフォード家は、ジョージ王の後ろ盾で盛り返したんだ。僕らの魔法が必要だったから。でも……」


「…………」


 そのジョージ王も、もう居ない。

 何のことはない、結局貴族とは言え替えが効く存在には違いないのだ。

 使い捨ての消耗品である平民の兵隊と、何ら変わることはない。役割の違いに過ぎない。


「スコットだけが……僕をロッドフォードとしてでなく……キャロラインとして……扱って……くれ……るんだ…………」


 キャロラインは静かに寝息を立て始めると、それに応じて光が消えていく。

 真っ暗で顔は見えないが、微笑んでいる気がした。


 ◆ ◆ ◆


 歩く。歩く。歩く。


 夕日が空を血のように赤く染めていた。

 おそらく、爆発によって大量に吹き上げたれた粉塵が太陽光を乱反射させ、このように空を赤く染めているのだ。

 誰もが肩を落とし、誰もが無口で重い足を引きずる。

 リーチェからブケートへ向かう街道は、敗残兵の列がどこまでも、どこまでも続いていた。

 犠牲者の正確な数もわからない。

 侵攻する敵軍に追われて、ほうほうの体で退却してきたのだ。

 とはいえ、比較的時間はあった。

 オルス帝国が宣戦布告してきたのは最近だし、坑道爆破戦術を取れるのはクレイシク以外にない。

 予想外の事態にオルス軍が侵攻を躊躇したのだろう。


 どうにか動いた通信機を使って連絡を試みたが、参謀本部は退却を渋った。

 リーチェを明け渡せば、カスタネやブケートへは目と鼻の先だし、王都までも車で一日とかからない。

 しかし、チェンバレン中佐は押し切った。彼らは現場を知らない。

 エイプル軍は壊滅的な打撃を受けており、ほとんど組織的な戦闘は不可能だったのだ。

 抗戦を続けた場合、参謀本部は戦力を逐次投入してやみくもに犠牲を増やすであろうことは間違いない。

 愚策とわかっていても、なぜか人間はそうしてしまうのだ。

 戦線を後退させ、態勢を整える必要があった。


「お、俺は平気です……置いて行ってください……」


 脚を負傷して歩けないハットン上等兵がリヤカーの上で懇願する。

 しかしカーターは聞き入れない。


「ダメだッ! 傷を癒やして、もっと身体を鍛えて、お前もボディビルダーになるんだッ!」


 ハットンは露骨に嫌そうな顔をした。いや、チェンバレン中佐を含め、誰もがそうだ。

 矛先が自分に向かなかったことに安堵する。


「し、しかし大佐ともあろうお方に……」


「オレは輜重兵だッ! 人や物を運ぶのが仕事なんだッ!!」


 カーターはお構いなしにリヤカーを曳き続けた。

 そんなカーターを見て、チェンバレン中佐も目を細める。

 ボディビル云々はともかく、カーターは筋の通った思考を持つ、大変気持ちのよい人物だ。


「侯爵は平民として育ったそうですが、誰よりも貴族らしく見えます」


「何だそりゃ!? どういう意味だッ? まあいいか」


 その筋肉至上主義という傾きに傾いた思想はともかくとして、だ。

 そもそもボディビルは個人競技であり、チームプレイとは無縁だ。

 そこに上下関係はなく、個人の努力と才能のみが全てを決める。

 だからこそか、カーターは口ではあんな事を言いながらも、必要以上に他人に高圧的になることはない。

 この点は素直に敬意を払う必要があるだろう。


 歩く。歩く。歩く。


 舗装路を、砂利道を、あぜ道を。


 ブケートまではあと僅かだ。

 そこで態勢を立て直し、敵を迎え撃つ。


「お前らももっと身体を鍛えるんだッ! 筋肉は全てを解決するぞッ!」


 その言葉を聞いた全員が青い顔をしつつも、笑顔が戻った。

 場を和ませようとして言っているのだろうが、もしかしたら本心で言っている可能性があるので油断できない。

 今にも死にそうな顔をして付いてきているヨーク少尉の肩を、チェンバレン中佐は叩いた。


「わかったか?」


「わかりません」


 本当はチェンバレン中佐も理解したくはなかったが、この場で言うことではない。


「……ハァ、ボクのお人形が」


 ヨーク少尉が落ち込んでいるのは、別の理由もありそうだ。


 やがて、ブケートの町が視界に入った。

 あそこまで歩けば、負傷者に治療を受けさせられる。

 カーターは叫ぶ。


「よーし! みんな! あの夕日に向かって進軍だーッ!!」


 しかし反応は薄かった。


「ハーイ……」


 僅かにハットンだけが、消え入りそうな声で応える。

 カーターは激怒した。


「お前らもっと声を出せエエエエエエエエェェェェェエエエッッ!!」


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