第105話 滅びの宴

「そんな訳で、俺がアイツと初めて出会ったのは、今から三十年も前のことだ……」


 ケラーは酒瓶を煽ると、遠い目をしつつ語り始めた。


 三十年前といえば大陸歴八八八年。

 当時のマリア王女は今のサラと同じくらいのお子様で、王族でありながら魔法の才能がなく、いつもいじめられて泣いていたという。


「だからかな……あんな事をしでかすなんて、夢にも思っていなかったぜ」


「……何をやったんですの」


「『転移魔法』……厳密には『召喚魔法』といったほうが良いな。厳密には違う。呼ぶのが召喚、送るのが転移だ。どっちでもいいや、同じだからよ。とにかく異世界から人やモノを取り寄せる、禁術中の禁術だ」


「召喚? 異世界?」


 突飛な話ではある。

 しかし、ケラー首相はウソや冗談を言っているような雰囲気ではない。

 抱えている酒瓶も、この話をするために景気付けとして飲んでいるように見えた。


「当時のマリア王女はな、王族専用の回復魔法を少ししか使えなかった。それ以外の魔法はてんでダメだったんだ。いつもバカにされてて、難しい魔法を使って同級生を見返してやろう、と思ったそうだ」


「まるで子供ですわね」


 ケラーは呆れ顔で軽く溜息をついた。

 遥か昔の思い出を掘り起こす遠い目は、様々な感情が入り混じっているようだ。


「まるで、というか本物の子供だよ。当時はな。それで召喚したのが――」


「ジョージ王……?」


 だとすれば、その卓越した知識と発想も納得がいく。

 現代的で文明的な生活には、ほとんどあらゆる物事にジョージ王が絡んでいるのだ。

 食料や武器は言うに及ばず、大きなものでは発電所や鉄道、身近なものでは鉛筆まで。


「そうだ。最初はすぐに帰すつもりだったがな……」


 ケラーは頭を抱え、苦悶の表情で机に突っ伏した。


「俺がいけなかったんだ! 新しい知識に目がくらんで、帰ろうとするジョージを引き留めてしまった……! ジョージは、ジョージは地球人だったんだよ!!」


「チキュー? まさか」


 チキュー。中央大陸の多くの人々にとって、魂の還るところと信じられている世界だ。

 伝説の英雄カトー様も、世界を滅ぼそうとした魔神ヤマダも、チキューから来たと伝えられる。


 ケラーは涙の浮いた眼でマーガレットを見上げた。

 突飛な話だが、嘘をついているようには見えない。

 何よりも、ジョージ・クリス登場を境にエイプル王国は科学技術を猛烈な勢いで進歩させた。

 頭ごなしに否定するには、根拠が足りない。

 いや、否定という発想すらなかった。

 ジョージ王は神格化され、すでに伝説になっている。


「ヤツは幼い女の子が好みだった。大人の女が怖かったらしい。俺は出世に目がくらんで先王をそそのかし、マリア王女をヤツに当てがった。王女自身ヤツに懐いてて乗り気だったし、王もジョージを気に入っていたからな……それが間違いだった」


「ロリコンですわね」


「ロリコンだ」


 奇妙な沈黙が生まれたが、ケラーは続けた。


「その、あれだ。実際に結婚したのは随分後になってからだ、大目に見てやれ」


「……それから、どうなったんですの?」


 興味は大いにあるが、死んだ者の性癖を暴露するのは、さすがに良心が痛む。


「召喚魔法に使う魔石がよ、フルメントムでよく採れたんだ。もう採りつくしちまったけどな。今は坑道も放置されてる」


 ケラーは両腕を抱えて震えだした。

 何が彼をそこまで怯えさせるのかわからないが、良くない話であることは間違いない。

 マーガレットは息を呑んだ。


「……ジョージは、魔石を欲しがった。広く浅いヤツの知識だけではさすがに限界があったんだ。あちこち調べた結果、リーチェに鉱脈が発見された……そして……そしてジョージは――」


「……ほかの地球人を、……呼び寄せた?」


 だとすれば、この三十年間で世界の有り様が恐ろしい勢いで変わったのも説明が付く。

 科学だけではない。

 急激に普及した米食を始めとする食文化、漫画や映画などの芸術、枚挙にいとまがない。

 エイプル王家の後ろ盾があったとしても、とても一人の人間だけでは不可能だ。

 何より、科学文明の進歩はジョージ王の死後も留まるところを知らない。


「ああ、そうだ……。ヤツが持っていた『パソコン』という装置は、召喚魔法の魔法陣を通して地球と通信ができたんだ。笑える話だが、最初は魔法使いを呼んで錬金術でバッテリーを充電していたそうだ」


「電気じかけの何かですのね」


 エイプル王国の電気は交流で、電圧は百ボルト。周波数は五十ヘルツと六十ヘルツがなぜか混在している。


「どんな仕組みかはわからねぇが、地球ではありふれた物らしい……。『インターネット』とか『SNS』とかに繋げるって言ってたな。それで専門知識を持つ地球人を選んで呼び寄せた」


 また酒瓶を煽る。

 正直に言えば、マーガレットの理解を超える話ではある。

 しかし、ケラーは何かを恐れているようにしか見えない。

 今の話の、どこに恐れる要素があるのだろうか。


「!!」


 マーガレットは気付いてしまった。

 当たり前のように進んでいた地球の話。これには重大な裏がある。


「お待ちくださいまし! ということは――」


「地球は神々の住む、死者の魂の行き場なんかじゃない。ましてや理想郷の訳がない! 俺たちと同じ、人間の世界だ!」


「そ、そ、それじゃあ……」


 マーガレットは生唾を飲む。

 これは、確かに世界のあり方が根本から変わる秘密だ。


「そうさ……カトー様も魔神ヤマダも人間だったのさ!! これが何を意味すると思う? 信仰、つまり倫理観が崩壊したんだよ! そうなればもう、力がある奴が何でもやりたい放題だ。事実、そうなってる!」


「――――!」


 マーガレットは言葉を失った。

 事実、大陸戦争は史上最大の大戦争で、科学を応用したあらゆる兵器が投入され、従来の戦争の数十倍、数百倍の犠牲者が出続けている。

 いつの間にか慣れてしまったが、正気の沙汰ではない。


「力がある奴が、弱いやつを弱いというだけで食い物にして良いのかよ?」


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