第104話 ジェフリーの魔石

 掘る。掘る。掘る。

 泥濘の海で泥にまみれ、泥に溺れながらも破壊された塹壕を再構築する。

 固い土、柔らかい土、地層によって感触はずいぶん違う。

 しかし、スコップで掘り出された土はすべてがごちゃ混ぜになり、何が何だかさっぱりだ。


 手を動かす間、余計な事を考える必要はない。


 ヨーク少尉は任務に決して私情を挟まず、淡々と指揮を続ける。

 全体を俯瞰し、足りないところには余裕のある所から適宜人員を割り振り、効率を最優先してくれる。


 休憩時間もバッチリ。むしろ少尉自ら率先して休憩するし、交代時間には一番に宿舎に戻る。

 余計な仕事は一切しないタイプのようだ。

 やっていることは以前と全く変わらない。しかし、なぜか以前よりも効率が大幅に上がっていた。

 

「ん?」


 スコップの先に、何やら固いものがぶつかった。

 丁寧に土をどけ、拾ってみる。

 石炭ではない。原始時代に石器の材料に使われた黒曜石とも違う。

 衝撃を与えると、ほのかに薄緑色の光を放つ。

 三年半に渡ってリーチェを掘り返したビンセントですら、見たことのない石だった。

 いや。見たとしても、気に留めるだけの余裕がなかったのかもしれない。


「隊長、変な物が」


「何だ、ビンセント」


 ヨーク少尉は屈みこんでその石を拾うと、まじまじと見つめた。


「これは魔石だ。特殊な魔法の触媒やマジックアイテムの材料に使う物だが、やけに純度が高いな」


「はぁ」


 魔法に関わる事ならば、ビンセントはあまり関係の無い物だ。

 マジックアイテムを遣えるのは魔法使いのみ。

 ただの平民にはまったくもって無価値である。

 レトロフリークの貴族に売れば小遣いにはなるかもしれない。その程度だ。


「これは俺が預かる。同じような物が出てきたら、また報告しろ。他の者もだ。いいな?」


「はっ!」


「まさか……な」


 ヨーク少尉は何か考え事をしているようだった。

 その後、同じような物はヨーク分隊の陣地各所で発見された。

 おおよそバケツ一杯分の量である。


 ◇ ◇ ◇


 それが数時間前のことだ。やがて交代の時間が来た。


「ビンセント、ちょっと来い」


「はぁ」


 ヨーク少尉に連れられ、塹壕内のとある横穴に連れて行かれる。


「お前、変な知り合い多いな。ここに来る前、何をやってたんだ?」


「普通に兵隊ですが……」


 サラのことはウィンドミルから厳重に緘口令が敷かれていた。

 たとえヨークでも話す訳にはいかない。


「まあいい。あいつがわざわざこんな所まで来たとは、やはりこのリーチェには何かがある、ということかもしれん。オルスの宣戦布告も関係している……? いや、まさかな」


 ヨーク少尉は腕組みをして何やらブツブツ言っているが、独り言に近いものだろう。

 別に同意や意見を求めたものではない。ヨーク少尉には、普段からこういう癖があるのだ。

 考え事をして結論が出た時、ビンセントにもわかりやすく一から説明してくれるので助かる。

 前の上官だったトラバースは結論だけを言って、それ以外は説明せず、こちらが理解できなければ激高して鉄拳制裁であった。


「まあいい。俺たちは先に戻るからな。……この部屋だ」


 ヨーク少尉が戻っていくのを見送ると、仮設のドアをくぐる。


「元気かい、ビンセント君」


「なぜ、あなたが」


 この危険な最前線中の最前線に現れたのは、ジェフリー・ロッドフォード。

 ダブルのレザージャケットに乗馬ズボン姿で、革の帽子とゴーグル、革手袋がテーブルの上に乗っている。

 飛行機の操縦士を思わせる服装だが、エイプルに飛行機はない。

 オートバイ用の装備と思われた。


「なぜ、って……これを発見したのは君たちなんだろう?」


 ジェフリーの手に乗っているのは例の魔石だ。


「これはね、とんでもないモノなんだよ。この国の根幹に関わる秘密を秘めている。君たちが発見するとは、これも運命かな、ハハハ」


 非常にもったいぶった言い方だ。

 しかし、これがただの石ではないのは間違いないだろう。


「何ですか、これ」


 ジェフリーは身を乗り出すとビンセントに耳打ちする。

 同時に吐息がかかった。妙にくすぐったい。


「転移魔法の触媒だよ」


「はぁ」


 そんなことを言われても困る。

 転移魔法とは、あまり聞かない言葉だ。


「ごめんごめん、最初から説明しよう。結論だけ言ってもわからないよね」


 ジェフリーは軽妙な口調で説明をしてくれた。


 曰く、転移魔法は古来より国難の際に王族の手で行われてきた。

 曰く、混同されがちだが、転移魔法よりも召喚魔法と言ったほうが適切である。

 曰く、転移魔法には特殊な術式と触媒が必要。


「わかった?」


「いえ、あんまり……」


 ジェフリーは僅かに首を傾げ、ビンセントの目を真っすぐに見つめた。

 男でありながら、妙な色気がある。

 ビンセントは思わず高鳴ってしまった胸を押さえつけるのに必死になった。


 違う。違う。違う。


 男に性的な関心を持つ訳がない。あってはならない。

 しかし、なぜか良い匂いがする。訳が分からない。

 何かの間違いだ。


「今その魔法が使えるのは、僕と姉だけだ。エリックに比べればずっと弱い僕が、王女護衛任務の呼ばれたのはそのためさ」


「やっぱりサラさんのために呼ばれたんですね」


 何となくそんな気はしていた。タイミング的にも納得がいく。

 それよりも、ジェフリーには姉がいるらしい。


「つまりだね、この魔石がうんとあれば地球人を召喚できるんだ。この意味がわかるかい?」


 ジェフリーは何故か妙にチャーミングな笑顔で話を続けた。

 女であれば、普通に美人だろう。だが男だ。男なのだ。


 しかも、話の内容がぶっ飛んでいる。

 チキューは、空想上の概念のはずだ。

 神々の住む世界。人々の魂の還るところ。


「わからないかな? ジョージ王と同じ知識を持つ人間を揃えられる、ってことなんだよ」


「………………はぁ!?」


 ジョージ王は天才だった。

 万に一人どころか億に一人、いやそれ以上の大天才だ。そうそう現れるものではない。

 そのはずだ。

 ジェフリーは艶かしく唇を舐めると、思いもよらぬことを言い出す。


「ジョージ王……栗栖譲二は、地球から召喚されたんだ。今から三十年前に、当時のマリア王女によって、……ね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る