第103話 風の中へ

 テーブルの上には、マスターが限られた材料で最大限の努力をした力作のチョコレートパフェ。


「こんなもので、わたしをどうこうしようったってムダだもんねー」


「人聞きの悪い……ただのおやつですよ、ただのね」


 そんな事を言っている割には、サラはパクパクとパフェを啄む。


「おいしー」


 口の周りがベトベトだ。ウィンドミルはハンカチで拭ってやる。


「しかし……意外ですな」


「何がだ」


 エリックの前にも同じパフェが並ぶ。


「いえ……こういったものはお嫌いかと」


「お前と食事やお茶をしたことは無いはずだがな」


「ええ、まあ」


 エリックも美味そうにパフェを食べていた。

 ウィンドミルは冷や汗をかく。相手は侯爵にして最強の魔法使いだ。

 変に機嫌を損ねてはまずい。


「いいか、脳はブドウ糖がエネルギーなんだ。脳と魔法には密接な因果関係があることは、お前も知っているだろう」


「ええ、おっしゃる通りです……」


 空気が重い。

 つい先程も煙草を吸おうとして、無言のまま煙草を氷結させられてしまったばかりだ。

 確かに煙草には有害な物質が含まれているとされ、子供の近くで吸うのは良くない。

 いつもの癖で、つい失念していたウィンドミルにも責はある。

 クーデター以降、急激に増加した業務量とストレスを少しでも和らげたかっただけなのだ。

 凍傷を負うほどの過失だろうか。

 サラがエリックを諌め、魔法で治療してくれたから良かったようなものの、役人の命であるペンを持つ手が使えなくなる恐れがあった。


「ガキの頃から好きなんだ。お前も食え」


「は、はあ……」


 ガキの頃、というのがいつかはわからないが、チョコレートパフェが登場したのはつい数年前だ。

 外国から来たという料理人が王都で小さな店を開いたのが始まりで、敵国を含め爆発的に大陸中に広がった。

 古来より魔法を使った氷菓子は貴族や富裕層の間で楽しまれていたが、ジョージ王が冷凍機械を発明したことで庶民でも食べられるようになったのだ。

 同時に化学反応を利用した冷凍法も知られるようになる。


 やがて、ウィンドミルの前にもパフェが運ばれてきた。

 震える手でスプーンを持つ。


 三角錐をひっくり返した形のガラス容器には、色とりどりの果物とチョコレートソース。中にはアイスクリームが待っている。

 甘いものは嫌いではないが、ウィンドミルはウィスキーやワインが飲みたかった。

 スモークチーズがあれば言うことはない。


 何よりも家のベッドで眠りたい。

 最後に使ったのはいつだったか、覚えてすらいない。


「で、結局どうするんだ、お姫様」


「なんども言わせるなよー。王都に帰るもんねー」


「危険だぞ」


「おまえがいてもかー?」


 エリックは自他ともに認める最強の魔法使いだ。

 こう言われては断りにくいだろう。


「やれやれだ。警告はしたぞ」



 サラを王都に連れて行くのはリスクもあるが、見合ったリターンもある。

 王家の威信。これは状況を打開する切り札になりうる。

 貴族が嫌いな平民でも、王家には程度の差はあれ敬意を払っているのだ。

 エリックは唐突に切り出す。


「お姫様。あんたが女王になったら、この国をどうするつもりだ」


 サラは指についたチョコレートソースを舐めながらしばし考える。


「んー、そうだなー。とりあえず、人が無意味に死んでく戦争、終わらせるかなー」


「誰もが望むことだ。俺が聞いているのは、その後だ」


 お子様に向けた質問にしてはやけに突っ込んでいるが、ウィンドミルは経過を見守る。


「……………………」


 サラは、すぐには答えなかった。

 たっぷり一分は沈黙した後、絞り出すようにしてサラは答える。


「父様の代でだいぶん改革は進んだけどさー、社会をどのようにいじくっても、いずれは歪みが大きくなって、……格差は拡大していくんだよー。そうすれば、かならずどこかに火種がおこるんだー。そうすればよいのかは、今のわたしには……わからないなー」


 さっきまで、駄々をこねて床をゴロゴロと転がっていたお子様の言葉である。

 正直を言えば、ウィンドミルにもよくわからない。


「ふん。王となった後の明確なビジョンもなく政を行うか。国民はいい迷惑だな。そんなことでは、マイオリスと変わらん」


「少なくともー」


 サラは顔を上げた。


「みんながバラバラじゃ、ぜったい何もできないよー」


 それについてはウィンドミルも異論はない。

 とはいえ、亡命を前提としていた計画は練り直しになる。

 ケラー首相だけに任せておく訳にはいかない。

 先が思いやられた。


「…………」


 窓の外に目をやると、一台のオートバイが爆音高く駆け抜けた。


「ウィンドミルー、あれほしいー」


「先に自転車に乗れるようになりませんと……」


 オートバイはエンジンの付いた二輪車で、ペダルを漕がなくても走る便利な乗り物だ。

 軍で偵察や連絡に使われるほか、衛兵隊も警らで使う。

 魔力の無い平民でも使えるが、高価なので購入できる平民は少ないだろう。

 軍への納入が優先されているため、ただでさえ民間向けは高騰している。


「はあ……」


 全てを投げ打って、オートバイにでも乗って逃げ出したい。

 ウィンドミルはそんな気分になっていた。

 最後に妻と娘の顔を見たのはいつだったろうか。


「俺はあんまり好きじゃないな。転んだらどうする。さて……」


 エリックは席を立つ。


「俺はちょっと車でも買ってくるかな」


「は、はあ」


 まるでおやつでも買ってくるような言い方だ。

 侯爵家の財力を持ってすれば安い買い物と言える。

 平民で自動車を持っているのは、タクシーやトラックの運転手に限られた。

 貴族であっても、領地も財産もないウィンドミルの給料ではとても買えない。

 カスタネまで乗ってきた公用車は、急遽リーチェ戦線に引き抜かれてしまった。

 アリックアムの大使館に連絡して手配してもらうつもりだったが、今となってはそれもできない。


「前の車はダメだ。イザベラのせいでスタックするし、パンクまでさせやがった」


「おー、あいつとドライブしたのかー?」


 サラが身を乗り出す。


「去年の事だ。マーガレットとジェフリーも一緒だったがな。あいつのせいで重心が傾いて、運転しにくいったらありゃしなかったぜ」


「そういうもんかー?」


 ウィンドミルは黙っていた。

 イザベラ本人から厳重に口止めされていたからだ。

 彼女は、ほんの一年前までぽっちゃりであった。これは控えめな表現である。


「あいつ、一年前までドラム缶体型だったからな。ゆうに百キロを超えていたはずだ」


「すげー! おっぱいだけ残したのかー!」


 しかしエリックが躊躇なく暴露してしまった。

 自分の責任ではないことに、ウィンドミルは安堵した。

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