第96話 我に続け

「敵襲ーッ! 敵襲ーッ!」


 司令部に銃声が響く。何度か聞いた事もあるサブマシンガンの音だ。


「おいおい、ここは司令部だぜ?」


 カーターは小銃を手に取った。

 使い慣れた対魔ライフルはカスタネの保養所に置いたままだ。

 そもそも前線では十二・七ミリ弾が主力になっており、十三・二ミリの対魔ライフルは弾薬の互換性がない。


「俺の傍から離れないでくださいよ、チェンバレン中佐!」


 カーターは新たな上官を一瞥する。

 亜麻色の髪は微動だにせず、琥珀色の瞳は一切の動揺がない。


「噂の新戦術か。大したものだ」


 チェンバレン中佐はすっと立ち上がる。


「しかし少数の精鋭を送り込んだということは、弾数も限られ補給もままならんということ」


 その言葉は本丸が急襲されていにもかかわらず、物事を俯瞰する姿勢を崩さない。


「お前の力、見せてもらうぞ。ボールドウィン」


「お任せください。この戦いが終わったら、もっと良いトレーニング器具を紹介します」


「私は太ってなどおらぬわ!」


 カーターはテントを出ると、即座に防御魔法『シールド』を展開する。

 何せイザベラの兄である。万が一の事があればイザベラが悲しみ、ビンセントもサラも苦しむことになる。


「サァ来やがれヒョロガリども! 守り切ってみせるぜ!」


 敵兵士のサブマシンガンが火を噴く。

 カーターの『シールド』が数十発の弾を受け止めた。


「どうしたァ? そんな豆鉄砲じゃあ、オレ様は倒せねぇぜ!」


 カーターは小銃を構え、引き金を引く。

 命中を確認する余裕もなく、ひたすらに撃ってはリロードの繰り返しである。

 機関銃があれば一網打尽だというのに、まどろっこしい。

 チェンバレン中佐の火属性魔法が飛んでいくが、スピードが遅く回避されてしまう。


「魔法だけは妹に敵わん、情けない事だ」


 敵の数は見えている範囲で十五人ほど。全員が銃床のついたサブマシンガンで武装している。

 それよりも、問題は彼らの制服だ。

 なぜか同盟国のオルス帝国の軍服を着ている。

 オルス帝国の裏切りか、あるいはクレイシク王国がこちらの混乱を狙ってオルス軍に変装しているのか。


 しかし、そんな事を考える余裕はない。

 戦略だの戦術だの、あるいは謀略だの、考え事は将軍や士官に任せておけばよい。

 こちらを撃ってくる以上、敵であることは間違いない。

 銃弾は身分を選ばない。敵味方すら選ばない。当たった者は死ぬ。

 カーターはあまり細かい事を気にする性格ではなかった。


「オラオラオラァ!」


 手榴弾が飛んでくる。目の前で爆発し、無数の破片が『シールド』に突き刺さった。


「うっ……! ふぅ…………」


 シールドが掻き消えた。しかし、カーターは二回まで連発が可能だ。


「うっし!」


 カーターは再び『シールド』をどぴゅっ、と展開し、更に魔力を込めた。

 いくらトレーニングを重ねても、連発回数は増えなかった。

 しかし、成果は確実に上がっている。

 強度と持続時間は鍛錬に比例して強化されていた。

 もう何度目かもわからない斉射を食らい、視界の全域が銃弾で埋め尽くされる。


「伝令を出して応援を呼んでいる! どうにか耐えてくれ!」


「了解ッ!」


 こうなれば根性勝負だ。

 敵の弾が尽きるのが先か、こちらの魔力が尽きるのが先か。


「オラオラァ! かかってこいやァ!」


 いつ果てるとも知れない硝煙弾雨は、不意に空から降って来た無数の火の玉で終わりを告げた。


「これは……魔法か……! 誰だ?」


「あ、熱いし!」


 敵兵が火だるまになって転げまわる。

 カーターが後ろを振り向くと、まだらの牡馬に跨った亜麻色の髪の女騎士が風のように駆けて来る。

 敵の兵士には目もくれず、ただの障害物としか見ていないかのように。


「あれはまさか、イザベラさんとエクスペンダブル号! なぜここに……」


「イザベラだと?」


 イザベラはカーターたちの前まで来ると、馬上から叫ぶ。


「カーター! ブルースは!? ねえ、ブルースはどこ? 言いなさい!」


「ちょ、ちょっと待って!」


 助かったことに感謝しつつも、カーターはイザベラの行動力に戦慄した。

 どこまでもまっすぐで素直な人だ。そして、ビンセントの言う通り少しおかしい。

 特に目がグルグルしているように見えた。


 チェンバレン中佐が叫ぶ。


「イザベラ!」


「お兄様! いたのですね。ちょうど良かった。そこの筋肉と一緒に来たお方を探しています。ブルース・ビンセントという名前ですが」


「誰だ、それは? そんなことより何故お前が――」


 イザベラは中佐に剣を突き付けた。


「そんな事とはなんですの、お兄様でも許しませんよ! ここで私が華麗に彼を救い出すことができれば、大幅なポイントアップなのです! 二人は幸せなキスをして終了! 完璧な計画ね、フヒヒヒ!」


「何を言っているんだ! わかるように話せ!」


 イザベラは振り向くことなく手を後ろに向けると、火の球を飛ばした。

 新たに現れた敵兵が炎に包まれる。


「つ、強え……」


 カーターは呆気にとられた。こんな強力な魔法は見たことがない。

 確かにイザベラの得意魔法は火属性だが、並の魔法使いではこんな馬鹿げた火力を発揮することはできない。

 カーターの防御魔法をもってしても、防ぐことは出来ないだろう。

 イザベラが敵でないことにカーターは安堵した。


「イザベラ! 誰なんだ、そのビンセントと言うのは?」


 そこでイザベラは頬を染めた。だらしなく唇を歪め、異様な笑みを浮かべる。


「フヒ……わ……私の……その、旦那様になるお方なの! ブヒ、フヒヒヒ!」


「な、何ィ!?」


 驚愕したのはチェンバレン中佐だけではない。カーターもまた開いた口が塞がらなかった。


「あ……相棒が? 話が繋がらねぇぞ?」


 イザベラの目が血走っている。呼吸も荒い。まともな精神状態とは思えなかった。


「隠し事は為になりません、お兄様。お答えください」


「どこの貴族だ? ここに来ているなんて話は聞いていないぞ!」


「まだしらばっくれるおつもりですか。彼が死んだらどうしてくれるのです。たとえお兄様でもお尻を掘ってもらいますよ――」


 カーターを指さす。


「そのボールドウィン侯爵に! 彼は侯爵の親友なのです! お尻のお覚悟を! お兄様はもう痔になる運命を逃れられませんッ!」


「えっ」


 さらりと酷いことを言っている。


「侯爵だと? ボールドウィンが?」


 カーターは言うまでもなくホモではないが、侯爵とはどういうことだろうか。

 死んだ父は侯爵だが、お家取り潰しとなり農民の母と結婚した。

 カーター自身は魔法が使えるとはいえ平民である。

 やはりイザベラはおかしくなっているのだろうか。いや、前からかなりおかしかった。


「お答えいただけないなら仕方がありません。敵兵を蹴散らし、しかる後にゆっくりと探すことにします。行け! エクスペンダブル!」


「ファイッ!」


 雄叫びを上げてエクスペンダブルは走り出す。その足取りは年齢を感じさせない、確かで力強いものだった。


「我に続けえええぁあぁぁあッ!」


 イザベラはサーベルを天高く掲げた。

 雲間から差し込む陽光が刃に反射する。


「何なんだ! イザベラのやつは!? それに、お前が侯爵?」


「俺が知るわけないっすよ? どういうことですか!?」

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