第77話 場違いな遺物

 村長の家の倉庫には、生き残りの賊を放り込んである。

 これ以上の抵抗はないだろうが、それでも万が一のことを考えて、ビンセントとカーターが交代で見張ることにした。

 イザベラとマーガレット、エリックとジェフリーは宴会に呼ばれ、もてなしを受けている。

 更には男女別に専用の部屋を与えられた。


 今はビンセントが外で見張っている。

 ここは使用人の部屋らしい空き部屋だ。部屋の隅には埃がたまっており、少々カビ臭い。


 カーターは薄汚れた毛布を取ると、床の上に直に横になった。

 ベッドは一つしかないので、サラに使わせたかったのだ。


「……ったく。これで本当に良いのかねぇ?」


 本来、英雄として称えられるのはビンセントのはずだ。

 しかし、なぜかエリックが英雄になっている。

 カーターは確かに見た。

 銃を手に必死の形相で駆け回り、賊を蹴散らし、村人を助けて回ったビンセントを。


「……たしかに酒を飲まない奴だがよ。それにしたって……」


「うーん……」


「おっと、起こしちゃいけねぇな」


 カーターはベッドで眠るサラに、はだけた毛布を掛け直す。


「むにゃむにゃ……くさった大豆を……アツアツのごはんに……おいしー……」


「やれやれ、どんな夢見てるんだか。さっぱりわかったもんじゃねぇ」


 とはいえ、夢とは不条理なものだ。理屈など無い。


 窓の外に目をやると、ビンセントが銃を抱えて見張りを続けている。

 カーターは目を瞑った。

 交代の時間まで少しでも休んでおかねばならない。


 ◇ ◇ ◇


 雲の間から月が顔を出す。夜風は冷たく、吐く息は白い。


「相棒、交代の時間だぜ」


「おう」


 カーターはビンセントから小銃を受け取る。

 咄嗟の動きには、対魔ライフルよりも小銃のほうが対応しやすいからだ。


「やれやれだぜ。みんなエリックを英雄扱いしやがる。本当の英雄はお前さんだっていうのによ」


 ビンセントは僅かに微笑んだ。


「俺は平民だからな。そういうもんさ。それに、フィッツジェラルド様が賊の親玉を倒したのは間違いない。……凄かったぜ」


 落ちていた木の枝で、瞬きするような一瞬で賊の親玉を倒したのだという。

 あんな筋肉の無い男にそんな事ができるのか、カーターは半信半疑であった。


「でもよぉ……」


「本当さ。俺だったら倒せたかどうかわからない。少なくとも、生け捕りは無理だっただろうな」


 確かに洞窟のような閉所で銃を使えば、跳弾がどこに飛んでいくかわからない。

 ビンセントは数歩歩くと立ち止まり、顔だけをカーターに向けた。


「カーター。……ルクレシオンって……知ってるか?」


「プロテインの新商品か?」


「いや、知らないならいいんだ」


 聞いたことのない言葉だった。

 屋敷に入ろうとするビンセントを、カーターは呼び止めた。


「なあ、相棒……お前、悔しくねぇのかよ!?」


 ビンセントは足を止めて振り返る。


「悔しい?」


「だってそうだろう! ルシアとかいう女はともかく、今この村があるのはお前さんあってこそなんだぜ! なのに誰もお前を正当に評価しねぇ! おかしいだろ!」


「…………」


 ビンセントは黙って腕組みした。


「――カーター。これは仕方がないことだ」


「何でだよッ!」


「見ろ」


 ビンセントは周りを指す。

 瓦礫のほかは焼け残った家々と僅かな畑が並ぶばかりの、何もない田舎だ。


「何だよ、何もねぇぞ?」


 ビンセントは鋭い視線をカーターに向けた。


「そうさ、何もない。畑も工房も殆ど焼けちまったよ。村の復興には莫大な金がかかるぞ。その気になればその金を出せるのは、……誰だ?」


 カーターはハッとした。


「接待、って訳か!」


「そういうこと。これからの村に必要なのは、ただの平民の兵士より、金持ちで立派な家柄のお貴族様、ということさ。それに、見ろ」


 ビンセントはポケットから何かを取り出し、カーターに突き付けた。


「何だこりゃ? キャラメルの箱じゃねぇか!」


「村の子供が助けてくれたお礼に、ってくれたんだ。この村じゃ、なかなか買えないぞ? 取って置きだってさ」


 ビンセントは嬉しそうに箱を開けると、キャラメルを一個カーターに渡した。


「正当に評価してくれる人はちゃんと居るし、こうして謝礼も受け取った。悪い話じゃないだろう?」


 ビンセントが屋敷の中に入っていくのを見送ったカーターは、キャラメルの包みを開いて口に入れた。


「クチャクチャ……なるほどねぇ」


 疲れた身体に甘味が染み入る。

 しかし、ビンセントの疲労はこんなものではないだろう。


「――ま、ゆっくり休みな、相棒」



 ◆ ◆ ◆



 深夜、サラは目を覚ました。


「……おしっこー」


 サラにとって、すでに一人でトイレに行くなど造作もない。

 家臣たちが見たら、感激のあまり泣き出すことだろう。記念日を制定するかもしれない。

 ビンセントたちとの旅で、サラは一回り成長していたのだ。

 とはいえ、自分の立場も弁えてはいる。

 不特定多数の人が出入りする場所では決して一人では行かないと、ビンセントたちと約束しているのだ。



「これが」


「ええ、残念ながら……」


 村長の部屋から、話し声が聞こえる。

 村長とジェフリーの声だ。


「なにやってんだー?」


「やあ、セーラちゃん。一人でおトイレかい? 偉いね」


 ジェフリーがサラの偉業を認めたらしい。


「にししー。すごいだろー」


「今、村長にマジックアイテムを見せてもらってたんだ」


 ソファに掛けた村長が、穏やかな笑顔でサラを手招きする。


「おいで、お嬢ちゃん。お菓子もあるよ」


「わーい」


 皿に盛られた菓子をパクつくと、村長とジェフリーは話を続けた。


「ロッドフォード様。これは残念ながら壊れており、動作はしません」


 机の上に置かれたのは、手のひらほどの小さな黒い板。未知の文字が刻まれているが、サラはどこかで見たような気がした。

 全体はセルロイドに似ているが、少し違う。

 端の方にはレンズのようなものが付いている。

 ひっくり返すと片面にガラスがはめられているが、全体にヒビが入っている。端の方にボタンが一つ。


「動いているところを見たかったな。持ち主は今どこに?」


「残念ながら、亡くなりました。大陸戦争が始まってしばらく経った頃でしょうか、流行り病で」


「そうか……」


「現代の我々の技術では、解析はおろか修理も不可能です。ただのガラスではなく、表示部と操作盤も兼ねていたとか」


「ふぅん……こんな小さなガラス板がねぇ」


 ジェフリーは背もたれに体を預ける。

 腕を組み、しばらくの間考え事を続けた。


「いずれにせよ、問題は出処だよ。なぜここに『スマートフォン』があるのか……」


 村長は首を傾げた。


「さぁ……リーチェから来た知り合いが置いていった、としか」


「今度はリーチェか。でも、あそこは調べようがないしねぇ」



 二人に促され、サラは再び床に就く。

 床ではビンセントが死んだように眠っていた。


「あれ、どっかで見たような気がするんだよなー」



 ◇ ◇ ◇


 翌朝、馬車に乗って出発する一行を村人は帽子を振って見送った。

 さすがに定員オーバーなので、ビンセントとカーターは馬を引いている。


「エリック様ッ!」


 ルシアが馬車を追いかけてくる。

 よそ行きの服を着て、なぜか大きなトランクを抱えていた。


「私、決めました! エリック様にお仕えいたします! ぜひ、お傍に置いてください!」

 エリックは困惑した表情だ。


「だから、お前を助けたのは……」


「エリック様です! 私、もう決めたんです! 嫌だと言っても着いて行きますから!」


 イザベラとマーガレットは溜息をついて頭を抱え、ジェフリーは目を逸らした。


「イケメンってすごいなー」


 これにはサラも感心せざるを得ない。


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