第73話 モンスター その一

 二人で外に出る。


「マーガレットさん、こちらへ」


 ビンセントに引かれ、先ほどの岩の陰に移動する。


「隠れてどうしますの! 正々堂々戦うべきですわ!」


 マーガレットの魔法は氷系だ。

 氷の塊を打ち出すのが最も得意な戦術である。並みの魔法使いなら負けることはない。


「そういうのは競技会とかでやってください」


 ビンセントはしゃがみ込んだまま答える。


「臆病者ね! 怖いならここで一人で震えていなさいな!」


「あの……」


 マーガレットは駆け出した。 

 あのような臆病者に執心するイザベラが理解できなかった。

 一体どこが気に入ったというのだろうか。全くもって理解に苦しむ。


 今まさに村人が家を焼かれ、命すらも奪われようとしているというのに。

 家屋に火を付けて回る賊まで駆け寄る。徒歩の人数はやはり五人。

 ビンセントの言う火炎放射器の威力がどの程度かはわからないが、他にも火属性の魔法が得意な者がいるようだ。


 鉄帽を被り、煙から呼吸器を守る防毒マスクを付けたその姿は、リザードマンに見えなくはない。


「そういうことですの……」


 それぞれの手元に魔法陣が浮かび上がり、炎を、あるいは氷などを放って暴れている。

 統一された意思は感じられず、各々が勝手気ままに暴れているようだ。

 住民を追いやって略奪をするつもりなのだろう。


 酒の樽を担いだ男が、縋りつく老人を蹴り倒した。何度も何度も踏みつける。マーガレットの胸に怒りがこみ上げた。


「お待ちなさい! それ以上の狼藉は許しませんわ!」


 賊の視線がマーガレットに集まる。

 彼らは一瞬たじろいだが、すぐに開き直った。


「これは我々の崇高な使命のために必要な徴発だ! 邪魔をするな!」


「こいつらは平民だ! 我々への協力こそ、国のため、いや世界のためなのだ!」


 一人が何かに気がついたようで、一歩前へ出た。


「あんた、見たことあるぜ。ルクレシオンだろう? 協力してくれ」


 マーガレットはハッとした。


「確かに、……そうですわ。わたくしもルクレシオン」


「だろう? 俺たちの仲間だ!」


 マーガレットはかぶりを振る。こんなケダモノどもの同類とあれば、恥でしかない。


「この村に、あなたたちを養う余裕があると思っていますの? あなたがたがルクレシオンを名乗るなら、今ここで脱退宣言いたしますわ」 


 マーガレットは杖を突き付けた。魔法の杖は魔力を増幅する効果が付与されている。

 皮肉にも、フィッツジェラルド家から贈られたものだ。


 ここで魔物を蹴散らして英雄となり、エリックに自分を捨てたことを後悔させる。

 依頼を受けた時、マーガレットの頭の中には、それしかなかった。今となっては恥ずかしい。

 しかし、魔物以上の魔物が目の前にいる。


「だってそうでしょう? あなたたち、どこからどう見ても――」


 杖の先に白の魔法陣が浮かび上がる。


「――ただの強盗ですわッ!!」


 魔法によって生み出された氷塊が勢いよく飛んでいく。


「!?」


 一人が構えた銃のようなものから勢いよく火炎が吹き出すと、氷塊は賊に届く前に溶け落ちた。


「これが……火炎放射器!? なんて威力ですの……!!」


 かなりの魔力を込めたはずだ。

 しかし、火炎放射器の威力は先日見たイザベラの火球すら大きく上回っていた。


 火炎放射器の炎が止むと、間髪入れずに別方向から火球が飛んできた。

 これには魔力を感じる。


「うっ!」


 飛んできた火球を氷の円盾で防ぐが、たった一回で蒸発してしまう。

 急いでもう一度円盾を形成するが、先ほどよりも小さいものしか作れない。

 これではジリ貧だ。


「……なんてこと!」


 マーガレットはイザベラとの喧嘩を思い出した。

 しかし、そんなものとは比較にならない。

 本気で殺意を持った魔法は、桁違いの威力だった。


 加えて相手は五人。

 攻撃の密度もまるで違う。

 マーガレット同様の氷柱も飛んでくる。風の刃がそれらの勢いを強めていた。


「さっきの勢いはどうしたァ? 可愛い顔したお姉ちゃん?」


 賊の一人が下卑た笑い声を上げる。

 マスクに阻まれ表情は伺えなかったが、さぞや醜悪なものだっただろう。


「殺すなよォ! 楽しみが無くなるからなァ!」


「俺が最初な! 胸は無ぇけどさァ!」


「色々お世話してもらわなきゃなァ!?」


 賊がマーガレットを慰み者にしようとしていることに気付いた時、マーガレットは己の愚かさを悔いた。

 魔法を使う貴族同士、自分は正々堂々貴族のルールに従って決闘を挑んだつもりだったが、彼らはそんなものはとっくに捨てていたらしい。

 彼らは身も心もただの犯罪者になり下がっていたのだ。

 魔法と科学兵器を使う、厄介な犯罪者に。


「いい身体してるよなァ! もう我慢できないぜ! いっただきーッ!」


 一人がマスクを脱ぎ捨て、マーガレットに向かって突進してきた。

 下卑た笑みを浮かべ、薄汚れた顔に伸び放題の無精髭。涎まで垂らしたその顔に、本気で嫌悪感を覚えた。

 人ですらない、もはや獣そのものだ。


「下衆が……!」


 もちろん、ただで慰み者になるつもりはない。

 敵わなくとも、せめて何人かは道連れに地獄へ送ってやるつもりだ。

 マーガレットは杖を構える。 


「うっ……」


 しかし、その男はマーガレットに辿り着くことなくその場に倒れた。

 やや遅れて響く銃声。


 続いてもう一人。また一人。

 狼狽した彼らは、何が起こったか理解する間もなく次々と倒れていき、ついには五人とも地に付した。


「ど……どういうことですの……まさか!」


 左手の路地からビンセントが小走りで近寄ってくる。


「マーガレットさん!」


「これは……あなたが?」


 走りながらもビンセントはクリップで弾を装填している。

 ボルトを閉じ再装填を済ませると、マーガレットの手を掴み、焼け残った民家の陰に滑り込んだ。


「無茶ですよ! 魔法なんて、せいぜい百メートルしか届かないんですから、距離を取れば一方的に攻撃できるじゃないですか!」


「え、そうなんですの!?」


 弾を込め終えたビンセントは頭を下げる。


「すみません、射線上にマーガレットさんがいたもので、確実に撃てる位置まで移動していたら遅くなってしまいました」


 マーガレットはビンセントを見る。ごく普通の、どこにでもいる平民の兵士。


「怪我はありませんか?」


 あんなにも苦戦した相手を、この平民はたった一人で全員倒してしまった。

 しかし、問題はそれだけではない。


「ええ……怪我は……ありませんわ」


 問題は、彼と全く同じことをできる平民が何万人、何十万人といることなのだ。

 マーガレットは、震える自分自身の肩を抱きしめた。


「怪我は……ね」


「まだトラックがいるはずです。このまま身を隠して様子を見ましょう」


「え、ええ、そうね」


 マーガレットには、平民の知り合いは殆どいなかった。

 使用人はいるが、あくまでも相手は仕事でこちらに仕えている。

 悪い言い方をすれば、人間扱いしていなかったのだ。

 ただの平民。ただの一兵士。魔法はもちろん使えない。

 決して特別なんかじゃない。

 なのに、その気になれば複数の魔法使いを一蹴してしまう。


「マーガレットさん、無理はしないでください。安全な場所へ逃げて――」


「ダメですわ」


「しかし、マーガレットさんに万が一があっては」


 敵の魔法使いは決して弱くはなかった。あのままであれば、マーガレットはどうなっていたかわからない。

 ピンチに現れて、敵を一瞬で倒した上に、心配までしてくれる。


 ……これだ。

 これにやられたのだ、イザベラは。


「なんてちょろいんですの……」


 思わず口に出た。

 しかし、ビンセントの答えはマーガレットの考えていた事と食い違いを見せた。


「ちょろいと言っても、それはマーガレットさんが敵の気を引いてくれていたからです。正面から戦えばわかりませんよ。次も上手く行くかどうか……」


「えっ?」


 マーガレットはビンセントを見る。真剣な表情。


「あの、何か」


「うふふ……うふふふ……ううん、何でもありませんわ。せいぜいあなたの足を引っ張らないようにしなくてはね!」


 少し離れた空き家で爆発が起こった。男の悲鳴が響く。

 ビンセントの口端が歪む。


「お、かかりましたね」


「な、なんですの?」


 爆風に巻き上げられ、ひらひらと風に舞っているのは、どこかで見た布。


「わ、わたくしのブラ……?」


「針金と手榴弾を組み合わせたブービートラップです。マーガレットさんのブラジャーとパンツはエサに使わせてもらいました。俺好みのエッチなデザインだったので、惜しかったですけど」


「人の荷物を勝手に漁らないでいただけますこと?」


 前言撤回。

 やはりイザベラの手下だけあって、かなりの変態だ。



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