第70話 ドラゴン・ロード

「似合いますかしら?」


 マーガレットは陸軍の士官用戦闘服をどこからか調達してきた。

 いちおう王立学院の学籍はまだあるとのことで、学院から借りたのだろう。

 女性士官は数が少ないが、居ないわけではない。

 基本的なデザインは男性用と同じだが、体にフィットしたデザインでボディーラインがはっきり出る。

 マーガレットは胸こそ小さめだが、スタイルは均整が取れており、非常に様になっていた。


「ええ、よくお似合いです」


「でしょう? でしょう? おほほほほほ!」


 楽しそうで何よりだ。ククピタが本当に楽しければ言うことはない。



 カスタネから徒歩で半日ほど山道を登った所に、ククピタ村がある。

 道すがら、マーガレットはビンセントにドラゴンの特徴を説明する。


「おおよそ体長は十五メートルほどで、体重は六トンくらいだそうですわ。頭が大きくて、力強い脚と対照的に手は小さくてあまり役に立たないとか。裂けた口から生える牙は二十センチ近くもあって、噛まれたらひとたまりもありませんわね」


「マーガレットさんは見たことがあるんですか?」


 マーガレットは頭を横に振る。


「……あなたの方が詳しいのではなくて? 男の子ですものね」


「それはまぁ、人並みには」


 ドラゴンといえば物語の主役。

 大人から子供まで、嫌いな者は居ないのだ。絵本で、書籍で、映画で。常に彼らは人類と敵対し続ける。

 特に英雄カトー様との壮絶な戦いが描かれた作品は、百を下らない。

 しかし、その生息数は少なく、最後の目撃は三十年前。一説にはジョージ王が関わっているとされるが、詳細は不明だ。以後、見たものは居ない。


「大地を震わせる咆哮、手には泣き叫ぶ美少女。そこでわたくしの氷魔法がドカーン! バリバリバリー! と炸裂して、ドラゴンは力なく倒れる。『妹を助けてくれてありがとう』とステキな殿方が……」


「その殿方は妹を放って置いたんですか? 兄なのに」


 ただの妄想ならともかく、取材を兼ねている。

 物語としては疑問符が付く展開だ。


「無粋な突っ込みですわ」


「だったらお兄さんがその場に居ない理由を考えてください……」


「えーと、囚われの姫を……」


「ヒロイン的にそれでいいんですか……?」



 ◇ ◇ ◇


 ククピタは四方を山に囲まれた盆地の寒村で、周囲は鬱蒼とした森に囲まれていた。

 村に足を踏み入れたマーガレットとビンセントは、いくつもの焼き払われた家屋を目にした。

 おおよそ集落の四分の一が焼かれている。


「……ひどいものですわね。……まずは村長の家に行きますわよ」


 親とはぐれたのだろうか、泣いている子供が一人。就学前の女の子だ。

 顔と着ているチュニックは煤で汚れ、抱えたヌイグルミは腕が千切れている。

 ビンセントたちを見ると、彼女は頭を抱えてしゃがみこんだ。


「だいじょ――」


 マーガレットが声を掛けようとするのをビンセントは留めた。


「何ですの……あら」


 女の子と同じ髪色をした小学生くらいの男の子が駆け寄ると、女の子は泣き止んだ。手を取って歩き出す。


「きっと、兄妹ですよ。小さな妹がいるなら、情けない所は見せられないでしょうね」


 二人は焼け残った家に入っていく。

 ビンセントはムーサの実家で待つ妹を思い出した。

 レベッカもよく泣いて膝を抱えることが多かった。年上の男の子にいじめられる事が多かったのだ。

 今にして思えば、好意の裏返しだったのかもしれない。


 その年上の男の子……というのは奇しくもビンセントの同級生であり、体格も良くクラスの中心的な人物だった。

 いつも仲間とつるんでおり、決して一人になることはない。

 他の理由で喧嘩などした事のないビンセントだが、さすがに妹を放っておく訳には行かない。


 ……結果は言わずもがな。


 一対一ならまだしも、喧嘩では物量がものを言う。数には絶対に勝てないのだ。

 笑えない冗談にしか聞こえないが、彼らはそれを、『友情』とか『仲間』とか呼んでいた。

 ふざけた話だ。

 それでも効果はあったのか、妹へのいじめは徐々に止んでいったのは幸いだ。

 反面、ビンセントはクラスで孤立していったのである。


「……お兄ちゃんだって、本当は泣きたいのでしょうけど」


 マーガレットに聞こえたかどうかわからないが、女の子は小さな声でこう呟いた。


「魔法使い、怖い……」


 ◇ ◇ ◇


 村長の家は村の中央にある屋敷で、平屋の白壁は煤で黒ずんでいる。


「よくぞお越しくださいました、我々だけではいかんともしがたく……冒険者ギルドに依頼を出したのですが」


 村長は老年に入ったばかりの小柄な男性で、禿げあがった頭に口ひげが特徴的であった。


「わたくしが受けたのが幸いでしたわ」


「ははっ、おっしゃる通りです。アリクアム魔法女学院といえば、魔法の名門。これで一安心ですわい」


 村長が言うには、ひと月ほど前に現れたドラゴンが火を噴いて家々を燃やし、田畑を荒らし、女と家畜を連れ去ったという。


「それはもう、稲妻のような恐ろし気な声を上げて、リザードマンたちが村の娘たちを連れ去り……」


「リザードマン? 初耳ですわ」


「ドラゴンに比べれば物の数ではありますまい。なにとぞ、なにとぞよろしくお願いいたします……」


 依頼内容の食い違い。

 これならば、逃げてもこちらに塁が及ぶことはない。

 元々違約金の設定はないが、村長なりの気遣いだ。


 おそらく、犯人は……。


 ◆ ◆ ◆


「……綺麗!」


 沈みかけた陽が、雲一つない空を青から橙に、そして金色に染めていく。

 マーガレットは道端にある大きな岩に腰を下ろした。夕方の風は少し冷たくなってきたが、心地良いものだ。

 火事場の焦げ臭さが無ければ紅茶でも飲みたいところである。


「ねえ、あなたもそう思うでしょう?」


 彼女から少し離れた所で、ビンセントは四つん這いで焼け落ちた瓦礫の下に目を凝らしていた。雨が降ったらしく、水溜りができている。


「いえ、別に」


「何とも思いませんの?」


「夕暮れは好きじゃないです」


「こんなに綺麗なのに。しかしまあ……地面を這い回る姿がよくお似合いですこと」


 調査名目とはいえ、一目で襲撃を受けているのは明らかだ。これ以上何を調べる必要があるのか、マーガレットにはわからなかった。


「マーガレットさん。一つ質問があるのですが」


 彼は水溜りに指を突っ込むと、くんくんと臭いを嗅いだ。


「んもう、ここはわたくししか居ないのだから、マーガレットと呼び捨てで良くてよ」


 流し目を送ってみるが、ビンセントに反応がない。淡泊な朴念仁なのか、あるいは一途なのか判断しかねた。


「ドラゴンって、何を食べましたっけ?」


 何を寝ぼけたことを言っているのだろうか、と一瞬マーガレットは思ったが、自分でも言った通りよく知らないのである。


「さあ、おとぎ話では生贄の美女が定番ですわね。わたくしが生贄に選ばれたら、あなた、助けてくださいますの?」


「可能であれば全力を尽くしますよ……」


 可も不可もない返事だ。

 エリックに同じ質問をすれば、『絶対に助ける』と自信満々に言うことだろう。イザベラの趣味がわからなくなる。


 続いてビンセントは地面に屈みこんで何かを見つめている。ポケットから巻き尺を取り出すと、色々測っていた。時々メモを取っている。

 真剣な瞳で地面見つめている姿は、それなりに様になっているようでもある。

 必ずしもマーガレットの好みという訳でもないが、決して嫌いではない顔つきだ。耳の形が少しだけ父親に似ていた。


「まあ、不細工ではありませんわね……」


 マーガレットの独り言を聞いてか聞かずか、ビンセントが近づいてくる。岩の前まで来ると、彼はマーガレットに跪いた。


「大変ご無礼かとは存じますが、宜しければおみ足に触れることをお許しください」


 ビンセントは深々と首を垂れた。

 マーガレットの顔に下卑た笑みが浮き上がる。

 イザベラの悔しがる顔が目に浮かんだ。多少話を膨らましても良いだろう。


「あら、そういうのが好きなんですの?」


「えっ? はぁ、脚は好きですけど……」


 大胆かと思えば及び腰。

 しかし身体の一部分に執着する性癖は珍しくはない……どころか多かれ少なかれ誰にでもある事だろう。

 胸では今のイザベラに劣るのは仕方がないにしても、脚は決して負けてはいない。少なくともマーガレットはそう思っていた。


 あるいは、ビンセントは踏みつけられると興奮するタイプかもしれない。

 少なからずそういう男はいるものだ。

 そもそも、この男を連れてきた目的はエリックへの当てつけと、ライバルのイザベラを悔しがらせることにある。

 仮に変な気を起こしたとしても、しょせんは平民。

 魔法でちんこを凍結してしまえば良い。

 いかにイザベラが耳を塞ごうと、夜通し微に入り細に入り話してみたかった。しかし。


「え?」


 ビンセントはマーガレットの靴にメジャーを当てた。


「二十三センチ……失礼いたしました」


 彼はマーガレットの足裏を暫く眺めると、立ち上がった。


「もう良いんですの?」


「ええ、もう充分です」


 ビンセントは立ち上がった。


「トラックは一台、おそらく……火炎放射器は一門。徒歩は五名ほどでしょうか。十名はいないと思います。おそらくは全員男性」


「え? ドラゴンとリザードマンはどうしたんですの?」


 ビンセントはキツネにつままれたような顔をした。


「え? いませんよ、そんなの……」


「どういうことですの!?」


「村長の方便です。賊はおそらく全員魔法使いですから、貴族を討伐してくれ、なんて言えませんよ。魔物が現れた、という設定にしませんと。脱走した士官でしょうか」



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