第68話 冒険者ギルドへ行こう
「また牢屋か……」
ビンセントはまたも頭を抱えた。はっきり言って本当にピンチである。
三文小説のように、脱出用の抜け道がある訳がない。
向かいの牢には、すでにカーターがパンツ一丁で入れられていた。
「クソッ! 頭の固い衛兵ども、ブーメランパンツが正式な衣装だと言っても聞く耳持たねぇ! オレ様の素晴らしい肉体がワイセツ物だと? ふざけてやがる!」
「いや、ワイセツ物だろ」
カーターの休暇はほんの若干ではあるが残っており、今はまだ脱走の罪に問われることはない。数日で出られるだろう。
問題はビンセントだ。
「重営倉くらいで済めばいいが……最悪、銃殺か」
これで終わり。あっけない最後だ。
サラとイザベラを守ってカスタネまで辿り着いた。それだけが救いだ。
悔いが無いではないが、それなりに意味のある戦いだっただろう。
何の意味も意義も無く、不満を口にする暇もなく死んでいった戦友たちと比べれば、遥かに恵まれていると言える。
「ま、こんなもんだよな。カーター、色々世話になった。ありがとう」
「また会えるって! すぐには無理かも知れねぇけどよ!」
いつか、どこかで。
チキュー。それはエイプル人の魂が帰るところと信じられている。
最終的には自分で決めたことだ。だから納得はできる。できたはずだ。
それでも、胸から何かがこみ上げてくる。
「なぁ、カーター」
「おう!」
ビンセントはカーターに背を向けると、絞り出すように呟いた。
顔は、……見せたくなかった。
「俺……本当はまだ……やりたい事いっぱいあったよ」
「…………ああ」
「行きたいところもあるし、食べたい物もあるし、読みたい本も、観たい映画もたくさんある。……会いたい人もいる」
「…………ああ」
「償いたいことも……ある」
「…………ああ」
カーターは黙って聞いてくれた。
「カーター、俺、……俺、本当は……」
「相棒、なんか来たぜ」
靴音高く衛兵はビンセントの牢で足を止めると、鍵を差し込み扉を開けた。
「出ろ」
「はぁ」
衛兵はビンセントに胡乱な視線を向けた。
「お嬢様に余計な事は何も言うな。これは総司令閣下からの直々の命令だ。聞けないのなら、もう一度牢に入ってもらう。そのつもりでな」
「総司令閣下? お嬢様?」
「これ以上は何も話すな、との厳命だ。黙って出ろ」
衛兵に促されて牢屋を出る。
詰め所には特徴的なドリルがいた。
「おーほっほっほっほっ! ご機嫌はいかがかしら? ブルース」
「マーガレットさん……なぜここに」
マーガレットはビンセントに流し目を送る。
「わたくしのお父様は、衛兵隊総司令ですのよ。電話一本でこの通りですわ」
どうやら本当に偉い貴族のお嬢様だったらしい。
「でも、屋敷に電話したら知らないおじさんが出たのは少し驚きましたわね。ええと、何とかミル?」
衛兵隊長がマーガレットに深く頭を下げる。
「マーガレットお嬢様の護衛とは知らず、大変失礼いたしました。ご無礼、お許しください」
「よろしくてよ。あなたたちはきちんと仕事をしただけですもの、仕方がない事ですわ」
どうやら絶体の危機を免れたらしい。
「ほら、お前の銃だ。よく手入れしているな」
没収された銃を受け取ると、マーガレットと連れ立って衛兵詰め所を出る。
ビンセントは深く頭を下げた。
「マーガレットさん、この度は大変お世話になりました。ありがとうございます」
マーガレットはかぶりを振る。
「わたくし、読者は大切にしたいと思っていますの」
『兄貴とオレの優雅なる日々』を読んでいた事実が、ビンセントを救ったらしい。
……皮肉にも。
「それでも、感謝しています」
「おほほほほほ! もちろん、タダではありませんわ! さっきの話の続きですの」
多少の無理は聞くしかない。この借りは決して小さくはない。
知らないおじさんの『何とかミル』、というのは心当たりがある。おそらく、ウィンドミルだ。
ほぼ間違いなく彼の意向が反映されている。
「冒険者ギルドって、ご存知?」
「いいえ、名前しか」
普段は聞きなれない言葉だ。何やらロマン溢れる香りがする。
しかし、ビンセントは心の中でかぶりを振る。
この大陸戦争が始まった頃、多くの兵士たちがロマンと冒険を求めて出陣し、現実の前に打ちのめされ、そして命を落とした。
新年に会おうという約束は、永遠に果たされないままだ。
ビンセントが生き残っているのは、ただ運が良かっただけに過ぎない。
「こちらですわ」
保養所の裏手にある建物は、石造りの二階建てで、小さな詰め所を思わせる。『冒険者ギルド』という古びた木製看板がかけられていた。
何事かと思ったが、話を聞くと同様の施設は王都にもあった。
ただし、王都のそれは『職業安定所』と呼ばれる。ここも来年度からは同様の名称に変わるそうだ。
かつては、各地で荒くれを集めて仕事を斡旋、管理する施設だったが、社会の発展に伴って役割が変わっていったのだ。
ジョージ王もかつては冒険者ギルドで腕を鳴らしたという。
極めて短期間で最上級ランクに昇り詰めたというが、現在ではランク制度は廃止されている。
「わたくしがここで依頼を受けて、見事にそれを達成。名声は各地に広がり、わたくしを捨てた婚約者は悔しがる。ざまぁ」
「えっ?」
「……完璧ですわ! おほほほ!」
マーガレットは高笑いするが、目は笑っていない。
「はぁ。結局気にしていたんですか」
「お黙り」
冷たい視線に背筋が凍ったような気分だ。
「わたくしがそんな事を気にするとでも? 余興ですわ、余興! あと取材!」
「そうなんですか、すごいですね」
そう言うしかない。
ビンセントの目には、思い切り気にしているようにしか見えなかった。
マーガレットに続いて建物に入ると、列を作っている男たちの視線が刺さる。いずれも人相の悪い者ばかりだ。
ただし、老人が多い。若者は紙切れ一枚で戦場送りなのだ。
「オイオイオイ、お貴族様が、何の用だァ?」
「ここは失業者しかいないぜェ? お嬢ちゃ~ん」
さっそく絡まれる。失業で気が立っているのだ。しかし。
「ちっ……兵隊も一緒かよ」
ビンセントを見ると、彼らは去っていった。
肩には小銃を担いでいるのだ。銃使い相手に喧嘩を売る命知らずは居なかった。
よく見れば、広場でのケンカ騒ぎで酒瓶を抱えていたおじさんだ。
これは推測だが、サラの懸命に応援する姿を見て、やり直そうとしているのかもしれない。
つまり、これが王道。サラは幼いながらも着実に王の道を進んでいたらしい。
「さあて、掲示板はこちらね」
マーガレットはスタスタと進んでいく。
王都のそれと比べて規模は小さいが、基本的に造りは同じだ。
掲示板に依頼と報酬の書かれた紙が貼られている。
その中から仕事を選んで窓口で申し込むのだ。
「……ろくなものがありませんわ」
「そりゃあ、そうでしょう。きょうび、冒険なんて……」
リーチェに行けば、いくらでもあります。とは言えない。あれは冒険どころではない。
ビンセントもマーガレットと肩を並べて張り紙を眺める。
売店の売り子。建設作業員。工場の工員。日雇いから長期雇用まで。
カスタネ駅の売店に突如現れた岩の撤去、などという依頼もある。何者かがイタズラで置いたらしい。
現代の戦争は、総合的な国力が物を言う。兵士の数や練度、兵器の性能が全てではない。
兵器を設計し、生産し、輸送する。兵を養い、訓練する。その兵士も生活のために様々な物資が必用だ。それらも生産、流通、販売しなければならない。
軍需物資を流用しているならともかく、そういった一見無関係に見える経済活動が滞れば、戦争も続けられないのだ。
経済は国家の血液。血液が失われれば、国も死ぬのだ。
「これなんかどうですか?」
ビンセントは一枚の紙を指差す。
『依頼内容:事務全般(経理)
依頼主:クラウ商会(カスタネ)
報酬:月に金貨二枚~(昇給あり)
期間:無期限(定年六十五歳)
備考:勤務日応談、パートタイム可。事務経験者優遇』
「結構良いですよ。王都にもなかなかありません。俺が行きたいくらいです」
「おほほ、小学生のお小遣い並ね」
「えっ」
心外である。一体どのような小学生だったのだろうか。
「俺の給料より、かなり良いですよ」
具体的には、額面で銀貨五十枚多い。
「そうなんですの? いずれにせよ、わたくしは就職する気はありませんわ。必要なのは名声。おわかりですの?」
「はぁ。わかりません」
マーガレットは一枚の紙を破り取った。
「ええと、……これですわ、これ。聞いていた通り」
『依頼内容:ククピタでの調査(魔物退治、ドラゴン他)
依頼主:ククピタ村長
報酬:金貨五枚~歩合
期間:一日~完了まで
備考:安全の保証なし』
危険な香りがする。
どう考えても普通ではない。
特にドラゴン。危険生物の代名詞だ。
「絶対に危ないです。やめましょう」
「良いのですわ」
「やめましょう」
マーガレットはお構いなしにカウンターへ向かう。
受付嬢は眼鏡を掛けた妙齢の女性である。思わず胸に目が行った。
「冒険者ギルドへようこそ。説明をお聞きになりますか?」
「結構ですわ。これ、お願いね」
「やめましょう」
「いい加減、お黙りなさい。何ですの? この子の胸ばかり見て、いやらしい」
全く聞く耳を持たない。結局、マーガレットは依頼を受けてしまった。
失敗の違約金がないのだけが幸いである。
「出発は明日ですわ。付き合いなさい」
「やめましょう……」
マーガレットは全く聞く耳を持たない。
危なくなれば無理にでも連れ帰るという選択肢もあるのだが……
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