第46話 人でなしの恋 その五
「ヒャッハーーーーーーッ!! 待ァたせたなアッー!」
ドアが勢いよく蹴破られ、部屋中に響く巨大な銃声が轟く。
ほぼ同時に、ビンセントを踏みつけていた甲冑ゴーレムが弾け飛び、バラバラになって部屋中に飛び散った。
カーターはボルトを操作し、対魔ライフルの排莢をする。しかし、次弾装填は行わずに対魔ライフルを放り投げた。どうやら弾切れらしい。
「そんな馬鹿な……! 七十体のゴーレムを突破しただと?」
オルクの狼狽した声が響く。
この時をずっと待っていたのだ。
この言葉が聞きたかったのだ。
この顔が見たかったのだ。
ビンセントは狂喜し、醜悪で歪な笑みを浮かべた。
「悪いな相棒、遅くなっちまったぜ!」
カーターは側面から大胸筋を強調するポーズをとる。サイドなんとかと言うらしい。
飛び散る汗と真っ白な歯が輝き、不快極まりない。
「遅刻の言い訳くらいしろ、バカヤロウ」
憎まれ口をきくのがやっとだ。だが、これだけは言っておく。
「カーター、お姫様たちを頼んだ」
「無理すんな! 後は任せろ!」
しかしビンセントはかぶりを振る。
どうしても、どうしても自分でやりたかったのだ。
「お姫様を助けるのは王子様……だろ? ボールドウィン卿」
「オレは貴族じゃねぇ」
「いいや。そこの人形マニアより――」
ビンセントは最後の力を振り絞ってオルクに駆け寄る。
「ひぃッ?」
走る。全力で走る。
そのまま勢いをつけて、顔面に渾身の飛び蹴りを叩き込んだ。
「――よっぽど貴族らしい」
「ふぐぉ……!」
オルクが鼻血を吹きながら派手に倒れ、ジタバタとのたうち回る。
殺すな、とは言われている。さすがにこの程度で死ぬことはないだろう。
カーターは微かなため息を漏らし、寂しそうな目をした。
「形勢逆転、だなー」
壊されたドアの影から、サラが歩み出た。両手を腰に当て、仁王立ちだ。
ビンセントは叫ぶ。
「サラさん! イザベラさんは何らかのクスリを盛られています! 毒かも!」
「うむ、まかせるのだー」
サラは深く頷くと、右手をイザベラに向ける。
現れた魔法陣から山吹色の光が溢れてきた。
「サラ……だと? それにこの光、まさか……まさか回復魔法!?」
腫れ上がったオルクの顔色が、あからさまに青くなる。
『セーラ』の正体をオルクは知らない。
「エイブラハム・オルク子爵ー。わたしだよー。忘れたのかー? この顔、よーく見ろー?」
サラが人差し指で自分の頬を指さして、満面の笑みを浮かべる。
ぷにぷにと少女らしい餅肌であった。
「お……王女殿下……?」
「にししー。やっと思い出したかー」
オルクは顔面蒼白、ここは畳み掛けるところだ。
もう二度と変な気を起こさないように。権威を傘に威張り散らす者は、それ以上の権威に弱い。
これは例の隊長も同じだった。
「さあ、王女殿下に弓引く謀反者のオルク子爵!」
なんという爽快な気分だろうか。
あの偉そうな、いけすかない貴族が狼狽している。
権力を傘に、相手を見下すのがこんなにも気持ちが良いとは思わなかった。
ここはダメ押しに奥の手を使うべきだろう。
ビンセントはポケットに手を入れると、黒い塊を取り出す。
「俺の火属性魔法で――」
「ひいっ! どこが魔法だ! 手榴弾じゃないかっ!」
本当に、本当にいざという時にだけ使うつもりだった。
王都の森でイザベラたちと初めて会った時に、トラックに積まれていたものだ。
ピンに指をかける。
もっとも、オルクを殺すわけにはいかない。この場を収めるためのブラフだ。
実際に使うわけではないが……
「おやめください!」
しかし、そこに乱入する影があった。
スラリとした長身。青い瞳の美丈夫。オルク家の執事だ。
彼は両手を広げて立ちはだかった。
「お願いです。手榴弾をお収めください!」
「どけ。あんたも吹き飛ぶぞ」
青年は首を振る。
「私のことは、好きにして構いません。でも、エイブラハム様だけは! お願いです!」
青年はビンセントに背を向けると、着ている服を脱ぎ散らかし、パンツ一丁で四つん這いになった。
「さあ! 覚悟はできております! エイブラハム様のためなら、このくらい……!」
「だ、ダニー!?」
ダニーと呼ばれた青年は、オルクに穏やかな笑みを向けた。
「エイブラハム様……幼少の頃より、お慕いしておりました……。私は、何があっても、何をされても、最後の最後までお仕えいたします……!」
「お前、そこまで僕のことを……!」
オルクの目に涙が光る。
「ダニー、僕が間違っていた! お前だけそんな目に遭わせるわけにはいかん! オルクの名がすたる!」
執事の青年の、自分を犠牲にしてでも主人のために尽くす姿が、オルクの心を動かしたらしい。
どん底に叩き落され、さらにそこから引き上げてくれようとする者に、人は弱いということだろうか。
オルクはダニーをかばうように、自らもまた服を脱ぎ捨て、パンツ一丁、四つん這いになった。
ビンセントに尻を向ける。
「ダニーには手を出すな! かわりに僕を好きにしろ!」
二人とも顔をこちらに向け、何故か頬を紅潮させている。
ビンセントの胃から不快な、極めて不快な酸味が一気に押し寄せ、嘔吐した。
「おえぇ……」
吐瀉物が撒き散らされる。
本気で気持ち悪かった。鎮痛剤で胃が荒れたせいもあるかもしれない。
「どうして……」
いっその事、本当に手榴弾でこの気色悪い連中を吹き飛ばそうかと思ったが、ビンセントにはピンを引き抜く力さえ残されていなかった。
カーターのガッシリとした手がビンセントの肩を叩く。
その目からは熱い涙が滝のように流れている。
「相棒……あとは任せな!」
カーターは服を脱ぎ捨ててパンツ一丁になると、アブドミナル何とかという両手を頭の後ろに回すポーズをとる。
流れる汗が照明の光を屈折させ、虹色に輝いた。
「あんたらの貧弱な筋肉で人の心を動かそうたって、無理な話だ!」
「ごめん、もう無理」
ビンセントは我慢できず、本当に最後の最後の力でピンを抜いた。
「ああーーッ!?」
イザベラを包んでいた光が消えていき、彼女は必死の形相で駆け寄ってくる。
◆ ◆ ◆
体の麻痺は嘘のように消え、全身に自由が戻った。
イザベラは跳ね起きるとすぐにビンセントに駆け寄り、彼を抱えて廊下へと飛び出した。
サラも一緒だ。
「あのバカどもは、ほっとけー」
轟音とともに爆風が開け放たれたドアから吹き出した。
辺りが粉塵で包まれ、細かな破片が降ってくる。
「ブルース!」
「どうして誰も、百合の素晴らしさを……わかって……くれないんだ……」
ビンセントの嘆きに応える者はいなかった。
この場において、彼はマイノリティであったらしい。
「イザベラさん……無事で……よかった……」
彼は微かな笑みを浮かべ、気を失った。
「しっかりして! ブルースッ!」
イザベラはビンセントを抱き起こすが、彼は完全に気絶していた。
オルクとダニーを抱えたカーターが悠々と歩いてくる。
防御魔法を使ったらしく、三人とも無傷だ。
「怪我人はいねぇ。相棒だけだ」
カーターは二人を放り投げる。
「サラ様、お願いがございます! 何卒、回復魔法を――サラ様ッ!」
サラもふらついて倒れた。
しかし、カーターが逞しい腕でしっかりと受け止め、抱え上げる。
「回復魔法ってヤツは、相当負担が大きいらしいっすね。さっき、俺の為に二回も使ってくれたんすよ。……ゴーレムを七十体ブッ壊すハードなトレーニングでした。負荷によって破壊された筋繊維は、再生する時により成長をするんすけどね」
イザベラの顔が青ざめる。
回復魔法の連発は危険だ。ましてや、一日に都合三回とあっては最悪の場合は命にかかわる。
「じゃあ、ブルースは……!」
「……大丈夫だよー、肩と腕の傷は酷いけど、致命傷は避けてるみたいだよー。本当に時間稼ぎだけ頑張ったんだなー。……あとで……かけて……」
最後まで言い終える事無く、サラは目を閉じた。静かな寝息が響く。
「行きましょうや、イザベラさん。姫様を頼みます。俺は相棒を――」
「カーター! ……私がブルースを運ぶ……」
「意識のない人間は、ひどく重たいもんすよ」
「黙れ! 私が運ぶと言ってるんだ!」
イザベラはビンセントの脇の下に手を入れ、担ぎ上げる。
「ごめんなさい……ごめんなさい……許して……」
涙で何も見えない。だがビンセントの体温を感じる。心臓の鼓動を、呼吸を感じる。
生きている!
「お手伝いしますよ」
廊下の角を曲がってこちらに歩いてくる男がいた。
鋭い目つきを隠すように帽子を目深にかぶり、くたびれたジャケットを羽織る中年男である。
「お前は……!」
「また会いましたね。光栄です、チェンバレン様」
フルメントムで会った政府のエージェントだった。
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