第43話 人でなしの恋 その二

 サラとカーターは、屋敷の車庫の扉を見た。

 頑丈そうな樫の木で出来ているその扉には、大きな南京錠が掛かっている。

 鋼鉄で出来た頑丈そうな代物だ。


「参ったぜ……鍵なんてどこにあるかわからねぇ……」


「カーター、鍵開けの魔法があるだろー」


 保安上の観点から鍵開けの魔法は極秘とされ、国家から許可を受けたごく一部の者しか使えない。ゆえに、錠前屋は今でも独占的な利権がある。

 各職業ギルドが次々と廃止される中、未だ残っている例外的なものの一つが鍵師ギルドであった。


「そんな高度な魔法を使えるわけが――」


 サラが、カーターの右上腕二頭筋を指でつついた。


「……いいんですかい?」


 サラはこくりと頷く。

 それはつまり、サラがカーターの鍛え上げた筋肉の価値を認めたと言って良い。

 せっかくカーターが鍛えた筋肉を自慢しようと思っても、多くの者が何やら眉をしかめるのがちょっとした不満だった。

 だからこそカーターは筋肉の価値がわかる者を大切にしている。


 カーターは確信した。やはりサラは王の器だ。筋肉の価値がわかる彼女こそ、このエイプル王国の正当なる王位継承者に相応しいと、身体に流れる貴族の血が言っている。


「じゃあやってみますかァ!!」


 カーターは、南京錠を掴んだ。


「ハアアアアアアア……『アンロック』ッ!!」


 全身の筋肉を使って思い切り錠を引っ張る。錠自体はびくともしなかったものの、釘で打ち付けられた蝶番が千切れた。


「わたしの知っている『アンロック』と違うー」


「サラさんがやれって言ったんでしょ……」




 錠前を見つめ、カーターの心は一瞬だけ、過去へと帰る。

 ブルース・ビンセントは、カーターにとって何の価値もない、ただのヒョロガリであった。

 しかし一年前、クレイシク王国によってリーチェ戦線で毒ガス攻撃が行われたあの日、カーターを庇って重症を負ったのだ。

 見くびっていたはずのヒョロガリが、カーターの命を救ったのである。

 確かにビンセントに筋肉さえあれば、あんな傷を負うことはなかっただろう。

 しかし、筋肉は誰にでも付くものではない。

 どうしても体質というものがある。努力だけではどうにもならないのだ。 


 いつしか見失っていた筋肉を付けるための理由を、エミリーときょうだいたちを思い出す。


 何のための筋肉なのか。それを筋肉を付ける事にこだわった挙句、忘れていたのだ。


 カーターは悔いた。

 そして、その後悔から得た強い決意。


 ――ならば! 自分が更に筋肉を付ければ良い!


 筋肉こそ力。筋肉こそ友情。

 筋肉さえあれば、どんな扉も開ける。

 どんな敵にも勝てるし、大切な仲間を守る事ができる。ビンセントに恩を返すことすら可能なのだ!




「どしたんだー?」


「……いいえ、なんでも」


 錠前を放り投げる。

『兄貴とオレの優雅なる日々』に、似たような事を言ったキャラが直後に死ぬ、という場面があったのだ。


 死んでしまえばそれも叶わない。やはり、冷静さが筋肉の次に大切だ。


 中に停められた馬車の扉も同様に開くと、カーターは対魔ライフルを取り出した。


「じゃ、メイドと使用人らしく、お掃除と行きますか!」


「散らかしに行くんだけどなー」


 カーターは、そこまで細かい事を気にする男ではないのだ。


 ◇ ◇ ◇


 玄関の扉を開くと、ホールにはゴーレムの群れ。カーターたちに一斉に顔を向けた。


「……襲ってこないっすね」


「『シールド』を展開して、一気に押し切れないかー?」


 カーターは首を横に振る。


「さっきあれだけの魔力をつぎ込んだんすよ。しばらく無理っす」



 ゴーレムは一体一体はさほど強くはないが、多勢に無勢だ。

 対魔ライフルは単発で再装填に時間が掛かるし、その巨大さ故室内では取り回しが難しい。弾数も足りない。

 残りは、たったの三発。

 かといって、ビンセントの歩兵銃では威力に不安がある。

 機関銃があれば一番良いが、次点で選ぶなら散弾銃が最適だろう。あらゆる場面で万能の武器は存在しない。

 開発中と噂される『自動小銃』なら、何とかなるかもしれないが。


「あれ見てー」


 サラが指さしたのは、階段の踊り場にある女神像だ。

 他の彫像がゴーレムとして動き回る中、一つだけ動いていない。額の中央に赤い宝石が光っていた。


「あれ壊せば、たぶん全部止まるよー」


「どういうことです?」


「たぶん、あれが制御装置だよー」


 サラの説明によると、基本的にゴーレムは有視界での操作が原則だ。

 また、同時複数制御は高度な魔法技術が必要とされ、オルクには困難だと思われた。

 そこで、あらあかじめ単純な制御を入力し、半自律的な行動を行わせるマジックアイテムがあるという。それがあの宝石と思われた。


 屋敷内で侵入者、あるいは動くものを攻撃させるように指示しておけば、オルク本人が制御する必要はない。


「確かに言われてみれば、魔力を感じるっすね」


「いけるかー?」


 カーターは脚を開いて腰に両手を当て、『フロント・ラット・スプレッド』のポーズをとる。


「オレを誰だと思ってるんすか? 『無敵の』カーター・ボールドウィンっすよ」


「ポージングとかいいから早くー」


 二脚を立て、女神像の額に狙いを定める。一発で決めなければならない。

 ビンセントたちを助けるため、絶対に最後の一発は残さなければならないのだ。

 深呼吸して、精神を集中する。


「イクぞッ! カーター・メンズ男のバレットッ弾丸!!」


 引き金を引くと、轟音とともに女神像と宝石が砕け散った。

 なお、掛け声も技名も銃撃の威力には影響しない。


「板チョコー」


 板チョコを腹筋に例えたボディビルの掛け声とともに、サラが拍手した。

 カーターは親指を立ててサラに微笑む。


「オウケィ、プリンセス」


 しかしサラは肩を落とした。


「あちゃー、こまったなー」


 制御を失った数十体のゴーレムが、好き勝手に暴れだしたのだ。

 統率を失った烏合の衆だが、あまりにも数が多い。


「階段を通るには、……やっぱこれしかないっすねェ」


 傍らにはビンセントの荷物から引っ張り出したスコップ。今回の大陸戦争で、機関銃に次ぐ犠牲者を出したという『兵器』である。


「なかなかハードなトレーニングになりそうっす!」


 カーターの筋肉が、本領を発揮する時が来たらしい。


 筋肉のための愛ではない。愛のための筋肉なのだ。すなわち、筋肉は愛。

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